第4話:銃鋸共闘

ジョーの目の前で、少年は化け物に変わった。



「は? ──はぁ!?」



流石のジョセフィーヌも当惑し、腰を抜かしたまま動けない。目の前の少年がいきなり、サー・チェーンソードに姿を変えたのだから。しかし現実は待ってはくれない。

一匹のゾンビサメが、壁を突き破って現れた。



「ヨクモナカマヲ!!許サネェッ!」



ゾンビサメがそう叫ぶと、コンクリートの地面から死屍累々の緑の腕が、次々に飛び出した。それと同時に両側の建物の窓を次々に突き破り、ゾンビサメ共がなだれて来た!さながら津波のように!空を緑の腐臭が覆う!



「くっ……ここら辺丸ごとゾンビサメの巣だったんですわね……!」



「『おい、猥褻わいせつ女ァ! 飛ぶぞッッ!』」



そう言うが早いか、ジョセフィーヌを肩に担いだ。



「えっ、ちょ! ええっ!?なにゆえ私を抱えておりますの!? そしてどうしてお米様抱っこですの!? それに猥褻女はあんまりですわ!! ちょっとは乙女心に配慮してくださいまし!!」



サー・チェーンソードは要望に答えない。あざけり笑うその口元には、ギザギザとした鋭い牙が並んでいた。



「『おい、発砲絶頂女!!』」



二重に聞こえる声でチェーンソードは言う。



「……あ、私のことですの? ってか、絶頂ってませんわよ!! 急に変身して、あなた一体何者なんですの!?」


質問にも一切答えず、目の前の男は言う。



「『お前弾切れって言ってたよな? お前普通の弾丸を装填して撃ってるわけじゃねえだろ? 何が必要なんだ?』」


「えぇ……!? とりあえず屑鉄が……十キロほどあれば問題ないですわよ!!」



嘘である。ジョセフィーヌは今後の分も数えてかなり多めに要求した。しかしチェーンソードは豪快に笑う。



「『ギャハハハハッ!! お前見かけによらずよく食うなぁ! 気に入ったぜ!』」



そう言って屋根の上に着地。ジョセフィーヌをゆっくりと支えながら立たせた。



「あら、レディにそんなことを言う割には、紳士的な下ろし方じゃないですの」


「『アァ? 勘違いすんなよ。 お前がよく食う女だから気に入ったまでだから……よッ!!』」




そう言いながら下へと続く配管に手をかける。そして──。



「『ふんッぬゥゥゥゥッッ!!』」


「な、何してますの!?」


「『何って、決まってんだろ!? 弾丸タマ用意してんだよ!! ウリャァァアアア!!!』」


5メートルはあろうダクトを引き上げながら握って、押し潰し始めた。チェーンソードの手のひらにスルスルと吸い込まれていくダクトは、いつの間にか一抱えほどの鉄の塊になっていた。



「『ふぅ……こんなもんでいいだろ。喰え』」



そう言って鉄塊を差し出してくる。



「はぁ!? 何言ってますの! 犯罪ですわよ犯罪!!合法じゃねぇ略奪行為はしちゃいけないんですわよ!!」


「『ええい黙れ黙れッ! どの道このビルは鮫人に襲われりゃ窓枠ひとつ残らねえッ! その前に使ってやった方がこのビルのためってもんだろ!』」


「はぁ……。高貴な私がそんな提案に乗るとガチでお思いで?」



ジョーの質問にチェーンソードは一笑し、胸を張って答える。



「『ああ!乗るさ!! お前は面白い女だからな!!』」


「ギャハッ! 殊勝な野郎ですわね! 気に入りましたわ!」



そういうなり、ジョセフィーヌは鉄塊にかぶりついた。りんごでもかじっているかのように、むしゃむしゃと食べ進める。

一方チェーンソードは建物の下を覗いた。



「コワセ! ユラセ!! ツキオトセ!!」



なんとサメゾンビが路地のあちこちに体当たりしていた。奴らは生気のある方向が匂いで分かる。それ故に、上のふたりを下ろそうとビルを壊し始めていたのだ。



「『じゃあ俺は下のやつぶっ殺して来るからよ! さっさと食いきれよ!!』」


「ええっ!? ちょっと!?」



そう言うと回転するチェーンソードを手に、頭から飛び降りる。程なくして血飛沫とサメの悲鳴が下から聞こえてくる。



「『元気そうだなテメェらァァァ!!! そんなテメェらにプレゼントだッッ! 死ねェェェ!!』」


「ギャアアアア! 来ルナァァ!!」


「『いい返事だッッ! 死ねッ!!』」


「ダ、ダガシカシ。ワスレテモラッテハ、コマル。ワレワレハ、サメゾンビ……ユエ二……」


「『うるせぇ!! 死ねっ!!』」


「ギャアアアアア!! セツメイノ、トチュウデ、キルナアアアア!!!」



再生し続けるゾンビと、切り続けるチェーンソード。終わる気配のないダメージレースが続いている。

その様子を、鉄塊を食みながらジョーは見物していた。



「うっわぁ……バカですわ。バクッ……あのお方アンデット殺し三原則すら理解してませんの? モグモグ……ああいうのは塩分か熱か聖なる攻撃でしか殺しきれませんのに……なのに……ゴックン」



回るチェーンソー。コマのように回転し続けるチェーンソード。そのコマが右へ左へ移動する度に、ゾンビのかさ《・・》は不思議と減っている。さながら人間フードプロセッサーだ。



「アンデットの再生を上回るペースで殺せるって、人の業じゃありませんわよ……」



ジョーが鉄塊を食べ終わる頃には、路地裏は液状になったサメゾンビで浸水していた。しかし、チェーンソードの昂りは収まらない。



「『ギャハハハハハ!! 血だァ!!血をよこせ!! もっとッッ!!もっとだああああっ!!』」



膝下まで浸かる血溜まりの中で、降り注ぐ血の雨に濡れながら。チェーンソードは空に向かって叫ぶのだ。



「はぁ……わたくし鉄を食っただけで終わりましたわね」



その様をあくび混じりに眺めるジョー。その視界の端に、水面を三角形の何かを捉えた。



「なんですのあれ。まさか背びれ? ……まずいですわ……!」



チェーンソードと同等かそれ以上の大きさのそれは、ゆっくりとチェーンソードの方に進んでいく。

ジョーはチェーンソードに手を振って叫ぶ。



「前っ!前見てくださいましー!! ヨークシャンクごっこしてる場合じゃねえですわよ!!」



しかしそう叫ぶ頃には深く潜り、姿を消してしまった。チェーンソードは遅れて前を向き、首を傾げる。



「『あー? 前? 何もいねえじゃねぇ──かァァァ!?』」


「──ばくんッッ!!」



チェーンソードの足元から巨大なサメが急襲! 足からその巨躯を丸呑みにしてしまった。サメは飛び上がる。そして勢いそのままゆらりと浮かんだ。ちょうどジョーに顔を向ける形で。



「『テメェ!!! 何しやがるっ!!! 』」



口の中でぐぐもった叫び声が聞こえる。中に浮かんだゾンビサメは口を閉じたまま決して開かない。恐らく飲み込んだはいいものの噛み殺すこともできないのだろう。



「『ほう……いい度胸だ!!! 死ねぇぇぇぇぇ!!!』」


エンジンの駆動音がした。内側からバリバリと肉を裂き、歯を砕く音。しかし音がするばかりで外からは何も変化がない。



「『クソっ!! 何がどうなってる!!』」


「無駄なんですのよバーカ!!」



手を突き出しながらジョーは言う。その両腕はグレネードランチャーに姿を変えた。そのままチェーンソードに向かって叫ぶ。



「でかくなればサメとしての力が強くなる! つまり再生力も高まるんですのよ!! 常ッ識ッですわよ!!そんなことも分かりませんの!?

歯なんてその最たる例。生え変わるスピードは毎秒五層。 近接武器では、とても破壊しきれませんわ〜!!」


「『そこまで言うなら……何か策があるんだろ!』」



チェーンソードは叫ぶ。次々生え揃う牙を、変わらないペースで壊しながら。対するジョーは不敵な笑みを浮かべる。



「ええ! 単純明快でしてよっ♡」



両手のグレネードランチャーの装填が完了し、リボルバーが子気味良い音を立てて一周した。



「これから私が集中砲火致しますからぁ……♡♡ ぜーんぶ♡ よけて、口から出てきてくださいまし♡♡」


「『……は? 狂ってんのか? こんな狭い空間に撃たれる爆弾を避けながら今と変わらないペースで切り続けろだァ?バカじゃねえのお前!!』」


「四の五の言わずにやるんですわよ♡♡ ──発射ぁぁ♡♡♡」


「おいてめえ待ちやが──」


[ドーン! ドーン!! ドドーン!!]



次々打ち込まれる爆弾。そしてそれらが時間差で炸裂していく。瞬く間にゾンビサメの顔は黒煙にまみれた。



「──!! ッッ──!!」



その中、ダメージを受けつつも必死に歯を食いしばるサメゾンビ。しかし内外からの波状攻撃に耐えきれず、



[バキィーッッッ!!!]



「『貫通だァァァッッ!!!』」



チェーンソードは器用にも一発も受けることなく、煙を突っ切ってジョーの後ろに降り立った。そしてジョーをドヤ顔で見下ろす。



「『ヘヘン。 これくらい俺にとっちゃ朝飯前だぜぇぇ!!』」


「気ぃ抜くんじゃねえですわ。本丸、残ってますわよ 」



ジョーが指さす先、円く歯の欠けたゾンビサメが怒りに震えていた。



「キ、キシャマア……チョウシニ……ノリヤガッテェェェ!!!」



そして大口を開けて突っ込んでくる!!



「『しっかたねぇ!!こいつをブッ殺して最後だァァァ!!』」



エンジンがかかる。その度に熱が昂り、立ち上る。陽炎が揺らぎ、降り注ぐ血の雨が即座に蒸発し、焼けていく。回転する刃は、ついに音を超えて赤熱し始める。そして突っ込んでくるサメに真っ向から立ち向かう!!



「クッテヤル……クッテヤルゾオオオオオ!!!」


「『自己主張できて偉いな!サメのくせに!! 死ねェェェェッッ!!』」



真っ直ぐ突っ込んできたサメの体は、チェーンソード体を貫く!! 猛スピードで突っ込み、口の中に再び入った。



「ギャーッハッハッハ!! ドンナニツヨクテモ、ニンゲンハ、ニンゲン!! ヒンジャク! アマリニモ、ヒンジャ──」



そこでゾンビサメは気づいたのだ。自分の体が左右で真っ二つになっていたことに。



「……クゥ?」



チェーンソードに触れた瞬間裂けていったその巨体は、燃えながらあさっての方向に飛んで行った。



「ギャアアアアアアア!!!」


「『じゃあな! とっととくたばれサメ野郎!! 』」



断末魔を上げて燃えるサメに、チェーンソードはビルの上から手を振った。

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ヤーバンストリート・ジャンキーズ ~『ガン』ギマリお嬢様、サメを蹂躙す~ しぼりたて柑橘類 @siboritate-kankitsurui

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