前田未来は前を向く
蜂峰文助
前田未来は前を向く
1
「はいっ! 今日の練習はお終い! 外も暗いから、気を付けて帰ってね!」
と、担任の先生が告げると。
クラス対抗合唱コンクールの練習の為、体育館の舞台上に三列で並んでいたクラスメイト達が、気だるそうな面持ちで舞台を下りていく。
「やってらんねぇー」と言った声も所々から聞こえてくる。
聞こえる大勢の足音からも、ダラダラとした雰囲気が感じ取れる。
やる気がない――そんな奴らが大半だ。
その中で、一際――
「みんなー! 今日もお疲れ様ー!! 明日も練習、頑張ろうね!!」
元気ハツラツ、やる気満々なのがこの女――
当然、他のクラスメイト達は練習でヘトヘトである為、この言葉に対しての返答は僅かなものであった。
やる気のある人なんて、極わずかしかいないのだから。
あっという間に、体育館からは俺と未来を残して、他に誰も居なくなった。
「さて、と……」
未来はトタトタとおもむろに走り出し、掃除用具入れから一本のモップを取り出して来た。
そして、先程まで使っていた舞台上をモップ掛けし始めたのだ。
「何やってんだ? お前……」
「ふえっ!?」
声を掛けたらめちゃくちゃ驚かれた。
どうやら、俺が残っている事に気付いていなかったらしい。
当然か、だって俺、舞台袖で隠れていたのだから。ふふん、ドッキリ成功である。
「ぷ、プリンス!? 居たの!?」
「そのあだ名で呼ぶな。腹立つから」
プリンスとは俺のあだ名である。
由来は、単に俺の名前が、
おうじ――王子――王子様――プリンス、といった流れ。安直にも程があるあだ名だ。もう少し捻って欲しいものだ。
「で、何してんだ? お前……」
「何って……掃除だけど?」
「それは見れば分かる……問い掛けが間違ってたな、何で掃除なんてしてんだ?」
「そりゃ、舞台を綺麗にする為だけど……」
「必要あるか? 別に運動した訳でもねぇのに」
「一応ね」
「相変わらず、真面目な奴だこと」
「そう? まぁ、真面目に、前向きにが、私のモットーだからね。明日は二組が放課後使うみたいだから、ある程度は綺麗にしておかないと」
「……なるほど」
そう言われたら仕方ないな……。
「? どうしたの? プリ……往二、急にモップなんて持ってきて」
「決まってんだろ、掃除すんだよ、掃除を。一人より二人の方が早く終わんだろ」
「え? 大丈夫だよ?」
「お前、先生の言う事聞いてなかったのか? 外が暗いので早く帰れつってたろ?」
「気をつけて帰ってね、とは言ってたけど」
「同じ事だろ、さっさと終わらせて帰るぞ」
「……なら、お言葉にあまえちゃおっかな」
二人で舞台上のモップ掛けをする。
黙々と……。
そして、あと少しで終わりとなった頃、ふわりと俺の頭の中に疑問がおりてきた。
別に聞かなくてもいい事だけど、一応聞いておこう。
「なぁ未来……お前何で、合唱コンクールに一生懸命なんだ?」
「え?」
「俺達もう三年だろ? 受験もある。この時期(十二月)に合唱コンクールなんて、学校側は何考えてんだ? って俺は思うんだが」
「相変わらず、プリ……往二は、後向きだねぇ」
「不真面目に後向き、それが俺のモットーだからな」
「嫌なモットーだね。うーん……合唱コンクールに一生懸命な理由……かぁ……今を大事にしたい、からかなぁ?」
「今を……?」
「昔、ある人に教わったんだ。今が大切だってね」
「ふぅーん……ロマンチックな事言う奴もいるもんだな」
まぁ……かくいう昔の俺も、そっち側ではあったんだけど……。
「プリ……往二は」
「さっきから、俺の事をプリンスって呼びそうになってんだろ……頼むから普通に呼ぼうとしてくれ……おちょくってんのか」
「失礼ね。ちょっと噛んだだけじゃない」
「往二を噛んでプリ……とはならんだろ」
「えへへ、つい癖で……」
「ったく…………で、何か言いかけてたな。何だよ?」
「…………往二は、何で後向きになっちゃったの?」
「…………」
これは痛い所を突かれた。
答えたくねぇなぁ……適当に流しとくか。
「元からこんなだよ、オレは」
「……そうなんだ……可哀想……」
「憐れむなよ……」
「あははっ! とりあえず、無駄口はこの辺りにして、ちゃっちゃと掃除終わらせて帰ろう。もう外真っ暗だよ?」
「……ったく……」
再びモップ掛けに取り掛かる。
そしてやはり、二人なら早かった。
モップを片付け、一緒に自転車置き場へと向かう。
未来が自転車に跨り、一言。
「じゃあね。掃除手伝ってくれてありがとう。また明日」
「暗いし送ってこうか?」
「大丈夫。それに……後向きな往二に送られても頼り甲斐なさそうだし」
「早く帰れっ!」
「にひひっ! じゃあね」
「……おう、気を付けてな……」
まったく……失礼な奴だ。
それにしても未来の奴、いつもこんな事してたのか……。
合唱コンクールの練習も人一倍頑張ってるし……。
真面目で前向き過ぎるだろ……。
前向き……ねぇ……。
…………。
「未来!!」
「うわっ! ビックリした、何?」
漕ぎ出していた自転車を止め、未来は顔だけでこちらを振り向いた。
驚かせてしまって申し訳ないが……これだけは言っておかなくてはいけない気がする。
「お前さ、前向きなのも良いけど――――ちゃんと周りの奴ら見とかねぇと、いつか痛い目みるぞ」
そう……かつての、オレのように。
未来は笑って答える。
「あははっ、後向きな往二に言われても説得力がないなぁ」
「……うるせぇ、さっさと帰れ」
「自分から呼び止めた癖に……もう」
「……暗いから、気を付けて帰れよ」
「うん! プリンスもね」
「だから俺の事はちゃんと名前で――――」
「あははっ! ばいばーい!」
未来は凄いスピードで去って行った。
言ってやったぜ! と、言わんばかりに……。
まったく……ちゃんと、俺の忠告聞いたんだろうな?
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