前田未来は前を向く

蜂峰文助

前田未来は前を向く

「はいっ! 今日の練習はお終い! 外も暗いから、気を付けて帰ってね!」


 と、担任の先生が告げると。

 クラス対抗合唱コンクールの練習の為、体育館の舞台上に三列で並んでいたクラスメイト達が、気だるそうな面持ちで舞台を下りていく。

 「やってらんねぇー」と言った声も所々から聞こえてくる。

 聞こえる大勢の足音からも、ダラダラとした雰囲気が感じ取れる。

 やる気がない――そんな奴らが大半だ。


 その中で、一際――


「みんなー! 今日もお疲れ様ー!! 明日も練習、頑張ろうね!!」


 元気ハツラツ、やる気満々なのがこの女――前田まえだ 未来みらいである。

 当然、他のクラスメイト達は練習でヘトヘトである為、この言葉に対しての返答は僅かなものであった。

 やる気のある人なんて、極わずかしかいないのだから。


 あっという間に、体育館からは俺と未来を残して、他に誰も居なくなった。


「さて、と……」


 未来はトタトタとおもむろに走り出し、掃除用具入れから一本のモップを取り出して来た。

 そして、先程まで使っていた舞台上をモップ掛けし始めたのだ。


「何やってんだ? お前……」

「ふえっ!?」


 声を掛けたらめちゃくちゃ驚かれた。

 どうやら、俺が残っている事に気付いていなかったらしい。

 当然か、だって俺、舞台袖で隠れていたのだから。ふふん、ドッキリ成功である。


「ぷ、!? 居たの!?」

「そのあだ名で呼ぶな。腹立つから」


 プリンスとは俺のあだ名である。

 由来は、単に俺の名前が、往二おうじって名前だから。

 おうじ――王子――王子様――プリンス、といった流れ。安直にも程があるあだ名だ。もう少し捻って欲しいものだ。


「で、何してんだ? お前……」

「何って……掃除だけど?」

「それは見れば分かる……問い掛けが間違ってたな、何で掃除なんてしてんだ?」

「そりゃ、舞台を綺麗にする為だけど……」

「必要あるか? 別に運動した訳でもねぇのに」

「一応ね」

「相変わらず、真面目な奴だこと」

「そう? まぁ、真面目に、前向きにが、私のモットーだからね。明日は二組が放課後使うみたいだから、ある程度は綺麗にしておかないと」

「……なるほど」


 そう言われたら仕方ないな……。


「? どうしたの? プリ……往二、急にモップなんて持ってきて」

「決まってんだろ、掃除すんだよ、掃除を。一人より二人の方が早く終わんだろ」

「え? 大丈夫だよ?」

「お前、先生の言う事聞いてなかったのか? 外が暗いので早く帰れつってたろ?」

「気をつけて帰ってね、とは言ってたけど」

「同じ事だろ、さっさと終わらせて帰るぞ」

「……なら、お言葉にあまえちゃおっかな」


 二人で舞台上のモップ掛けをする。

 黙々と……。

 そして、あと少しで終わりとなった頃、ふわりと俺の頭の中に疑問がおりてきた。

 別に聞かなくてもいい事だけど、一応聞いておこう。


「なぁ未来……お前何で、合唱コンクールに一生懸命なんだ?」

「え?」

「俺達もう三年だろ? 受験もある。この時期(十二月)に合唱コンクールなんて、学校側は何考えてんだ? って俺は思うんだが」

「相変わらず、プリ……往二は、後向きだねぇ」

「不真面目に後向き、それが俺のモットーだからな」

「嫌なモットーだね。うーん……合唱コンクールに一生懸命な理由……かぁ……、からかなぁ?」

「今を……?」

「昔、に教わったんだ。今が大切だってね」

「ふぅーん……ロマンチックな事言う奴もいるもんだな」


 まぁ……かくいう昔の俺も、ではあったんだけど……。


「プリ……往二は」

「さっきから、俺の事をプリンスって呼びそうになってんだろ……頼むから普通に呼ぼうとしてくれ……おちょくってんのか」

「失礼ね。ちょっと噛んだだけじゃない」

「往二を噛んでプリ……とはならんだろ」

「えへへ、つい癖で……」

「ったく…………で、何か言いかけてたな。何だよ?」

「…………往二は、何で?」

「…………」


 これは痛い所を突かれた。

 答えたくねぇなぁ……適当に流しとくか。


「元からこんなだよ、オレは」

「……そうなんだ……可哀想……」

「憐れむなよ……」

「あははっ! とりあえず、無駄口はこの辺りにして、ちゃっちゃと掃除終わらせて帰ろう。もう外真っ暗だよ?」

「……ったく……」


 再びモップ掛けに取り掛かる。


 そしてやはり、二人なら早かった。

 モップを片付け、一緒に自転車置き場へと向かう。

 未来が自転車に跨り、一言。


「じゃあね。掃除手伝ってくれてありがとう。また明日」

「暗いし送ってこうか?」

「大丈夫。それに……後向きな往二に送られても頼り甲斐なさそうだし」

「早く帰れっ!」

「にひひっ! じゃあね」

「……おう、気を付けてな……」


 まったく……失礼な奴だ。


 それにしても未来の奴、いつもこんな事してたのか……。

 合唱コンクールの練習も人一倍頑張ってるし……。

 真面目で前向き過ぎるだろ……。


 前向き……ねぇ……。

 …………。


「未来!!」

「うわっ! ビックリした、何?」


 漕ぎ出していた自転車を止め、未来は顔だけでこちらを振り向いた。

 驚かせてしまって申し訳ないが……これだけは言っておかなくてはいけない気がする。


「お前さ、前向きなのも良いけど――――


 そう……かつての、オレのように。

 未来は笑って答える。


「あははっ、後向きな往二に言われても説得力がないなぁ」

「……うるせぇ、さっさと帰れ」

「自分から呼び止めた癖に……もう」

「……暗いから、気を付けて帰れよ」

「うん! プリンスもね」

「だから俺の事はちゃんと名前で――――」

「あははっ! ばいばーい!」


 未来は凄いスピードで去って行った。

 言ってやったぜ! と、言わんばかりに……。


 まったく……ちゃんと、俺の忠告聞いたんだろうな?

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