第20話 その頃、ゲルドンは④

 ゼントがルーゼリック村で、エルフ族と生活し、武闘家ぶとうか修業を始めて1ヶ月が経った頃──。




 その頃大勇者ゲルドンは──。毎晩毎晩、飲み歩いていた。


 連れは、ゲルドンのパーティーメンバー、一番弟子ともいえる、武闘家ぶとうかのクオリファ・ダルゼムだ。

 ゲルドンは妻──フェリシアがいるというのに、道で女性をナンパして歩いた。


 ドガッ


 その時、ゲルドンはいかつい男と、肩がぶつかった。

 男はチンピラのたぐいだろう。男はゲルドンにすごんだ。


「おい……肩がぶつかったぞ」

「は? 知らねえよ」


 ゲルドンはニヤニヤ笑って、言った。


「てめえ! あやまらねえのか!」


 いかつい男は逆上ぎゃくじょうして、ゲルドンにおそい掛かった。


 グワシッ


 しかし、ゲルドンは男の額に、頭突きをくらわしていた。いかつい男は、クラリとよろける。

 そこを──。


 ガスウッ


 ゲルドンの右ストレートパンチ。男のほおをとらえる。

 そして、得意の前蹴りだ。いかつい男は、路上を2メートル吹っ飛んだ。


「ひ、ひい~!」


 いかつい男は、フラフラと立ち上がり、逃げ去っていった。男はおそらく街のチンピラだろうが、格闘技の素人だ。数々の戦闘をこなしてきた、ゲルドンの敵ではない。


「さ~すがッスね!」


 横にいた弟子のクオリファは、ゲルドンに向かって拍手した。




 女たちと遊び、彼女たちと別れたゲルドンは、行きつけの酒場に移動。座った席でゲラゲラ笑いながら、クオリファにこう言った。


「『ゲルドン杯格闘トーナメント』のことだけどよ。まあ、息子のゼボールが優勝するのは、決定なんだよ」

「え? そ、それ、八百長ってことッスか?」

「そうだよ、何がおかしい? これは興行こうぎょうだぞ。商売だ」


 主催者しゅさいしゃのゲルドンは平然と言った。


「クオリファ、お前の第1試合はまあ、真剣勝負ガチンコでやってみるか? でも、1番弱そうなヤツを当ててやるがな」


 クオリファは驚いていた。この人、大勇者だろ? 八百長なんて、弟子の俺にやらせるのか? 国民にこれがバレたら……。

 い、いや、何か深い考えがおありなのだ。な、なにしろ大勇者だしな……。


「そ、そういやゲルドンさんは、トーナメント前に行われる、特別試合に出場するんでしたね?」

「ああ。どっかの聞いたこともねぇ弱い相手を選んで、ボコボコにしてやるつもりだ。別に八百長でもいいが、まあオレの実力なら、真剣勝負ガチンコでも問題ねぇだろ」

「はあ……」


 クオリファは引きつって笑った。まあ、格闘技イベントなんて、こんなものなんだろう。


 すると──。


「おー、ここだここだ」


 ゲルドンの後ろで声がした。


「あれ? 人が座ってら。俺が予約した席だろうが」


 ゲルドンが振り向くと、そこには小柄な男が一人、立っていた。小柄なホビット族だ。身長は153センチくらいか。


「おい、どいてくれ。そこ、俺が予約した席だからさ」


 ホビット族の男は、ゲルドンに言った。

 酔っ払ったゲルドンは、ホビット族の男をにらみつけた。


「何だ、お前?」

「俺か? 俺はホビット族の武闘家ぶとうか、リンゲル・ドルバース。はやくどいてくれ。俺はこの席を予約してたんだ。演奏を聴く一番良い席なんだよ」


 ガシャン!


 ゲルドンはムカッ腹をたてて、酒のコップを地面に叩きつけた。

 

「バカが! 『どいてくれ』だって? アホか? 俺を誰だと思ってるんだ?」

「知らねえな。いいから、席、かわってくれや。そろそろ『ガルーダ・フェリーズ』の演奏が始まる。最高の音楽家たちだ。エルフ族のルーゼリック村の友人に、土産話みやげばなしを聞かせてやりてえ」

「ああ? 俺に勝負で勝てたらな」

「俺とか? 俺は小柄だが、結構ケンカ強いよ。俺は去年の王立格闘トーナメントの5位。おととしは4位だぞ」


 小柄なドルバースは、ゲルドンを見て言った。


 バシャッ


 するとゲルドンは、ドルバースにましの水をぶっかけた。


「……やる気だな? おい」


 ドルバースはそう言いつつ、頭がびしょぬれになりながらも、一歩前に進み出ていた。


 ドガッ


 ドルバースはいきなり──座ったゲルドンのアゴに肘打ちをくらわせた。153センチの超小柄ながらも、見事なタイミングで入った肘打ちだった。


 身長183センチ、体重83キロ前後あるゲルドンは、クラリと床に膝をついた。


「ぐぐ……この野郎」


 そして、ドルバースを見上げてにらんだ。


 闘い──ケンカが始まろうとしていた。

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