第19話 エルサの過去③

 俺がハッと気づくと、そこはルーゼリック村の「ミランダ武闘家ぶとうか養成所」の一室だった。

 ミランダさんの部屋の中だ。


 エルサは車椅子にうつむいて座っている。一方、ミランダさんは水晶球すいしょうだまの前で、物思いにふけっている。


 そして俺は、エルサたちの前に立って──呆然としている。


 俺は、ミランダさんの魔法から抜け出し、過去の世界から現在の世界に戻ってきたのだ。


「あたしは結局、ゲルドンとの不倫ふりん関係を受け入れてしまった」


 俺はエルサの言葉を聞いて、息を飲んだ。


「お、おい、そうなのか? マジなのか……それ」

「ギルドもスキャンダルが広まるのを怖れて、あたしをギルドから登録抹消とうろくまっしょうした。大勇者ゲルドンの命令、ということもあったらしいが」

「そ、それで?」

「ゲルドンとの関係は1年間で終わり。ヤツは他に愛人を作って、あたしは捨てられた。ギルドという生活のかてを失ってね。女剣士は引退して、今にいたるって……わけさ」


 ゲルドン……なんてクズ野郎なんだ?  

 その時!


「キエエエーッ!」


 シュバッ


 いきなりだ。俺の頭の上を、誰かの「上段蹴り」が通過していった。この気配は!

 俺が振り向き、身構えると、そこには例のエルフ族の武闘家ぶとうか、ローフェンが笑って立っていた。

 な、何で、ミランダさんの部屋の中にいるんだよ? こいつ!


「たああーっ!」


 バッ

 

 今度はローフェンの右ストレートパンチだ。俺は素早くそれを避け、ローフェンの手首をつかむ。

 

 グググ……。俺は力を込めるが、ローフェンも力が結構強い!


「もっと続けてちょうだい」


 ミランダさんは、興味深そうに、俺たちの闘いを見ている。

 あ、あの~……止めてくださいよ!


 ローフェンは動こうとする。俺は彼が動くのを阻止そしする。力比ちからくらべだ!


「チイッ!」


 ローフェンは、バッと俺の手を引きはがした。


「お、お前……いつの間に入ってきたんだよ!」


 俺があわててローフェンに聞くと、彼はのんきにぴゅーと口笛を吹いた。


「俺も、『ミランダ武闘家ぶとうか養成所』の選手だ。だから、この養成所には出入りしてるんだよ。ちなみに、ミランダ先生は俺の師匠ししょうだ!」

「お前……いきなり攻撃することないだろうが!」

「お前を試したのさ。ミランダ先生、エルサ、こいつの実力はかなりのものだぜ」


 ローフェンの言葉に、ミランダとエルサはうなずいた。


「そうね、ゼント君は素晴らしい実力を持っているようね……フフッ」


 ミランダさんはアゴの下で手を組み、楽しそうに俺を見ている。何か嫌な予感が……。

 そ、それに、このミランダさんって……。

 なぜか、「この人には、絶対に逆らえない」って気持ちになるんだけど!


 エルサは俺に言った。


「頼む、ゼント。ゲルドンと勝負してくれ」

「ええっ?」

「ゲルドンに勝って、自分がしたことの反省をさせるんだ。幼なじみとして──」


 あ、あの大勇者ゲルドンと勝負? 確かに昔の仲間が、幼なじみが、こんなひどい目にあったんだ。何とかしてやりたい。

 ゲルドンをこらしめてやりたい。だが、どうやって?


「今度、『ゲルドン杯格闘トーナメント』という大会が開かれる」


 エルサは言った。


「トーナメントの前に、ゲルドンが出場する特別試合が開かれるんだ。その試合で、ゲルドンと闘うことができる」

「あ、あいつ、そんなトーナメントを開催しているのか? で、俺がその特別試合でゲルドンと闘うって? 俺が大勇者ゲルドンにかなうわけないだろう」

「いや、あんたはゲルドンより強いと思うよ」


 エルサは断言した。

 い、いや、なんで断言できるんだよ。

 しかし、俺はハッとした。

 ──そうだ、俺は強くなっていたんだ。アシュリーの叔父を倒し、マール村の不良を、2人いっぺんに倒した。


(そうだろう?)


 という風に、エルサはニコッと笑った。


 そういえば、俺がゲルドンのパーティーを追放された時、エルサは言ってたっけ。


『ゼントはすごい武闘家ぶとうかとしての才能があるって言ってんの。素手の闘いの才能があるはずだ。あたしはよく分かってるよ』


 そんなことを言ってたっけな……。俺はエルサを見つめた。エルサは笑っている。


 でも、俺は自分の実力が、自分でもよく分からない。未知数なのだ。


「いや、しかし……俺がその特別試合で、ゲルドンと闘う選手に、選ばれるものだろうか?」


 すると、ミランダさんが口を開いた。


「まず、特別試合に出場できる選手は、ゲルドン杯トーナメント参加者よ」

「じゃ、じゃあ、まずはトーナメント参加資格を取らないとダメってわけですか」

「そうね。でもあなたは、その後のトーナメントのことは考えないで。今はゲルドン戦に集中なさい」


ミランダさんは言った。


「どうやらこのゲルドンとの特別試合の試合相手は、『ゲルドンが決める』らしいの。私にアイデアがあるわ。必ずゲルドンと闘う方法があるから」


 ミランダさんはニヤリと笑った。ど、どんな方法なんだ? それ?


「フフッ、ゼント君と大勇者の格闘試合か……見てみたいわ。試合は、中央都市ライザーンで開かれる。一緒に行きましょう」


 ミランダさん、あ、あのー……。オレ、あのゲルドンに立ち向かえるんでしょうか。


「オレはゲルドン杯格闘トーナメントに出るから、ライザーンに一緒に行くぜ! 俺も練習を積む。ゼント、お前もゲルドンとの特別試合に向けて、特訓だ!」


 ローフェンが笑いながら言った。


 おいおいおい、俺、本当にゲルドンと試合することになっちゃったのか?


 ……だ、大丈夫かぁ?

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