大首領、はじめました! ~婚約破棄からのデッドエンド確定済み悪役令嬢、最後の手段として召喚した特撮ダークヒーローと共に悪の秘密結社を結成して異世界征服に乗り出す!~

楽市

第1悪 悪の大首領アンジャスティナ!(大嘘)

「アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリーム公爵令嬢! 王太子たる我が名において、今ここに貴様との婚約の破棄を宣言する!」


 その声は、大勢が集まるパーティー会場に朗々と響き渡った。


 …………え?


 私は、その声に驚きながらも、周囲に目をやった。

 大きくて、広い空間。華美で壮麗に過ぎるここは離宮の大ホール。

 そこに、着飾った令嬢や貴族子息が集まり、豪勢なパーティーが催されていた。


 …………は?


 そんな、ゲームやらマンガやらでしか見たことがない光景に、私はまた驚く。

 驚かないはずがない。だって、今は21世紀の日本で――、


 いや。違う。そうじゃない。


 ここはイーリシア大陸最大のアレスティア王国の王都アレスティオン。

 そして私は、王国筆頭貴族ヘルスクリーム家の公爵令嬢アンジャスティナ。


 の、はずなのに、どうして日本の女子高生の記憶なんてあるのよ!?


 前世? 前世ってヤツなの?

 今この瞬間、公爵令嬢であるアンジャスティナが、前世の記憶を取り戻したの?

 って、待って、アンジャスティナ? アレスティア王国?


「ここ〈七つの月のエトランゼ〉の世界だァ――――ッ!!?」


 気づいた私は、思わず絶叫してしまった。


「な、何だ……!?」


 私に向かって婚約破棄の宣言を突きつけた貴公子が、驚きに震える。

 明るめの色の金髪に甘いマスク。

 白を基調とした貴族用礼服を、自分専用とばかりに着こなしている彼。


 前世の記憶が確かなら、彼はこの国の王太子アレル。

 初代国王と同じ名を持ち、将来この国に史上最高の繁栄をもたらす方だ。


 何で私が、そんなことまで知っているのか。

 それは、この世界が乙女ゲーム〈七つの月のエトランゼ〉の世界だからだ。

 アレル王子はそのゲーム内のメイン攻略対象なのである。


 そしてこの場面は、アレル王子ルートのクライマックス。

 主人公の少女マナをいじめ抜いた悪役令嬢がついに断罪されるイベントだ。


 そう、登場人物の中でもプレイヤーからのヘイトを一身に集める悪役オブ悪役。極悪無比の悪役令嬢アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリーム!


 つまり私だよ!


「あの、アレル殿下……」

「衛兵、この女を囲め! 微々たる動きも見逃すな!」


 私が言い訳をする前に、王子に命じられた衛兵が私を取り囲んだ。

 うんうん、そうだね、そういえばそういう流れだったよね。


 アンジャスティナ――、通称アンジュ。

 この子は口が上手くて演技もこなせて、人を丸め込むのも上手いもんね。


「アンジュ、おまえがこれまで行なってきた所業は全て掴んでいる」


 告げる王子の隣には、薄黄色のドレスを着た桃色の髪の少女、主人公のマナだ。

 ふわりとしたフリル多めのドレスがいかにも似合う、可愛らしい女の子。

 小柄で気弱そうに見えるけど、元気さが取り柄の、小動物みたいな子である。


 一方で私、アンジャスティナ。

 ウェーブのかかった長い銀髪と冷たく尖った切れ長の蒼眼が特徴といえば特徴。

 纏っているドレスは赤と黒の、何ていうか、毒々しいドレス。


 フハハハハ、我ながら何という悪役センスでしょうね、これは!

 そんな私に向かって、王子がカッ、という感じで瞳を見開いて静かに告げる。


「マナに対するむごい仕打ちのみならず、王宮の公金を横領していたとはな」


 はい、そうですね。やってましたね。


「その他にも、わざわざ民を苦しめるために不当に税率を引き上げていたことも」


 はい、ありましたね。それもやってましたね。


「さらには我が国の軍事機密を他国に流出させていた事実、もはや度し難い!」


 うーん、内通ですねー。

 普通に考えて、極刑あるのみですねー。


 でも待って、違うの! それやったの私じゃないの!

 あ、私だけど……、とにかく違うの! 今の私がやったことじゃなくてー!


「アンジュ様、もう、終わりにしましょう?」


 動けない私に、マナが一歩近づいてくる。

 ああ、ここ知ってる。優しいマナが、アンジュを涙ながらに説得するシーンだ。


 って、待ってよ。

 このシーン、本当の本当に王子ルートのクライマックスじゃん。


 これが終わったらもうあとはエンディングだけ。

 そのエンディングで、結局アンジュは罪が大きすぎて処刑されてしまうはず。


 あれ、私、もしかして詰んでる?

 もう死ぬしかないタイミングで前世の記憶、蘇っちゃった?


 イヤァァァァァァァァ! タイミング最悪過ぎるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!


 私が頭を抱えると、周りの貴族子女達がザワついた。

 その中には、これまで私に媚びへつらい、おもねってきた取り巻き達もいる。

 しかし誰も私を助ける気なんてなさそうだ。巻き込まれたくないのだろう。


「アンジュ様……」


 そんな中で、唯一、マナだけが私をまっすぐ見つめてくる。

 重ねた両手を祈りの形にして、彼女は打ちひしがれる私を案じてくれていた。


 私、知ってる。これ、イベント中に一枚絵で表示されるところだ。

 アンジュがマナの優しさについに心溶かされて、己の罪を認めるシーン。


 このあと、アンジュは捕まって、でも罪が大きすぎて結局は処刑されてしまう。

 ゲームの中のアンジュは、それを受け入れていた。己の末路に納得してた。


 でも、私はイヤだ。まだ二十歳にもなってないのに、死ぬのはイヤ。

 マナが、私に近づいてくる。それは、私の死への導火線だ。


 このままじゃ、イベントが終わって私は兵士に捕らえられてしまう。

 マナが近づいてくるこの短い時間が、私にとって残された唯一無二の執行猶予。

 イヤ、死にたくない。どうすればいいの、アークムーン様!


 私は〈エトランゼ〉と共に、心の支えにしていた日曜朝の特撮番組〈太天烈騎ガンライザー〉のライバルヒーロー、アークムーンに助けを求めた。

 主人公ガンライザーの好敵手にして孤高のダークヒーロー、アークムーン。

 彼ならば、こんなとき――、


「……あ」


 このとき、私の脳裏に閃きが奔る!


「アンジュ、様?」


 一声漏らした私をいぶかしみ、マナが歩みを止める。

 その瞬間を、私は見逃さない。動くなら今。賭けに出るならまさにこのとき!


「オホホホホ、ホーッホッホッホッホッホッ!」


 兵士達に囲まれながら、私は立ち上がり、手の甲をあごにあてて高く笑った。


「これで私を追いつめたつもりですの? まだまだですわね、殿下!」

「何……、どういうことだ!」

「あなたが掴んだ証拠など、所詮はこちらが予め用意していたものに過ぎないのです。あなたは、私の掌の上で踊っていたに過ぎないのですわ!」


 嘘です。

 全部、しっかり本物の証拠です。


「僕が踊っていたに過ぎないだと……!」

「ええ、そうですわ。この程度では、私を追いつめるにはまるで足りません」


 嘘です。

 限界ギリギリです。吐き気すごいし、胃がキリキリして泣きそうです。


「バカな、今のおまえに何が残されていると!」

「ホホホホ、ヒントを差し上げましょう。この国の西側には、何がありますか」


「西側には、魔族の領土〈漆黒領〉が……。まさか、おまえは魔王と!?」

「殿下のご想像にお任せしますわ」


 嘘です。

 魔王なんか会ったこともないし〈漆黒領〉なんて行ったこともありません!

 でも今は使えるものは何でも使うしかないのよォ――――!


「魔族とも繋がっていた、だと? それがどれほどの大罪かわかっているのか!」

「勘違いなさらないで、殿下。魔王など、私の指の一本に過ぎないのですから」


 また高笑いするアンジュ。絶句する王子。

 一方、アンジュの中身である私は、それはもう大変なことになっていた。


 うっぷ。

 吐き気すごい。胃の中がぐりゅんぐりゅんしてる……。

 でも、死にたくにゃい。生きたい。だから必死にロールプレイうっぷ、ぐぇー。


「アンジャスティナ、おまえは一体、何者だ!」

「よくそお聞きになられました、殿下。今こそ名乗りましょう。私の名はアンジャスティナ、悪の組織ステラ・マリスの大首領ですわ!」


 ここぞとばかりの名乗り口上。

 手足の角度一つに細心の注意を配りながら、私は悪の女首領を演じる。


「ステラ・マリス……、何だそれは!?」

「いずれ世界を征服する秘密結社。魔王軍はステラ・マリスの配下です」

「……バカな、そんなもの、あるワケが!」


 はい、ありません。

 ステラ・マリスは〈ガンライザー〉の敵組織名です。あるワケないです。

 でもこれだけハッタリかませば、驚くよね。隙もできるよね。


 すかさず私は懐から小さな本を取り出し、皆に見せつけた。

 念じると本は輝きだし、アレル王子がまた驚く。


「魔導書か!?」

「これは遠隔念話の書。今までの話は全て、この書を通して筒抜けだったのです」


「筒抜け? 誰にだ!」

「無論、この宮殿の近くに潜ませている配下に、ですわ」


 私の言葉に場が騒然となるけど、当然、嘘です。

 この本は確かに魔導書だけど、遠隔念話の書じゃないし、配下なんていません。


「おわかりですね、殿下?」

「……貴様を捕らえれば、この場に貴様の配下が押し寄せる、と」


「さすがは建国王の再来と呼ばれたお方。理解が速くて助かりますわ」

「そんなハッタリなどに……ッ!」


 そーですよ、ハッタリですよ。バレたら私は死、あるのみだよ!

 でも、このハッタリ、何も勝算がないワケじゃない。


 この場にはマナがいる。

 ルート終盤の王子が、彼女を傷つけるかもしれない選択などするはずがない。

 その一点読みだけが私が死の運命を回避しうる蜘蛛の糸。


「…………くっ」


 果たして、私は賭けに勝った。

 王子は悔しげに呻くが動かない。私を囲む兵士に命令もしない。

 完全に硬直した場で、私だけが動いて、王子に向けて軽くお辞儀をする。


「それでは、殿下、またいずれ」

「アンジュ……ッ!」


 王子が私の名を呼ぶ。しかし、マナがいる以上、彼はもう私に手を出せない。

 私は踵を返すと、ゆったりとした足取りで威風堂々、会場を出ていった。


「退路がないなら進路を往けばいい。実に簡単なロジックだ」


 それは〈ガンライザー〉27話に出てきたアークムーン様の名言だ。

 心の底からありがとう、アークムーン様! 全然簡単じゃなかったけど!

 と、いうワケで――、


 全速力で逃げるのよォォォォォォ――――ッ!!

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