第9話 てんぷらを揚げる彼の後ろ姿はまるで。
翌日。いつも通り居間で仕事をしていると、緑水さんが風呂敷包みを持ってやって来た。
私はガラス戸を開き、縁側に出る。
「中野さん、こんにちは。こじょはんにしましょう」
一つに束ねた白く長い髪が風にたなびく様子、鮮やかな紫色の風呂敷包みをしっかりと抱える骨ばった指先、すっと伸びた背筋、履き古した草履を力強く踏みしめる足元。
彼の立ち姿は美しい。
「こんにちは、緑水さん」
「今日のおひつじ座は、思いがけないハプニングに合いやすいそうですよ」
「へえ、それは楽しみです。今日のこじょはんは何ですか?」
「今日ははじき芋ですよ」
言いながら、彼は玄関のほうへ歩いていく。
「はじき芋」
彼を出迎えるため、私は仕事のデータを急いで保存し、土間へと向かう。
私は緑水さんと過ごす時間が好きだ。
彼と一緒にいると、穏やかな気持ちでいられる。
土間で草履を脱ぐ緑水さんをぼーっと見つめていたら、ふいに思い出した。
「そうだ。山菜を大家さんからいただいたんです。図々しいお願いなんですけど、緑水さんに天ぷらにしていただけませんか? 半分お分けしますから」
「よろしいんですか? では揚げさせてもらいます。そうしたら今日の夕ご飯のおかずになりますね」
「ありがとうございます!」
やった! 緑水さんの揚げてくれるてんぷらならきっととっても美味しいはずだ。夕ご飯のおかずもゲットゲット。
緑水さん、まずはこじょはんのはじき芋を作ってくれるようだ。
風呂敷の中からはゴロゴロと、小ぶりな里芋がいくつも出てきた。
「ずいぶん小さな里芋ですね。皮を剥くのが大変そう。」
「そうでしょう? ですからこれを皮のまま茹でるんですよ」
「皮のまま?」
それで食べる時はどうするんだろう?
「まあ見ていてください」
少し得意げに笑いながら、緑水さんはお鍋にお湯を沸かし始めた。
「さて、てんぷらも同時にやっちゃいますか……。中野さん、お仕事は?」
「あっ、そうでした。ちょっと仕事に戻ります。いつもすみません」
「いえいえお気になさらず。私が好きでやっていることですから」
切れ長の目をスッと細め、かすかに八重歯をのぞかせながら緑水さんが笑う。
その笑顔には不思議な魅力があって、私は目が離せなくなってしまう。
部屋の扉を開いたまま、動画編集の作業に戻る。
きっといつも通り、三十分後くらいにはこじょはんが出来上がるだろうから、それまでにキリのいいところまで終わらせておきたい。
緑水さんが湯の沸いた鍋にドボドボと里芋を投入する音がする。
しばらくして、編集作業がひと段落ついた。
大きく伸びをする。台所へ向かうとはじき芋のほうはもう出来上がっている様子で、大皿に山盛りにされた茹でたての小さな里芋から、ほのかに白い湯気が立ち昇っている。
その隣で、緑水さんは山菜のてんぷらを揚げてくれていた。
「ありがとうございます」
「サクサクに揚がっていますよ」
「わあ、楽しみです……。私、お茶でも淹れますね」
いつも緑水さんに淹れてもらってばかりだけれど、たまには私が……。と思って急須や湯呑を用意し始めたその時、背後で緑水さんが小さく叫んだ。
「あちちっ!」
「大丈夫ですか?」
思わず彼のほうに振り向く。
すると……。
緑水さんの頭からはぴょこんと耳が、お尻からはふさふさのしっぽが生えていた。
白銀の、見たこともないような美しい毛並みの耳としっぽは、まるで狐のそれのような形状をしている。
「…………」
声も出せずに、私はその姿をじっと見つめた。
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