第7話 大家さんは山菜をくれます。


「なんで油揚げが好きなんだろー」


 緑水さんって本当に変わっているよなあ、と思いながら仕事にとりかかり始めたその時、庭に大家の新井さんがやって来た。私はガラス戸を開いて縁側に出る。


「なにかくださるんですか?」


 大家の新井さんが来るときは、大抵なにか野菜をくれるのだ。


「今日は山菜取りをしてきてさ、うどとたらっぺがいっぺー採れたんで、持ってきたでぇ」

「たらっぺ?」


 うどはなんとなく知っているけど、たらっぺって何だろう。全然わからない。


「たらっぺって言わねえんかい、東京の人は」

「んー、ちょっと検索してみます」


 スマホでググってみる。あー、たらっぺって、たらの芽のことなんだ。


「いただけるのは嬉しいですけど、私は山菜の料理なんて……」

「何でも天ぷらにすりゃあうめぇんだから、大丈夫だんべぇ」


 そう言って大家さんは笑っている。いやいや、私天ぷらさえも出来ないんですけど……。

 あ、でもそっか、彼に頼めば。


「緑水さんなら天ぷらにできるかも……」


 そう言って私が山菜を受け取ると、大家さんは首をかしげた。


「りょく……すい?」

「はい、よくいらっしゃるんですよ。隣の家の方なんですけど」

「……隣っつうと、どっちの隣だいね?」

「えっ、隣ってこっち側の……石垣で囲まれたお宅の……」

「なに言ってんだい、あんた」


 大家さんは眉をひそめて神妙な顔になる。


「そっちの隣は、はぁ長いこと人なんか住んでねぇで」


――ぞぞぞぞぞぞぞぞ!

 寒気が走り、一瞬にして全身の鳥肌が立ってしまった。


「やだなあ怖いこと言わないでくださいよお……」

 

涙目でそう言う私に大家さんは大真面目な顔で言う。


「いや、本当だで……。隣には、誰も住んでねぇで。隣のじーさんが亡くなってからはぁ二十年くれぇ経ったんかなぁ……。高崎で暮らしてたっつぅ息子も、何年か前に亡くなって……孫がほんのたまあに、墓参りに来るぐらいだで」


「じ、じゃあ、そのお孫さんなんじゃないですかね。お孫さんは何歳くらいなんですか」


「どうだったんべぇかなー。三十……四十……」


「あー、それくらい! それくらいの方だったんですよー。だからきっと絶対お孫さんですね間違いなく!」


 もうやめてほしいよ大家さん! 本当に怖すぎだから!

 あんなに毎日一緒に過ごしている人が実在しないだなんて……信じたくもない!


「そんなわけないと思うけんども……」


 しきりに首をかしげる大家さんに私は言った。


「そんなわけあるんですよ。だってちょうど三十から三十五歳くらいの見た目の男性ですから」


 なんかやだ。もうこの話したくない! 寒気が止まらない!


「ごめんなさい新井さん、私お仕事しなくちゃで」

「あーそうだったんかぃ。そいじゃ、お邪魔して悪かったねぇ。また来るかんね……」


 そう言って去ろうとした大家さんはふっと立ち止まり、またこちらに振り向いて言った。


「くれぐれも、気ぃつけなね」

「…………はい」


 涙目で、私はこくりと頷いた。


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