第5話 こじょはん、たらし焼き。
それ以来緑水さんは、ほとんど毎日のようにうちへ来るようになった。大体二時半ごろになると、彼は風呂敷包みを手にやって来る。
「中野さん、こじょはんにしましょう」
ちなみにこじょはんとは、このあたりの方言で「三時のおやつ」の意味らしい。緑水さんが二度目に来た日に教わった。
彼とは徐々に打ち解けた仲となりつつあるが、彼が上品で知的な感じのする人であるという印象は変わらない。いつもきちんとしているし、大人の包容力を感じさせる。
それと朝のラジオ番組を欠かさず聴いているようで、いつも今日の占いの結果を教えてくれる。私はおひつじ座だという話をしたら、毎日おひつじ座の占いを覚えておいてくれるようになったのだ。
「今日のおひつじ座は仕事運が高まるそうですよ。ですが恋愛運は下降気味だそうです」
「へえ、どおりで仕事が忙しいわけですね」
元々の仕事の他に新規の仕事が舞い込んできて、朝からてんてこ舞いだ。
「どうぞ、お仕事をなさっていてください。台所をお借りしますね」
そう言うとそそくさと、緑水さんは台所へと向かって行った。なんとかこじょはんの時間までには仕事を一区切りつけないと。このところ私は毎日、緑水さんとのこじょはんの時間を一番の楽しみにして生活するようになっている。
なにせ緑水さんのこじょはん、美味しいんだもの!
「今日は何を作るんです~?」
作業をするのに使っている居間から台所に向かって呼びかける。基本おうちの扉は全部開けっ放しだから、最近は料理中の緑水さんにこうしておっきな声で話しかけることがある。
「今日はたらし焼きですよ」
「たらし焼きぃ?」
たずねたが、緑水さんの返事はない。かわりにまな板で何かを刻んでいるような音が聞こえてくる。料理に集中し始めたようだ。
仕方がない。私もとっとと仕事を終わらせるとしよう……。
仕事に集中すること三十分。
「中野さん、そろそろ出来上がりますが……お仕事のほうはいかがですか?」
緑水さんが様子を見に来てくれた。
「ええ、もうあとほんの少しで一区切りです」
「では、すぐ食べられるように用意しておきますね」
そう言って緑水さんは台所へと戻っていった。
五分後。私は囲炉裏部屋へ向かった。囲炉裏部屋には卓袱台が置いてあって、緑水さんと私はそこでこじょはんをいただくことが多くなった。
「これが、たらし焼きですね?」
卓袱台の上の大皿に、丸いやきもちのようなものがいくつも並べられている。
「お茶いれますね」
緑水さんはいつもの湯呑に緑茶を注いでくれた。私はたらし焼きなるものを一つ箸ではさみ、至近距離で見つめる。焼き立てだからまだ熱そうだ。
「ねぎが……入ってます?」
「はい。あとしその葉を刻んだものも入っています。それを小麦粉・味噌・砂糖・水と混ぜ合わせ、フライパンに油をひいて焼いたらできあがりです」
「へえ……」
シンプルだけど、私は食べたことがないなあ。
「いただきます」
一口頬張る。
……ふぉ。何コレ。
「美味ひい……。もちもちして、生地がお味噌味で、しそとねぎがいいアクセントになってて……これ、いくらでも食べれそうれふ」
「それは良かったです」
ニコニコしながら緑水さんは、たらし焼きを食べる私を見つめている。ちょっと恥ずかしいなと思うけれど、あまりにもたらし焼きが美味しいので食べ続けてしまう。
そんな私の顔を見つめる緑水さんの笑顔が、徐々に心配そうな顔に変化していく。
「あの……何もそんなに休まず食べ続けなくても。お茶でも飲んで、ゆっくり食べてください。僕は一つ食べれば充分ですから、安心してたくさん食べてください」
「しょ、しょんな……こんなおいひいもの、りょくすいはんもたべれくらさい」
「そこまで中毒性ありました?」
さすがの緑水さんも苦笑している。でもね、これ、中毒性ありますよ。生地に練り込まれたお味噌味が特にヤバいんです。食べるの止められないんです。一体どうしてくれるんです?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます