こじょはんにしましょう ~テレワーク続きなので群馬の古民家に引っ越したら美男の化け狐が毎日おやつを作ってくれるようになりました~
猫田パナ
第1話 私、群馬の古民家に移住します。
「ああーっ。目がかすむ……」
瞼をごしごし擦りながら、私は画面を睨みつけた。
午前十時頃からノンストップで作業を続け、一体何時間たったのか……。時計の針を見れば午後三時を指している。
「うそ、もうこんな時間? お昼ご飯……はもういらないか」
足元のゴミ箱の中には、空になったポテトチップスの袋が雑に突っ込まれている。
どうやら私、無意識のうちにポテチ一袋食べきっていたみたい。そのせいか、あまりお腹は減っていない。
じゃあもうそのポテチがお昼ご飯だったっていうことで!
私は二年前から映像制作会社で動画編集の仕事をするようになった。
データを受け取り、動画にテロップを入れたり加工をして、仕上がった動画を納品する。
最初のうちは会社で仕事をしていたのだけれど、慣れた頃からテレワークにしても構わないよと言われるようになり、元々家にこもるのが好きなたちだった私は迷うことなく「だったらテレワーク一択でしょ!」と考え、自宅で仕事をする日々を送るようになった。
だけど毎日毎日この都会の片隅の狭いアパートにひきこもって作業していると、憂鬱な気分にもなってくる。
だったら外に出て仕事をすればいいのかもしれないが、動画編集に使用しているパソコンはバカでかいデスクトップパソコンが一台に大画面のモニターが二つ、さらに必要に応じてミニノートやタブレットでデータを確認しながらの作業になるので、今日は自宅で、今日は外で、なんてフレキシブルにはいかない。
「今月……会社に何回出社したっけ?」
スマホのカレンダーアプリを表示する。あれ……私今月、まだ一度も出社してない。先月は……先月も、月末に領収書を清算した時しか会社に行ってない。
「もしかして私、わざわざ都内の狭いアパートに缶詰になっている必要、ないのでは?」
思い立ったら即行動! をモットーにしている意欲的なひきこもりである私は、すぐに地方移住について調べ始めた。
「へー、古民家かー、空き家バンクかー。家ひろーい。え、家賃三万円? 譲渡相談可? 住んでみて気に入ったら買えるってこと?」
私、中野朱里(なかの・あかり)二十五歳未婚。結婚まで考えて同棲していた彼氏と破局した苦い経験から、今後も一生独身を貫く予定。
――古民家一人暮らし、ありでは?
そう思い立った日からわずか二週間後。私は群馬県のとある賃貸物件を内見して気に入り、即入居することに決めてしまった。
私が賃貸契約を結んだ物件は、群馬県神流町の万場という場所にある古民家だ。内見に訪れてすぐに、私はこの家が気に入ってしまった。
東京の西のはずれで生まれ育った私は、さほど都会的な環境で暮らしてきたわけではないにしろ、生まれてこのかた東京から出たことなどない。ずっとマンション住まいで、むしろ築年数など新しいほうが良いに決まっていると考えていた。
しかし先祖の記憶が遺伝子にでも刻まれているのか、古民家に足を踏み入れた途端、どこかなつかしい香りがして胸がいっぱいになった。それは土間の土の香りであり、囲炉裏から漂う灰の香りであり、古びた木造家屋特有の木の香りでもあった。とにかくこの香りに包まれて暮らしたい! と強く思った。
さらに部屋に上がって、ますます私はこの家が気に入った。部屋をわける鴨井と天井の間の欄間に見事な松竹梅の彫刻が施されていたのだ。毎晩この欄間を見上げながら眠りたいなあと思った。そして日当たりの良い縁側もあり、お昼寝をするのには丁度よさそうだった。
築年数不明であるというその木造の御宅は長年使われていなかったらしいが、賃貸物件として登録する前に多少の手入れをしてくださったそうだ。広々としたお庭には雑草も見当たらず、お部屋のお掃除も行き届いており、ちゃんと水道電気ガス、さらにはネットも使えるようになっていた。
「ここまでしていただいて家賃三万円なんて、申し訳ないようですね」
大家の新井さんというおばあさんに案内していただきながら、私は思わずそう言った。障子も綺麗に張り変えてあるし、聞けばお風呂場をリフォームしてくださったらしい。一体私が何年住めば、新井さんは元をとれるのだろうか。
「ずっと誰も住まねえのも、もってぇねぇんでさ。この辺は年寄りべぇだから、わけえもんに住んでもらえるだけで、ありがてえんだいね」
うんうん、と頷きながら、先程新井さんからいただいた手書きの地図を見る。この近辺に住む人の家の場所と名前が書きこまれているのだが、ほぼ全ての御宅の苗字が「新井さん」なので、一体どこが大家の「新井さん」の家なのかがわからない。
「だけどびっくりしたんよぉ。まさか女の人が一人で住むとは思わねぇがね。怖くねぇんかいね?」
「えっ……いや、特に怖いとかは……深く考えてなくって。この辺なら泥棒とか不審者も出なそうな気もしますし」
「そりゃ泥棒さんはいねぇだんべぇけども」
言いながら、新井さんは私に顔を近づけた。
「色々出るかもしんねーだんべぇ? 鹿とか、熊とか、霊的なもんだとか」
「霊的なもん……?」
さーっと血の気が引いていく。どうしよう。広々とした古民家に暮らせる上に家賃が浮くってことしか考えてなかった。れ、霊的なもん……?
「まーそういうことは、言わねぇほうが良かったか」
ははははは、と豪快に新井さんは笑い始めた。肩を揺すり、膝を叩いて大笑い。
その底抜けに明るい笑い方が、私には余計に怖かった。
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