懐壊
からり、と軽く儚い音がする。器が割れる音だ。
陶芸家だった祖父は、こだわりが強かったのか、はたまたプライドが高かったのか、作った器が気に入らないと、石床に叩きつけて割っていた。甲高く、か細く、儚い悲鳴は、私には聴き慣れていた音だった。
それを今、久しぶりに聞いた。洗った飯碗を棚に戻そうとして、手を滑らせた。長い年月を過ごした所為だろうか、床はクッション性で柔らかいはずなのに、土でできた飯碗は花弁を散らしたようにきれいに簡単に割れてしまった。
すぐにほうきとちりとりを持ってきて、破片を掻き集める。腹を立てた祖父は、皿を割った後はすぐに煙草を吸いに外へ行ってしまっていたから、片付けは、祖母か、母か、私の仕事だった。我ながら手慣れたもので、すぐに終わらせてしまう。
だけど、ちりとりの破片を捨てようとしたところで、困ってしまった。祖父の家には、陶器を捨てる専用のバケツがあった。けれど、一人暮らしの私の家にはそれがない。
祖父が苛立たしげに壊した作品は、バケツに集められて、いずれ土に戻された。祖父はその土を使って、もう一度器を作る。それはまた壊されることもあったし、作品として誰かの手に渡ることもあった。美辞麗句を並べて祖父の作品を褒めそやしていた好事家たちは、それが数々の〝失敗〟を捏ねた末のものであると想像したことはあったのだろうか。
今私が割ったこの飯碗も、〝失敗〟から捏ねられた物だった。幼い私が祖父の膝の間に挟まって、ろくろを回して作った飯碗だった。失敗作を叩き割る以外は温厚だった祖父は、そのいびつな茶碗を、馬鹿を付けても良いほど大げさに褒めてくれたものだった。
これは、土に還らない。
欠片は仕方なく、がれきとして捨てられた。
その中で一つ、なるべく平たく大きめのものだけ、手元に残した。
それはやすりで角を削られて、武骨な箸置きとして、私の食卓を飾っている。
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