翻るスカーレット
曇天に、喪ってしまった青と白の旗がはためく。これから来る嵐の予感に、激しくその身を翻弄させる。
古くからこの街に住む男は、虚しくそれを見上げていた。抗う術なく風に身をさらけ出す姿が、けれど吹き飛ばされまいと必死に綱にしがみつく姿が、まるで自分たちを象徴しているようで。
その弱さに、打ちのめされそうになっていた。
かつて、この都市は小さな国だった。身も心も大きく丸い大公が治める、貧しくも平穏な
けれど、一年ほど前に隣の大国に吸収されて、今ではただの都市の一つに過ぎなかった。
大国は経営上手で、街は、住人は、豊かになった。魚以外の食べ物を得、数多の贅沢品と娯楽を得、そして何より財を得て、身の回りはいろんなもので満ち溢れた。
けれどその一方で、心が喪われていった。活気に満ちた朝の市場と、夜の静寂に響く波の音。腕自慢、体力自慢の漁師の酒盛りと、潮干狩りにはしゃぐ子供の歓声。朗らかに街を走り回る公女と、穏やかに人の話を聴く公子。
全て、陸から吹く風に流されていった。
旗の一つが、強風に耐えきれずに飛んでいく。曇り空にふわりと浮かんで、灰色の海へと流される。
飛んでこの淀んだ地から逃げ出せる羨ましさにため息を吐き、地上に視線を落としかけ。
……ふと、男は同胞に気が付いた。
暗い色のマントで全身を包み、フードの隙間から同じように空を見上げ、吹き飛んでいく公国旗を視線で追いかけていたその人物。
まじまじと見つめていたからか、その人物はこちらに気がついて、
「――――っ」
フードの下の、美しい女の顔を覗かせた。
過去に忘れた懐かしい色を濁らせて、女は無感動に男を眺め、やがて外した先にあるのは、かつて大公一家が暮らしていた城。
今では大国から来た
そこに何を見出だしたのか。今一度すれ違った女は、城へ向かって歩き出す。
強風に煽られめくれたマントの下から、緋色のドレスが翻った。
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