18 尽きない悩み

 ギャルゲー『時空の果てに響く旋律』の世界に戻ってきた次の日。


 たまたまだが、この日は魔法学校の休日だ。だから、俺とロベルトとアマンダで、美樹みきかけるを連れて朝から街の案内をすることになっていた。


 俺が一番乗りで寮の入り口に着き、他の皆を待つ。次に美樹が入り口までやって来た。


山和やまとくん、おはよー」

「おはよう美樹ちゃん。あれ、翔は?」

「さあ? 何かロベルトと話しているみたいだったよ」

「ロベルトと?」

 朝から二人で一体何を話しているのだろうか。そんなことを考えつつ、俺はしばし美樹と会話する。


「それで、ロベルトの相手を探さないといけないんだっけ?」

「ああ。ゲーム通りにいかないから、実に大変だよ」

「分かる……。『混沌のホーリーナイト』の世界でも苦労したもん……。けど、こっちの世界はヤバさの規模が違うよね、世界滅亡だなんて」

「そうなんだよ」

 もし、世界滅亡を阻止するために俺が選ばれたのだとしたら、運命を呪ってやりたいところだ。本物の銃火器を扱える軍人とかが選ばれてほしかった……。


「あ、ロベルト来たよ」

 美樹が言い、俺が目を向けるとロベルトが走ってくるのが見えた。


「二人ともゴメン! 何かカケルが校長から呼ばれてて……。俺、ちょっと同行してくるよ」

「えっ、翔が! 何で!?」

「この世界で見たことの無い体格をしているから、興味を持たれたのかも」

 確かに、魔法が主体のこの世界では、肉体の訓練は最低限だ。翔のようなゴツい巨体を持った者は見たことがない。


「だったら私も行くよ?」

「いいよ、ここは俺が付き添うからさ。ヤマトとミキはそのままで。そのうちアマンダも来るだろうしさ」

 そう言うとロベルトは寮の敷地内の方に消えていった。


「何だろ、引っ越しの手伝いとか?」

「あはは、それは確かに翔の出番かもね!」

 俺の冗談に美樹が笑う。俺はその笑顔に引き込まれそうになってしまう。


「ヤマトさん、おはようございます。そちらは、ミキさんですよね?」

「え? ああ、メアリーか、おはよう」

 声のした方を見ると、アマンダの後輩のメアリーがいた。メアリーも寮生ではないので、美樹とは初対面だ。二人は軽く自己紹介をし合った。


「あの、アマンダ先輩から言伝ことづてなんですが、急用ができたのでアマンダ先輩抜きで行ってくれとのことです」

「え!?」

「アマンダも……?」

 それは、俺と美樹と翔とロベルトで行けという意味なのだろうか。しかし、状況的に俺と美樹だけになってしまう。メアリーもこのまま予定があるとのことで、去っていった。


「仕方ない、俺たちだけで行こうか?」

「そうね。行きましょう……」

 美樹のその声は、少し警戒心を抱いているような雰囲気を感じた。それがちょっと切ない……。


 というか、まさかこの状況、アマンダの差し金ではないだろうな……? 昨日、もう少し自分のことも考えるべきだというような事を言っていたが……。


 一瞬、そう思った俺だったが、すぐに考え直した。アマンダは美樹と翔の仲の良さを囃し立てていたし、まさかあのアマンダが略奪愛を是とするなど、あるはずがないのだから。


 俺も美樹も朝を食べずに出て来たので、まずは食べ物を売っている屋台の並ぶ場所に向かった。レストランに入るのも手だが、ロベルトとアマンダは食べ歩きという形で俺に色んなものを紹介してくれた。今回もそれが良いと思ったのだ。


「あれ、良い匂い~」

「おお、嬢ちゃんお目が高いね。買ってくかい?」

 屋台で次々と焼かれている串焼きが香ばしい匂いが漂っている。色々なものを食べたいし、一本だけ買って二人で分け合うことにした。


「おお、美味しい!」

「これは俺も初めて食べるよ!」

 二人で交互に串から肉を取り、食べていく。牛でも豚でも鶏でもないこの世界の動物の肉は、決して日本では味わえないものだ。自然と笑みを浮かべる美樹を見て、俺も釣られて頬を緩ませてしまう。


 他にも色々なものを買った。小麦とは違う穀物から作られたパン、元の世界では出会うことのないフルーツ、見たことのない生物の丸焼き。ロベルトとアマンダの案内で足りていたはずもなく、俺が初めて食べるものも多々あった。


「ふぅ、美味しかった!」

「だいぶ食べたね。腹いっぱいだ」

「私も!」

「ふっふっふ、なら次はこの世界で必須の日用品を買いに行く時だな」

「え……?」

 首を傾げる美樹を魔導具店に連れて行くことにした。の初見と、初めて使った後の顔が楽しみだ。ロベルトとアマンダもこんな気分だったのだろうか。


 魔導具店では、店員も俺と同じニヤついた顔をして、歯磨き魔道具トゥーザーを出してきた。トゥーザーを手に取り、たくさんの触手部分が動き始めるのを見た美樹は顔を青くして叫んだ。


「きゃあああ! 何よこれ!!」

「言わば全自動歯磨き機! 歯だけでなく、口の中を綺麗にしてくれるんだ」

「口に入れるっての!? 無理無理無理!!」

 美樹はトゥーザーを手を放してしまいそうな勢いで拒絶した。これを少し予想していた俺は、寮の自室から持って来た自分のものを使ってみせた。


 あっという間に清掃が終わり、口の中がフレッシュ感で一杯になる。食べ歩きをした後ということでタイミングも良かった。それを見ていた美樹は『マジなの……』と呟いた。


 意を決した様子の美樹はトゥーザーを口に咥えた。最初は顔が青く、閉じられたまぶたがピクピクと動いていたが、すぐに子供が宇宙人に出会ってしまったかのような顔になり、終わってトゥーザーを取り出すと、感心しきりになった。


「おおお、凄いね、これ……!」

「でしょ! 転移が終わっても、俺は必ずこれを持って帰ると決意してるよ」

 俺がそんなことを言うと、店員が笑いながら美樹にウンチクを説明した。美樹がトゥーザーをケースに入れると、二人で店を後にした。


「この世界、結構科学が進んでるのね……」

「そうなんだよ。電気じゃなくて魔法が基本みたい」

「なるほどねー」


 美樹は魔導具店をふと振り返った。そして、呟いた。


「後で翔も連れてこよう! どんな顔するかしら!」

 美樹は面白そうという顔をした。一方の俺は、翔の名前を出されてテンションが下がる。翔が狼狽うろたえる姿だけなら俺も見たいが、結局のところ、美樹が翔を気にしていることを痛感させられてしまったのだから。


 テンションが落ちたことを悟られないように、俺は美樹を次の見どころに案内した。そこは、街が一望できる丘だった。ロベルトとアマンダも俺をここに案内してくれたし、絶景スポットだと俺も思う。


「うわぁ、綺麗ね~!」

「でしょ」

 美樹が目を輝かせて街の方を見る。


 その横顔を見ながら俺は思った。何て綺麗なんだろう。美樹は昔から可愛かったが、今では出るところも出て、言わばレベチ状態だ。


 周りには家族連れもいるが、カップルらしき人たちも多い。それが俺の心をかき乱す。このまま美樹と一緒にいすぎて、万が一にも好きになってしまうと本当に辛いことになる。


「ここ、ゲームではロベルトとヒロインが一緒に来るイベントがあったりするんだけどね」

「で、山和くんが連れてこられちゃったの? それは受ける!」


 このように、せいぜい他愛のない話をするのが良いのだろう。そう思い、俺はしばらくどうでも良い雑談に花を咲かせた。しかし、ふと美樹が話題を変えた。


「山和くんはさ、劇団のお手伝いとか、まだやってるの?」

「え? ああ、たまにやってるよ」

「そう……」

「美樹ちゃんはやってないの?」

「色々あって、今は休止中」

「そうなんだ……」


 美樹と一緒の舞台を手伝った時も、彼女は演技そのものに熱心だった。何があったのか知らないが、いずれは戻ってくる気もする。そういえば、『混沌のホーリーナイト』の説明をしてくれた時、声優の演技の凄さについても語っていた。


「事が片付いたら、このギャルゲーもやってみるよ」

「ゲーム自体はあんまお勧めしないよ? シナリオの見せ方に結構難があったりするから」

「あれ、山和くん、このゲームに感銘を受けたんじゃないの?」

「どうだろ。良い部分もあるけど、粗が多いってとこかな。本物のロベルトやアマンダと関わった後だと、余計その粗がキツく思えちゃうと思う」

「そっか」


 だが、その疑問はもっともだ。クラスメイトの茶介さすけの方がよっぽどハマっていた気がする。俺に勧めてくる程だったのだから。それでも俺が選ばれたというのは、ネガティブなツッコミを含めて俺が感銘を受けているということなのだろうか。


「まあ、気軽に映画とかも観たいな。あっ、そういえば山和くん、女の子と一緒に映画館にいたよね?」

「あれはクラスメイト。あの時は4人だったんだよ」

「あら、そうなの」

 美樹は少し残念そうな顔をした。俺の恋バナでも期待していたのだろう。


「美樹ちゃんは、翔と一緒だったよね?」

「あー、そうだったね」

「……」


 それ以上のことは聞かなくても良いはずだった。しかし、抑えきれずに言葉が出てしまった。


「美樹ちゃんはさ……、翔のこと、好き……?」

「…………何でそんなこと聞くの?」

「……」


 確かめたい気持ちが湧いてしまったのだ。美樹と翔の現状はどんなものなのだろうか。が後釜になれる可能性はあるのだろうか。そういうことを。


「翔のことは、よ」

「っ……!? そ、そっか……」

 確かめた美樹の気持ちは『好き』どころか『愛している』。美樹の翔への揺るがない想いを確認できてしまった。


 ここで沈黙したらダメだ。俺が余計なことを考えていたと思われてしまう……!


 しかしそれでも、俺はしばらく言葉を発することができなかった。

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