15 封印の遺跡

 乙女ゲームの世界に転移した2日目。


 俺とロベルトとアマンダは、美樹みきかけるとカレンの案内で街を見て回った。世界が違うのだから当然だが、『時空の果てに響く旋律』の世界とは食の文化も違うし、街の造りも違う。『旋律』世界は魔法に特化した世界だったが、この世界は剣の存在感が魔法に負けていない。


 なお、歯磨き魔導具トゥーザーのような超便利グッズは無かった。トゥーザーを持って来られているアマンダはともかく、俺とロベルトは、引き続き歯ブラシを使わなければならない残念感を吐露とろし合った。


 カレンは女友達が増えたのが嬉しいのか、美樹とアマンダと共に屋台で買った食べ物を手にはしゃいでいる。


「カレンは、幼い頃に魔力奪取の異能が発現して、気味悪がれて苦労したらしい」

 不意に翔が言った。


「だから、友達もできなかったんだと。そこに美樹が現れたから嬉しかったんじゃないか。ツンツンしてるメルビンも、それには感謝してた」

「そっか。そこにアマンダも加わって、どうかこれまで苦しんだ分を取り戻してくれれば良いな」

 翔とロベルトが言った。俺は何となくその会話に加われなかった。


 多分、翔への嫉妬なんだと思う。大事件に巻き込まれたことで、俺と美樹の距離は縮まった気はするが、それでもやっぱり美樹の隣には翔がいるのだから。


 非常時だってのに、バカだな、俺も……。


 そんな事を思っていると、近くから歓声が上がった。高さ15~20mはあろうかという大きさのロボットが列を成して歩いている。遠征に出るようだった。


「わぉ……。あれが?」

「魔導ロボットよ」

 アマンダが感嘆の声を上げ、美樹が返答した。


 魔導ロボットは魔法の力で動く。だから魔力の少ない者では力を発揮できない。あれに乗っているということは、騎士団の精鋭なのだ。


「メルビンは、あれに乗る騎士を目指しているんだったね?」

「そう……。真っ先に危険な任務が割り当てられるから、私は受かってほしくないけど……」

 ロベルトの言葉にカレンが答えた。二人はそのまま会話を続ける。


「給金が良いからだっけか。メルビンはきっとカレンに楽させてあげたいと思ってるんだよ」

「でも、それでメルビンが危険な目に遭わなければならないなんて、そんなの辛いよ」

「メルビンを大事に想っているんだね」

「うん、大事。私にとって、これまで味方だったのはメルビンだけだったから」

「そっか……」


 聞こえてきた二人の会話からも、カレンの悲壮さを感じる。ゲーム通りだったとしたら、立て続けに味方としてカレンの前に現れる攻略対象のヒーローたちは、カレンにとっては救いだったのだろうと思う。


 しかし、よく考えると、その立場を俺たちが担ってしまっている。カレンにとっては良いことなのだろうが、それで大丈夫なのかという不安に、俺はため息をついた。



    ◇



 夜。

 拠点の屋敷には、この日の訓練を終えて帰ってきたメルビンに加え、レスリーが来ていた。


「メルビンの騎士団選抜試験の内容を伝えに来ました」

 レスリーが言った。


 封印の遺跡に眠る、古代の聖剣ホーリーブリンガーを入手せよというものだ。魔物の多く住まう場所で、正直、候補生が挑むような試験ではないらしい。


「それを手に入れれば、僕は騎士団に入れるんですね?」

「そうです。しかし、こんな試験になってしまうとは……。騎士団を統括する身として申し訳なく思っています」

 レスリーが静かに言う。レスリーは訓練を頑張るメルビンのことを認めており、正当な試験を受けてほしかったとのことだ。


 結局、騎士団上層部の、得体の知れない異能を持つ少女の弟を騎士団の一員にしたくないという思惑が働いているのだ。王族として騎士団を統括するレスリーにさえあらがえない流れだったという。


「どんな試験であれ、僕はやります!」

 メルビンが力強く言った。カレンは不安そうな顔をしている。


「ちなみに手助けをしてはいけないわけではありません。私はメルビンと共に行きますが、皆さんはどうしますか?」

 レスリーがそう言うと、全員が肯定を返した。


 俺にとっても重要なことだ。ちゃんと見届けなければならない。



    ◇



 翌日。

 馬車に乗って、くだんの遺跡に移動する。なお、『旋律』世界と違って本物の馬のようだった。


 遺跡の入り口に着くと、俺はショットガンにゴム弾を装填した。美樹と翔は武器を持って来られなかったため、美樹はカレンと共に索敵担当、翔は棍棒こんぼうを持っている。ゴツい翔にはよく似合っていた。まるでトロルだ。


「翔、何のスポーツやってんだ?」

「ウエイトリフティング部のマネージャー」

「マネージャー??」

「色々あって、競技はやらずに部員の筋トレ指導を主にな。筋トレ自体は俺もやってる。ジムとかでさ」

 それでこんなにゴツいのか。こいつに棍棒で殴られたら本当に死んでしまいそうだ……。


 たまに襲ってくる魔物は、レスリーとメルビンが撃退した。レスリーは魔法を帯びさせた剣を振るい、メルビンは杖から魔法を繰り出す。アマンダはその様子をお手並み拝見という様子で一歩下がって見ており、ロベルトはいつでもアマンダの魔力増幅に入れるよう、アマンダと一緒に行動していた。


 結局、聖剣ホーリーブリンガーのある大部屋に至るまで、俺や翔の出番は無かった。付け焼き刃の訓練で放つゴム弾のショットガンなど効果は期待できないので、俺にとってはそれで良かった。


「案外と簡単に辿り着いたけど……」

「ここからが本番よ」

「だよなあ」

 俺と美樹が言い合う。ゲームではこの部屋にボスがいて、行動を間違えるとゲームオーバーになるという。気を引き締めるべきだろう。


「あった、あれだ!」

 大部屋の深部に、地面に突き刺さった剣を見つけ、メルビンが走り出した。


「待つのですメルビン! 慌てるな!」

 レスリーが警告したが、メルビンは浮かれて聞こえていないようだった。そのまま剣に触れてしまう。


 すると、どこからともなく低い声が響き渡った。


「聖剣は人間の手に余る。静かに眠らせておくべし」

 その声が響くと、壁の一部が壊れ、中から大きな巨人が姿を現した。魔導ロボットほどの大きさでは無いが、それでも生身の人間が対するような相手には見えない。


「くっ、仕方ない!」

 レスリーはそう言うと、メルビンの元まで走った。俺たちもそれに続く。これ自体はゲーム通りのようだったが、俺はすぐに異変に気がついた。


「美樹ちゃん……。巨人が二体出てくるのって、ゲーム通り?」

「ううん、そんなはずない!」

 そう、一体目の巨人に続いて、色違いの巨人がもう一体出て来た。しかもどうやら、通常の魔物までこの部屋に集まってきているようだった。


 クソが! どうしてこう何もかもがゲーム通りに行かないんだ!


 俺はこれまでに心の中で何度もついた悪態を再びつき、ショットガンに手をやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る