05 文明の違い

 朝。

 寮の自室で目覚め、食堂で朝食を取る。再び自室に戻り、部屋に備え付けてあった歯ブラシで歯磨きをしながら俺は考えた。


 ロベルト✕アマンダ作戦が失敗した以上、ロベルトと他3人のヒロインのうち誰かをくっつけるしかない。だが、慎重にやるべきだろう。例えば、ロベルトとアマンダの出会いは、ゲームと大きく違っていた。他のヒロインでそうならないように、ロベルトとの出会いはなるべくゲーム通りになるように仕向けた方がいいと思う。


 魔法学校が授業中の間は俺にやることは無いので、街を見学しながら頭を整理しようと考え、寮を出ようとすると、ちょうどロベルトも寮を出るところだった。


「おはよう、ロベルト」

「お、ヤマトおはよう」

 のほほんとした顔しやがって……。昨日もガツガツとアマンダを口説いてくれれば良かったものを!


 そのまま二人で雑談しながら学校の入り口辺りまで歩くと、ちょうどアマンダが来たところだった。


「あ、ロベルト、ヤマト、おはよ」

「アマンダ、おはよう」

「おはよう」

 挨拶してきたアマンダに、ロベルトも俺も返す。しばらく立ち話をし、ロベルトとアマンダは学校に入っていった。しかし、途中でアマンダが振り返った。


「そうだヤマト。日用品で足りないものは無いかしら?」

「まあ、支給されてる物で大丈夫ではあるけど。あー、でもちょっと何本か新しい歯ブラシが欲しいかな」

 この世界の歯ブラシは結構もろい。自室の歯ブラシは数回の使用でもうヨレヨレだ。


「歯ブラシって、寮の部屋に置いてあった奴? 新しいのが欲しいって、ヤマトは歯ブラシを使い続ける気なのか?」

「え? そりゃまあ、歯磨きしたいし……」

「ヤマトの世界だと、歯磨きグッズは歯ブラシだけ?」

「あ、ああ……」

 俺の言葉を聞くと、ロベルトとアマンダは顔を見合わせてニヤッと笑った。


「放課後、買い物に行きましょ!」

 アマンダが言った。これは……、何か文化の違いがあるな……。



    ◇



 放課後。

 ロベルトとアマンダは俺を魔導具店に連れて行った。歯磨きをする魔導具があるということなのだろうか。ロベルトとアマンダが店員に何か頼んでいる。


「あんたが噂の異世界人さんか。試用はできないから、試すんなら買ってくれよな」

「は、はあ……」

 俺は大人しくお金を渡す。支給金を貰えているから、買うのは問題ないが……。


「さあ、ヤマト、これが『トゥーザー』だ」

 ロベルトは店員から受け取った品物を俺に渡してくる。取っ手の先に中指二つ分くらいの大きさの物体がついていて、それは若干湾曲しており、内側の面に細長い突起がたくさん付いている。


「口に近づけてみて」

 アマンダがいかにもニヤニヤした表情で言う。もう絶対に何かあると思いながら、ロベルトがトゥーザーと呼んだソレを口に近づけてみると、トゥーザーは微妙に光って突起がうごめき出した。


「お、おわ!? 何だこりゃ!?」

「ふっふっふ、新鮮な悲鳴だな」

「全くね! 大丈夫、不気味に感じるのは最初だけだから。唇でくわえるのよ」

「はぁっ!?」

 このウネウネ動いている物を咥える!? 何言ってんだ、この美人は!


「その触手が口の中で何をするか、ってことだな。まあ、やってみるんだな。あっ、歯は閉じるなよ」

 店員までもがニヤつきながら俺に言った。この突起が触手だと!? これ、生き物ってことなのか!


「あー、そっか。歯磨きの話題でここに来たってことは、そういうことか……」

 つまり、この世界での歯磨きの方法の一つということだ。く、狂ってやがる! こんなもんを咥えるってのか!?


「頑張れヤマト~」

 アマンダに応援された。なら、アマンダも使っているということか。光り出してから触手は粘液を出しているし、こんなの女子は嫌がりそうなものだが……。


「ええーい、仕方ない!」

 俺は意を決してソレを咥えてみた。無数の触手が活発に動き出すのを感じる。


 ひ、ひええ……、上の歯にまとわりついて来やがる! 何ともいえない感触だ。あ……、何か、爽やかな味がしてきたぞ……。上の歯が終わったようで、触手たちは今度は下の歯に集まってきたな……。


 ちょ……下の歯で終わりじゃないのか!? 舌にまで絡んできやがるぞ、この触手ども!


 口内の触感に集中して明後日の方向を見ていると、ロベルトとアマンダが笑っているのが聞こえた。


「終わったら触手の動きが自然に止まって光も消えるからさ。そうしたら口から離すんだ」

 そうは言うけどロベルトさん! 歯以外も口の中が触手にわれて大変なことになってるよ!


 しかし、ロベルトが言うように、やがて触手の動きが止まった。俺はトゥーザーを口から離した。


 おおお……。歯がツルンツルン……! 磨きにくい奥の方まで綺麗サッパリ! 舌に残っていた嫌な味感も消えて、口の中がフレッシュ感でいっぱいだ!


「こ……、これは……、す、凄く……、イイ!!」

 俺は思わず呟いた。本当に良い! 短時間で、しかも自動で終わるのも最高だ!


 店員によると、これは魔法で作られた半生物とのことだ。歯間、歯周ポケットの掃除はもちろん、悪玉菌の退治、善玉菌の補充と活性化、長持ちする爽やかな香り付けまでやってのける。30年前にこれが発明されて以来、この世界では口内トラブルが激減したそうだ。


「ふふ、歯ブラシしか使ってないというんだったら喜んでもらえると思ったよ」

「いや、これ凄いよ! 口腔衛生はこっちの世界の方が遥かに進んでるな!」


 しかも、細菌にまで理解が及んでいるのなら、この世界、中世的ではあっても科学もだいぶ進んでいるということだ。ゲームではこんな情報は出て来なかった。


「そっか、せっかくの異世界だ。張り詰めてばかりいないで、こうやって面白いものを探すのも良いな!」

 俺は心からそう思った。歯磨き一つでここまで違いがあるのだから、この世界の文化に触れるのも面白そうだ。


「その意気よ、私たちも手伝うからさ」

「何かリクエストはあるかい?」

「だとしたら……。食事かな!」

 寮の食堂の料理も美味しいが、街に出れば違うタイプの食べ物に出会えるはずだ。そんな俺の想いに答えるように、ロベルトとアマンダは俺を食べ歩きに連れ出してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る