第9話 名探偵もよもふ
「ぐぐ……っ!」
ようやく動けるようになったらしい。
チンピラがヨロヨロと立ち上がる。
スッ――
もよもふ君が私の前に立つ。
私を守るかのように……。
きゅんっ。
ちょっとだけ、きてしまった。
だめだめ、美依!
私はそんなチョロい女じゃないでしょ!
今まで男たちにされたことを思いだして!
「おうおう! ゴキブリ食わされ、詐欺師と疑われ、そんで終いにゃ暴行かぁ! こりゃもう500万もらわなあかんのう! おおん!?」
「ふんっ、実際お前は詐欺師だろうに。それも極めて程度の低いな。お前ごときに騙される馬鹿は、そこの根暗でいじめられっ子のアラサー女だけだと言っておく」
なっ!?
馬鹿で根暗で、いじめられっ子のアラサー女!?
むー! やっぱりこの子大嫌い!
全部当たってるのが心底ムカつく!
「ほう……言ってくれるのう。じゃあ監視カメラの映像を見てみいや。ワシがゴキブリ入れたとこ、見つけてみい」
見つかるはずない。
すでに私が何度もチェックしている。
「それは映っていないはずだ。その代わり、トイレへ行く姿が映し出されているのではないのかね? ん?」
「なっ、なにぃっ!?」
す、すごい……! どうして彼にそれが分かったの!?
「まずは何から話そうか……そうだ、サラダに乗っていたあのゴキブリ……5cm以上あっただろう? あのゴキブリはマダガスカルオオゴキブリ。日本にはいない種だ。なぜそれがサラダに入る?」
え? そうなんだ……。
じゃあ、あのゴキブリはどこから?
「ワシが入れたって言うんか! ペットとして飼われてたのが逃げ出して、それがサラダに入ったんやろうが!」
う……かなり苦しい理論だが、論破できそうにない。
このままでは彼が負けてしまう。
「ふんっ、知っているはずだぞ? マダガスカルゴキブリは食用として利用されている。通販サイトで、このゴキブリの素揚げが購入可能だ」
「そ、それがなんだって言うんじゃ!」
もよもふ君がどう攻めようとしているのか、馬鹿な私にはさっぱり分からない。
だが、チンピラの狼狽振りを見る限り、確信を突くものであるようだ。
「――これを見たまえ」
「ひっ……」
彼はポケットから、茶色く大きなゴキブリを取り出した。
サラダに入っていたゴキブリに違いない。
「このゴキブリ、不思議なことに素揚げされている。……これはいったいどういうことかな?」
「知るかボケェ! このクソファミレスのスタッフが揚げたんやろ!?」
「クククッ、このゴキブリは、調理を必要としないサラダに入っていたのだぞ? このゴキブリが、通販で購入したスナックであるのは間違いない。サラダではなく、フライドポテトを頼むべきだったな、馬鹿め」
「ぐうううううぅっ……!」
これはもよもふ君の勝ちか!?
「だからなんじゃあああああああああああい!」
チンピラがドカギレした。
まだ反撃しようというの!?
「結局監視カメラの映像では、ワシがゴキブリを入れたとこは映っとらんかった! この完璧な証拠がある限り、ワシの勝利は確実なんやでええええええええ!」
確かに……!
あのゴキブリの正体がなんであろうと、それを入れたことを証明しない限り、こちらの負けは必須!
どうするの、もよもふ君!?
「ここでトイレの話に戻そう。――なぜお前はトイレに行ったのか? 答えは簡単。ゴキブリを口に含めるために、トイレに行ったのだ」
「ぎぎぎ……!」
「口の中にゴキブリを入れたお前は、何食わぬ顔で席に戻る。そしてサラダを食べるふりをして、それを吐き出した。これが今回のトリックだ」
な、なるほど……!
だがしかし――
「うぐうううううううううううううううう!! だが……! だが、ワシがそんなことをした証拠はない! 証拠を出してみろってんだあああああああ! このクソガキがあああああああああああ!」
そんな証拠は絶対ないはず。
さすがにここまでだろう。
ありがとう、もよもふ君……私のために精一杯戦ってくれて……。
「食らえっ!」
ビターンッ!
もよもふ君は、チンピラの顔に袋を叩きつけた。
「な、なんじゃあこりゃあ!」
「見たことあるだろう? ゴキブリスナックの袋だよ。トイレのゴミ箱に捨てられていた」
「ふぎぃっ!? それがなんじゃい!? 便所を使った客なんて、他にもぎょうさんおるやろが! 俺が捨てたと証明できんのかぁ!? おおん!?」
「もちろん。これを見たまえ」
もよもふ君はPCを操作し、トイレ前の監視カメラの映像を映し出した。
庵地さんが男子トイレに入っていくのが見える。
「――今、当店のスタッフ、庵地絵梨花がトイレ掃除に入った。そして5分後……」
庵地さんがゴミ袋を持って、トイレから出てきた。
ゴミ箱を空にしたのだろう。
「この時点でトイレのゴミ箱は空となった。さあ、早送りしよう。――見ろ、貴様が入るとこが映ったぞ。――さらに早送り。現在時刻まで進めよう」
映像には誰も映らなかった。
ということは……。
「これで分かったな? トイレのゴミ箱が空になってから、この時間まで利用した客は、お前一人だけなのだ。……まだ続けるかね?」
「ぐ、ぐううううううううううううううううう……!」
「ゴミを持ち帰らなかったのがお前の敗因だ。一流の詐欺師は証拠を残さない。俺のようにな」
「ぐ……ぐ……ぐうううううううううう……す、すみませんでしたああああああああああああああああああああああ!」
チンピラは目にも留まらぬ速さで土下座した。
し、信じられない……!
彼は……もよもふ君は……鮮やかにチンピラを論破し、私を……この店を救ってくれた……!
こんなヒーローが実在するなんて……!
「さて、どうするかな……」
「ど、どうか警察だけは、ご勘弁をおおおおおおおおおおおおおおお!」
「そういう訳にはいきません。すぐに警察を呼びます」
私はチンピラにそう告げた。
この男を許す理由など、何一つない!
刑務所でアニキたちにオッスオッスされるがいい!
「どうかご容赦をおおおおおおおおおおおお! ワシには嫁と腹をすかせた子供が3人もいるんですううううううううううううう!」
そんな古臭い手口に誰が引っ掛かるか。
私は携帯を取り出した。
――が、もよもふ君に、するりと携帯を取り上げられてしまう。
「何するの? こんなウソに騙されちゃダメ」
「ふんっ。お前と違って、俺は賢いのだ。ウソであることなど百も承知。こいつは俺の下僕とする」
「え……? げ、下僕……?」
信じられないような言葉に、再び私は思考停止となる。
やっぱりこの子、とんでもない悪人だ。
でも……なんだか……そういうところが……。
「あ、ありがとうごぜぇやすぅ! 何でも言うことききますさかい、どうかよろしくお願いいたしやすぅ!」
「よし、じゃあ今からお前の名前はポチだ」
「へ、へい!」
「へいじゃねえ! 『ワン』だろうが!」
ドコォッ!
彼は立った状態で、スライディングキックをかました。
すごい。まるでゲームの動きみたい。
「ワ、ワン!」
「よーしポチ、俺の靴を舐めろ」
「ワ……ワン……!」
チンピラは、ベロベロともよもふ君のくつを舐め始めた。
あれだけ粋がっていたいたのに、なんと惨めな姿だろう。
実に愉快痛快。久しぶりに心が躍りそうになる。
そしてさらに面白いのは、もよもふ君の表情。
自分から舐めろと言った癖に、心底嫌そうな顔をしているのだ。
あはっ、面白い子……!
「もよもふ君……助けてくれてありがとう……」
「ふんっ、お前は俺の女だからな。自分の女を守るのは男として当然の義務だ」
んっ……!
今の言葉、下腹部にズンときてしまった。なんで……?
……いや、認めよう。自分の心に変化が生じ始めていることを。
私に対する数々の脅迫とセクハラ、そして法を無視し、チンピラを奴隷化するアウトローぶり、それらすべてが男らしく、そして勇ましいものに感じるようになってしまっているのだ。
そうだ私……今夜彼に……んっ……。
――はっ!
今ちょっと、彼にめちゃくちゃにされてもいいって思ってしまった!
そういえば女という生き物は、本能的に強い男の精子を欲しがるという……。
男嫌いの私だが、その自然の摂理には逆らえないのだろうか?
違う違う! そうじゃないでしょ!
今日はとんでもないことの連続だったから、混乱しちゃってるの!
私はそんな淫乱な女じゃない!
「――おい、ミー」
んっ……!
いきなり名前で呼ばれたから、お腹がきゅんとしてしまう。
「そ、それやめて……」
「俺の方が先に終わるから、鍵をよこせ。……部屋で待ってるからな?」
「ん……はい……じゃあこれ……もしかしたら12時くらいになっちゃうかも……」
私がスペアキーを渡すと、もよもふ君が目をまん丸くした。
自分から言っておいて、びっくりしないでよ!
――って、何やってるの私!?
ダメダメ美依!
あなたの一番嫌いなタイプな、尻軽女になっちゃってるよ!
カギを返してもらいなさい!
――あ、でも待って!
家に来るだけで、何もないかもしれないじゃない?
うん、そうだよきっと!
高校生の子が、アラサー女なんかに興味ある訳ない!
からかってるだけなんだよ!
……じゃ、じゃあ、渡しちゃってもいいよね?
私、今日危険日だけど……。
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