第7話 クレーマーの襲撃

「食事券の場合は、こうしてこう……」

「なるほどなるほど」


 現在、店長さんからレジの使い方を教わっているところなのだが……。


「……あんまり私に近づかないで。汚らわしい」


 御覧の通り、嫌悪感丸出しといった有様である。

 まあ、脅して雇わせた挙句、夜の相手までしろと迫ったのだ。当然である。

 このままでは脅迫罪でブタ箱行きか、夜道、彼女に刺し殺されるかの未来しかない。


 なので、さっきから謝罪しようとはしているのだが――


 ほら、やっぱりこうなった!



[1、本当いい女だな。へへ、夜が楽しみだぜ。――店長さんの尻を撫でる。〔セクハラ100以上〕]

[2、チビのくせに結構胸あるじゃねえか? 何カップあんだ? ――店長さんの胸を揉む。〔セクハラ150以上〕]

[3、仕事が終わったら、お前の家に行くからな? たっぷり可愛がってやる。俺は年上の女をひぃひぃ言わせるのが大好きなんだ。〔エロ100以上〕【年上キラー】]



 こんな感じで、エロやセクハラ系の選択肢ばかり出てきてしまい、一向に謝罪ができないままなのだ。

 ちなみに、この30分間で――


 ・「お前の赤ちゃんルームに俺を招く権利をやろう」と言う。

 ・「お前がこの店で一番いい卵子を持つ女だ。ナンバーワン卵子と書かれた腕帯を巻け」と言う。

 ・「お前のパンツで出汁をとった味噌汁を、170円で提供しろ」と言う。


 などと、三つのセクハラをするはめになった。本当最悪である。

 これだけやらかしてしまっては、謝罪したところでもう遅いかもしれない。これは詰んだか?



 ――さて、どうする?

 1、2は直接のボディタッチがあるからなぁ……。うーん……。


「仕事が終わったら、お前の家に行くからな? たっぷり可愛がってやる。俺は年上の女をひぃひぃ言わせるのが大好きなんだ」

「本当最低な男……! ……約束して。そういうことは今夜一回だけ。一生あなたの奴隷になるなんてイヤ」


 ええ!? 店長さんダメだよ!

 この手のやつは一回でも許しちゃうと、その後もずっと強請られるんだぞ!



[1、いいだろう。その代わり日が昇るまで終わらんからな。覚悟しておけよ? 【性豪】]

[2、馬鹿女が、俺と交渉できる立場だと思うな。俺が飽きるまで、お前は性奴隷だ。〔カルマ0以下。交渉60以上〕]

[3、クククッ、芯の強い女は嫌いではない。その心をへし折ってやるのを楽しめるからな。〔嗜虐70以上〕]



 俺童貞なのに、【性豪】の特性持ってんのかよ! 滑稽すぎるだろ!

 しかし、店長さんに対しての選択肢が本当ひどすぎる。どうすんのよこれ?


「クククッ、芯の強い女は嫌いではない。その心をへし折ってやるのを楽しめるからな」

「くっ……! 私の身体は好きにできようとも、心までは好きにできないから……!」


 なんか店長さんが、エロ本のヒロインみたいなこと言いだした!

 ダメダメ! それ絶対、快楽堕ちフラグだから!


[もよもふの〔嗜虐〕がアップ。<隷属化>を習得。負かした相手を下僕にすることが可能]


 なんかとんでもないスキル習得した!

 完全に悪人ルート進んじゃってるよ俺!



 ……ところで店長さんって、名前なんていうんだろう?

 どうせ選択肢に邪魔されて聞けないだろうけど、一応試してみるか。


「店長さんって、名前なんていうんですか?」


 あ、普通に喋れた。

 選択肢の法則がよく分からんな。


「え……何、急に? キャラも変わってるし……。……根古野美依ねこの みいだけど……?」


 ねこのみい?

 ねこのミー?


 猫のミーちゃん! 可愛い!


「可愛い名前ですね」

「……なに急に? ……気持ち悪い」


 とほほ……完全に嫌われちゃってるから、ドカ塩対応ですわ。




「――店長! すみません!」


 アンジェリカちゃんが、緊迫した雰囲気で俺たちのところへやってきた。


「どうしたの庵地さん?」

「6番テーブルのお客様からクレームが……! サラダにゴキブリが入っていたそうです……!」


「え? サラダに……? ――分かった。後は任せて」

「すみません! お願いします!」


 サラダにゴキブリか……なくはないだろうが、悪質な客かもしれないな。


 俺はミー店長がどう対応するのか気になり、少し離れた場所から様子を見ることにした。



「おう姉ちゃん! どうしてくれんのじゃ、これぇ!」


 THEチンピラといった感じの男が、サラダの上に乗ったドデカいゴキブリを指差す。ちょっとデカすぎないか? 5cm以上あるぞ?


 そして、今のチンピラの態度、引っ掛かるものがあるな。


 言っちゃ悪いが、ミー店長はどう見ても責任者に見えない。

 店長として彼女がやってきたら、「え? お前が店長なの?」といったリアクションがあってもいい。


 にもかかわらずあのチンピラ、何の疑いもなく彼女を店長だと認識した。

 あらかじめこの店について調べていたのでは?


 だとしたら、「この店は弱そうな女が店長で、男のスタッフが一人もいない。金を巻き上げやすそうだ」と思ったかもしれないな。



「申し訳ありません。すぐにお取替えしますので。――あと、お代はもちろん結構です」


 ミー店長は頭を深々と下げる。

 うーむ……あきらか怪しいのに、すぐ折れてしまうのか……。


 なんだかモヤっとするが、俺がとやかく言うことではないな。


「そんだけで済むかボケェ! ええか!? わしゃあ、このゴキブリ口に入れてもうたんやぞ!」

「え……? 食べるまで気が付かなかったんですか?」


「そうじゃ! ええ感じに紛れとったんじゃ! 上に乗ってたら、どんなアホでも気付くやろ! ワシを馬鹿にしとんのか! おおっ!?」

「も、申し訳ありません……!」


 チンピラの恫喝にミー店長が怯む。


 ……その表情はよくないよ店長。

 そんな弱さを見せたら、この手のやつはますます付け上がるんだ。



 ――ん? なんでそんなことが分かるんだ俺?


〔恫喝〕や〔脅迫〕のステータスが高いからだろうか?

 なぜだか自然に理解できてしまった。


「こりゃもう慰謝料貰わなあかんなぁ! 100万円いただきましょかぁ!」

「そ、そんな……!」


「ええんやで、別に払わんでも……? その代わりSNSに、このゴキブリサラダ載せたるけんのぉ……」


 この野郎……! 俺と同じような卑怯な手を使いやがって……!

 ミー店長も驚愕だろう。2度も同じ手口で脅迫されたのだから。


「も、申し訳ありませんが、そのゴキブリ……その……お客様がご自分で――」

「なんやとコラアァァァァ! ワシが自分でやったって言うんかあぁ! ええ度胸や! ほな、事務所行ってカメラの映像見ようや! あるんやろ、監視カメラ!」


 む……!

 向こうからカメラの確認を提案してきただと!?


 正直なところ、チンピラがゴキブリをサラダに乗せるところを、監視カメラで確認すれば解決だと思っていた。

 だが奴には、絶対的な自信があるらしい。これはなんだかやばそうだぞ……。


「か、かしこまりました。では確認して参ります」

「待てや! ワシも一緒に行くでぇ! 誤魔化されるかもしれんからのう!」


「え……わ、分かりました……」


 他のスタッフやお客さんたちが心配げに見守る中、店長とチンピラが奥へと消えていった。





「ど、どうしよう……」

「絶対やばいよ、あの客……」

「根古野店長、大丈夫でしょうか?」


 泣きそうな顔をしたスタッフたち。

 どうすればいいのか分からないようで、オロオロとしている。



 さて、俺はどうしようか?


 子供っぽく見えるが、ミー店長は大人だ。

 クレーム対応は何度も経験しているだろう。

 新人の俺が変に出しゃばると、かえって事態を悪化させるおそれがある。ここは様子を見るべきか?



 ――と、その時、選択肢が出てきた。

 どうなる? 俺に何をさせる?



「1、うえーん! 怖いよー、アンジェリカお姉ちゃーん! ――アンジェリカに抱き着き、おしっこを漏らす。〔バブり100以上〕」

「2、へへ。やっぱこの仕事合ってないみたいなんで辞めさせていただきますわ。ピューッ! ――逃走する。〔逃走50以上〕」

「3、ふんっ、これだから女はダメだ。すぐ恐怖に呑まれる。なんて未熟な生物なのだ。メスどもよ、見ているがよい。男の優秀さを!――事務所に乗り込む。【男尊女卑】【傲慢の悪魔】」



 1は論外。2はダサすぎる。

 3は……セリフは完全にアレな感じだが、行動自体はいいぞ! まさにゲームの主人公のようじゃないか!


「ふんっ、これだから女はダメだ。すぐ恐怖に呑まれる。なんて未熟な生物なのだ」


 スタッフたちが、キッと俺を睨む。


「なんですって!?」

「じゃああんたが助けに行きなさいよ! どうせ行かないんでしょ!? 男ってのは、いざっていう時まったく頼りにならないからね!」

「そうです! 行かないどころか、むしろ私たち女を盾にして逃げ出すんですよね!」


 案の定ドカギレされた。

 せっかくアンジェリカちゃんからは、少し信頼してもらえていたのに。とほほ……。


「メスどもよ、見ているがよい。男の優秀さを!」


 そう言って、一人俺は事務所へと向かう。

 なんてカッコいいんだ俺! 自分で自分に惚れてしまいそうになる。


「……え!?」

「い、行くの……!?」

「もよもふさん!?」


「俺に任せておけ。みんなは仕事に集中を。お客様を待たせているぞ」

「あ……」

「わ、分かった……」

「もよもふさん……」


 俺はおでこから2本指をピッとやりカッコよく決め、事務所のドアを勢いよく開けた。

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