薬売り
長万部 三郎太
ウソのようだ!
19世紀。古き伝統は蒸気機関車の音でかき消され、農村は町へと発展し線路が東西をつないだ。そんな時代の話。
ある小さな町に薬売りがやって来た。当時はまだ珍しかった自動車で颯爽と現れた背広の男は、わざとらしくエンジンを吹かして注目を集めると、このような謳い文句で客を煽った。
「塗ればたちまち怪我が治る、科学の結晶! さぁ、いかがですか!?
1瓶たったの2シリング!」
決して安くはない価格に、集まった人たちは落胆した。その場を去る者もちらほらといる。
「その話、本当だな!?」
見物人が振り返ると、少し離れたところに声の主と思われる男がいた。
彼は大きな杖をつき、片足を引きずりながら薬売りにゆっくりと近づく。
「ええ、もちろん。あなたは最初のお客様だ。この1本はサービスいたしましょう」
そう言うと薬売りは男に瓶を渡した。
彼は躊躇う素振りを見せつつも、瓶の中身を一気に飲み込んだ。
するとどうだろう?
「足が!? 戦争の古傷が……ウソのようだ!」
男は杖を投げ捨て、雄叫びをあげながらその場を駆け回る。
薬売りはすぐに町の人々に囲まれ、『科学の結晶』は飛ぶように売れた。
あっという間に荷台を空っぽにした薬売りが、町の人に別れの挨拶をしようとすると、さきほどの杖の男がこう申し出た。
「旦那、こんな素晴らしい薬を譲ってくれたお礼に、俺を雇ってくれないか。
当分給料はいらない、このままその自動車に乗せて連れて行ってくれ!」
薬売りは心を打たれ、男の手を掴むと助手席へ引き上げた。居合わせた町の人たちはそのやり取りに感動を覚え、自動車を見送ると満足して家に帰っていった。
帰路、助手席に座っていた男はこう言った。
「旦那、塗り薬じゃなくて “飲み薬” ですよ? 今日はバレなかったから良かったものの、あれじゃ俺がバカみたいじゃないですか……」
(すこし・ふしぎシリーズ『薬売り』 おわり)
薬売り 長万部 三郎太 @Myslee_Noface
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