第2章 ループの理由

 翌日、私はこれまで繰り返した通り、スマホのアラームが鳴る前に目覚めた。

 これまでは同じ日が続いて戸惑っていたけど、今日は違う。

 今日、工藤さんと清水さんのケンカを止められれば、5月12日は終わる。

「が、がんばらなきゃ」

 私は自分に気合いを入れてベッドから飛び出し、制服に着替えてリビングへ向かった。

「おはよう、早いのね」

「おはよう」

 お母さんといつものやりとりをする。

「お母さん、今日の商談がんばってね」

「その話したっけ?」

「うん。遅刻しないように」

「あ、そうだった。急がなきゃっ。それじゃあ、いってきまーすっ!」

「いってらっしゃい」

 お母さんを見送ると、私は食事を終えて学校へ向かう。


 教室に行くと、いつも通りの風景が広がっていた。

 私は工藤さんをちらっと見る。

 工藤さんと清水さんは仲よさそうに話をしている。

 無事にケンカを仲裁できるのかな――そう思うと、ますます緊張してきてしまう。

 大丈夫。武田君もいるんだから……。

 そう自分に言い聞かせた。

 そして時間になって先生が教室に来ると、みんなに武田君を紹介する。

 武田君が教壇に上がった時、目があうとにこりと微笑まれた。

「!」

 恥ずかしくなって俯いた。

 武田君は先生の指示に従って、私の隣の席に座った。

 1時限目は音楽だから、みんなで音楽室に移動する。

「いよいよだ」

 肩を並べた武田君がささやく。

「う、うん……」

「リラックス」

「りょ、了解」

 音楽室に入ると、私たちは出席番号順に席につく。

 工藤さんが清水さんに、ピンク色でキャラクターが描かれているシャーペンを渡しているのを見た。

 あれだ。

 今日という日を繰り返して数すくないいいことの1つが、授業内容がしっかり頭に入ること。

 先生の質問とか、授業の内容とかを把握している分、清水さんに集中できた。

 清水さんはシャーペンを回しながら、先生の話をノートに書き留めている。

 何度か、武田君と目があってドキッとした。

 授業が終わると、音楽室を出て行く。

 清水さんと工藤さんの後を追いかける。まだシャーペンを返してはいない。

 後をつけるなんて悪いことしてるみたいだけど、仕方ない。

 途中で清水さんはトイレに立ち寄って、工藤さんはそのまま教室へ入って行く。

 清水さんはシャーペンを、工藤さんの机の上においた。

「今の……見た?」

「ああ、戻したな」

 私は武田君と顔を見合わせる。

 清水さんは確かにシャーペンを返していた。

 っていうことは、返してないというのは工藤さんの勘違い?

 そこで、ふざけていた男子の一人が工藤さんの机にぶつかった。

 あ!

 その拍子にシャーペンが転がり、机の右側に引っかけていた鞄のポケットのうちの1つに落ちていく。

 そのタイミングで工藤さんが教室に入ってくると、清水さんと話を始めた。少しずつ声が大きくなっていき、周りも異変に注目する。

「私はちゃんと机に置いたってっ」

「どこにもないし。あのシャーペン、お気に入りだって知ってるでしょ!?」

「ね、2人とも、どうしたの?」

 そう声をかけたのは、近藤さん。

「あずさが私のシャーペンをなくしたのっ」

「なくしてないっ。ちゃんと机の上に置いたから。ウソつくの、やめてくれるっ!?」

「栞、止めないと」

 武田君の声で、私ははっと我に返った。

「ど、どうしたらいい?」

「そのままだ。鞄の中に落ちたって言うんだ」

「そ、そうだね……っ」

 ますます2人の声は大きくなった。

「ま、待って……っ」

 清水さんたちがはっとした顔で、私を見た。

 とても視線を受け止めきれなくなって俯き、スカートの裾をいじる。

「沢海さん、何か知ってるの?」

 近藤さんが助け船を出してくれる。

「う、うん……。清水さんは、ちゃんとシャーペンを机に置いてたよ」

「ほらっ」

「ないけど?」

「加藤君が工藤さんの机にぶつかった拍子に、鞄のポケットの中に入っちゃって……」

「えっ!?」

 工藤さんは鞄のポケットを確認すると、シャーペンがあった。

 気まずそうに清水さんを上目遣いに見る。

「……あずさ、ごめん」

「いいよ、別に。見つかって良かったし。それより悪いのは、加藤だし」

「え、なんで俺が……」

「あんたたちがふざけてるせいで、私が犯人扱いされたんだよっ!?」

「わ、悪かったよ」

 清水さんの剣幕に、加藤君がひるんだ。

 無事に問題が解決できて、私はほっと胸をなでおろした。

「沢海さん、ありがとう」

「ほんと。沢海さんがいなかったら、私、犯人のままだったし」

 工藤さんと清水さんからお礼を言われ、私は「あ、う、うん……」とうなずく。

 これで、5月12日を繰り返すのも終わってくれるはず。


 昼休み、私はいつものように中庭で食事をとっていると、人の気配を感じて顔をあげた。

「武田君」

「今日は屋上じゃなかったのか」

「……うん」

「隣、いいか?」

「どうぞ。ね、武田君、これで……」

「ああ。問題は解決したし、これで終わりのはず。ま、今すぐ結果が分からないのがもどかしいけどな」

「……もし今日から脱出できたら、武田君はどうするの?」

「別の任務に行くだけだ」

「うちに転校してきたばっかりなのに?」

「俺はあくまで、願望世界を壊すために派遣されただけだから」

 そうなんだ……。

 私は自分でもびっくりするくらい落ち込んでしまう。

 そうこうするうちにチャイムが鳴った。

「教室に戻ろう」

「う、うん……」

 私はお弁当箱を閉じた。

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