第1章 5月12日

「――……」

 目覚めると、私はスマホを見る。

 5月12日、水曜日。

 いつもの起床時刻より1時間近く早い、午前6時。

 それでも頭はスッキリしていた。

 昔の夢は、これまでに何度も見ている。

 本当にあの男の子、不思議だったなぁ……。

 あのあとお母さんに男の子のことを聞いてみたけど、知らないと言われた。

 今思うとあんなことが実際にあったのか、よく分からない。

 白昼夢って言うんだっけ。それくらい現実感がない。

 眠い目を擦ってベッドから抜け出すと、パジャマから制服(私の通う学校は、今時めずらしいセーラー服)に着替えた。

 私は今、中学1年。

 入学してからもう2ヶ月が経っている。

 学校には慣れてきた、と思う。

 でも2ヶ月も経っているのに、友だちはいなかった。

 いじめられているとか無視されたりしているんじゃない。

 せっかく話しかけてもらっているのにうまく答えられず、周囲をつまらなくさせてしまうのが申し訳なくって、距離をおいているうちに、クラスの関係が固まってしまったのだ。

 小学生の時もそうだった。

 昔から引っ込み思案で話すのが苦手で、グループの輪に入れなかった。

 自分のせいで空気が壊れてしまったらどうしようと思うと、話しかけようという勇気も出ないのだ。

 学生鞄を手にリビングに顔を出すと、スーツ姿の母親が立ったまま、お弁当のために作ったおかずの残りをつまんでいた。

「お母さん、おはよう」

「おはよう。今日は早いのね」

「早めに目が覚めちゃって。――お母さん、立ったまま食べるなんて、お行儀悪いよ」

「寝坊しちゃって。すぐに出なきゃいけないから、許して」

 お母さんはおにぎりを口に押し込むと、私のお弁当を包んで渡してくれて、

「曲がってるわよ」

 セーラー服のリボンを直してくれる。

「前髪は下ろさないで、上げた方がかわいいって言ってるでしょ?」

「い、いいの。この髪型で……」

 前髪を直していると、カシャッと機械音が聞こえた。

「お母さん!? 今、撮ったの!?」

「うん、可愛い娘の顔を、ね」

「も、もう! 消してよっ!」

「誰にも見せないからいいでしょ」

「……うう」

 お母さんはスマホを構えながら笑った。

「もう……」

「栞。今日は大事な商談があるの。応援して」

「お母さん、がんばって」

「ふふ。がんばれるわっ♪ 行ってきます! 学校、楽しんでねっ! 1度きりの中学生なんだから!」

 お母さんはスリッパをパタパタと鳴らしながら、玄関へ走っていく。

 お母さんが出かけると、私も朝食を済ませて、後片付けをすると家を出た。

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