第2部 前奏

049 宴のあと

 チュンチュンチュン。

 小鳥の鳴き声が聞こえる。

 昨日は好きな子と普段より背伸びした料理と酒をたしなんだ。

 昨晩は彼女と汗だくになったものだ。

 朝チュン? 


 ゆうべは おたのしみでしたね?


 俺の横で寝ているの頭に木窓の隙間から差し込む朝日が照りつける。

 照り返しがまぶしい……。


 ゆうべは おたのしみで……きてねーよ。


 足元ではおかっぱ頭がぶつぶつと寝言を言っている。

 「我が名はレオンハルト……暗黒騎士レオン……もう酒は……飲めない。わかった、やるっ、やるから。レオチュウ! レーオー! もういいではないかっ!」

 うなされているようだ。ざまぁ。闇の女神じゃなくて悪夢に抱かれて眠れっ、このモテモテ中二病がっ。


 それにしてもロマンチックじゃない。

 全然ロマンチックじゃない。


 昨晩は新しいメンバーの歓迎会と少しの間だが生死をともにした仲間の前途、そして、俺たちの生還やらなんやらを祝う会だった。

 楽しかったのだが、羽目を外しすぎた。主に他のメンバーが。


 で、昨晩は酔いつぶれた仲間をミカとともに部屋まで運んだのだった。

 酔いつぶれた人は重い。

 汗だくになって運んだ後、自分もそのまま倒れ込んで寝てしまった。


 部屋の中には酒と汗の臭いが充満している。

 

 トントン。


 ノックの音がする。


 「はーい、ちょっとまってください」

 鍵を開けると、ミカが立っていた。


 「みんなね、起きたけど、食欲ないって。で、ベタベタで気持ち悪いし、お風呂行こって」

 「わかったよ。こっちはまだ起きないっぽいから、貴重品預かっとくよ。ミカさん、のんびりしてきてね」

 南京錠がかかるとはいえ、日本よりも治安が良いとはいえない世界、貴重品は身につけておくか、誰かに預かっていてもらうのが安全だ。

 「ありがと! お願いね」

 貴重品の入った袋を渡される。

 部屋の中をちらっと見たミカは「弟の部屋みたいだね」という。

 「どこらへんが?」

 「うーん、主ににおい?」

 「ええ、どうせ俺たち汗臭いですよ」

 口をとがらせる俺のほっぺたを背伸びしてみょーんと横にひっぱるミカ。

 「そこ、すねないの。後でお散歩行こうねっ」

 ミカはたたたっと小走りに出ていった。

 

 しばらくして、サゴさんがようやく目を覚ます。

 酒が残っているのか、顔色が悪く、しかめっつらをしている。その姿は落ち武者のようだ。

 「水、浴びてくる……」

 落ち武者はそう言い残すとよたよたとした足取りで出ていった。


 さらにしばらくすると、おかっぱ頭が目を覚ました。

 サゴさんが落ち武者ならば、こちらはさしずめ呪われた日本人形といったところか。髪が伸びたり、夜中に廊下を疾走したりするやつ。


 「……」

 汗と酒その他を塗りたくってベッドで固めたせいでおかっぱには兇悪きょうあくな寝癖がついている。

 顔もいろいろな汁でべたべたにコーティングされていて、頭が痛いのか側頭部を指でマッサージしているその顔は有名なアメリカ版呪いの人形チ○ッ○ー

 呪いの人形がチュウジの上でイースト・ミーツ・ウェスト。ものすごく不気味である。できることならば、お寺でお祓いしてもらいたい、そのまま供養と称して、お寺に封印して欲しい。


 がたっ。チュウジが立ち上がる。うわ、怖っ。突然後ろに倒れて、背面ブリッジの姿勢で奇声をあげながら、こちらに突っ込んでくるんじゃないかしら、こいつ。そんなことになったら、間違いなく漏らす自信がある。それも大の方を。


 「お……おはよう」

 「……」

 チュウジがうつむきながら、立ち上がる。

 色々コーティングされているとはいえ、無駄にさらさらの髪がばさっと前に落ちる。井戸から這い出て、テレビ画面から抜け出してきそうで怖い……。

 近づいてくる。

 「やめろ、こっちくんな」

 チュウジは一瞬顔を上げるも、再び貞○スタイルとなり……。

 

 ご、ごぼ、げぇー。


 吐きやがった、こいつ……。

 

 1時間ほど後……。

 掃除も終わり、男全員が水浴びを済ませた頃に、女性陣が戻ってくる。

 「みなさん、ご飯食べましたか?」

 パーティーの新メンバー、サチさんが俺たちにたずねる。

 ややさっぱりした落ち武者サゴさんが静かに首を横に振る。

 呪いの人形チュウジは貞○スタイルのまま「食欲ない」と答えた。

 

 「じゃあ、みんなで外の空気に当たりにいこ。ちょっと気分良くなるかもしれないし」

 動けなかったら、無理せず横になっててねと付けくわえるも、散歩に誘うミカ。

 寝とけよと思ったけど、落ち武者も呪い人形も無言で首を縦にふる。

 ああ彼女と2人で散歩に行こうと思っていたのに……。


 外の風に当たって落ち武者モードから復帰しつつあるサゴさんが提案をする。

 「今回、サチさんの厚意で、本来皆で分けるはずの獲得金を私たちの装備強化に重点的にまわすということになりました」

 ぱちぱちぱち。

 「そういうわけで、ここから3日ぐらいかけて、それぞれ自分の装備に必要なものをさがしましょう」

 サゴさんは続ける。

 「とはいえ、お金が無限にあるわけでもありません。各人が必要なものをリストアップしたら、皆の賛成で購入ということで」

 彼は最後にお礼で締める。

 「サチさん、本当にありがとうございます」

 「サチさん、ありがとう」

 「ありがとうサッちゃん」

 「サチ殿感謝する」


 「いえ、私もこれから一緒に旅させてもらう仲間ですから。仲間が倒れると困っちゃいますし……」

 サチさんがもじもじして言う。そして、そのまま言葉を継ぐ。

 「そんな私から皆さんへのお願いというか方針は、命を大事に、です!」

 癒やし手ヒーラーといっても、どんな傷でも一瞬で治せるような力はないこと、力を無限に使えるわけはないこと、戦闘能力の低い自分は死を覚悟しないといけないこと。

 「ガンガン逝こうぜ」というギャグをはさんで1人滑るサゴさんを無視して、サチさんは色々と説明してくれた。

 自分のために死なないで欲しいみたいなことを強調しているが、あれは彼女なりの照れ隠しなんだろう。


 「『別にあなたたちのことが心配なわけじゃないからね! 私は私の身がいちばん大事なの! 勘違いしないでよね! ぷんぷん!』、こういうことでよろしいでしょうか?」

 俺が翻訳をかって出ると、サチさんはうつむいてから答える。

 「あなたの冗談に乗ってあげるのも、今回だけですからね。感謝しなさいです!」

 案外、この子、ノリが良いな。

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