046 帰還、遺憾、新歓2:報酬の分配あるいは暗黒闘気が下に集まる件について

 依頼人から報酬がもらえないと分かった俺たちは、訓練所を出た日に泊まった懐かしのボロ宿に泊まっていた。薄暗く、すえた臭いのするこの宿は俺たちの原点だが、いつでも戻ってきたいような場所ではない。戦利品を売り払った報酬を握りしめた明日にでも出ていきたいところだ。

 6人で泊まれる部屋がないし、男女もきっちり同数だったので、今回は男部屋、女部屋というふうに分けている。

 汗と魚脂のロウソクの臭いが混じり合う男部屋に女性陣も集まってもらう。

 ソファなどという上等なものはないのでそれぞれ硬いベッドに腰を下ろす。


 男部屋のドアをしっかりと締めてからサゴさんが明るい声で言う。

 「報酬の分配を始めましょうか」


 「今回は報酬はありませんでしたが、色々と売れたおかげで、私たちはこの先も生き抜くことができそうです」

 うつむくチュウジの頭をサチさんが撫でている。

 サチさんはチュウジより背が高いので、子どもをあやしているかのような光景だ。

 まぁ、チュウジはまごうことなきお子様であるので、別におかしくもないかもしれない。


 「ヤマバシリ関連の売却で得た収入は合計なんと金貨17枚と銀貨10枚。この部屋に6人いますので……」

 サゴさんの話をさえぎるようにサチさんとナナちゃんが立ち上がった。


 「サチはともかくあたしは……」

 「受け取れません」


 2人ともお金の受け取りを拒否する。

 〈どっかで見た光景によく似てない、ね、ミカさん〉

 俺がミカに耳打ちすると、彼女は耳を真っ赤にして、俺の頬をつねったあと立ち上がった。


 「受け取ってほしいの」

 「でも、あたし、あんたが困ってるとき、見捨てた。悪いと思ってたけど、見捨てた。それに助けに来てくれたときも、泣きわめいてみんなに当たり散らした。ほとんど何もしていない。安全なところで隠れていただけ……」

 ナナちゃんが顔をぐしゃぐしゃにして泣く。

 ミカは背伸びして彼女の頭を抱える。


 「置いていかれたあのとき、辛かった。でも、あたし、この人たちに出会えたおかげで生きている。この人たちに親切にしてもらってとても嬉しかった。この人たちはお人好しすぎて、あたしに借りを返させてくれないの」

 ミカは続ける。

 「あたしもあんなお人好しになってみたいの。だから、お願い、受け取って」

 わんわん泣きじゃくるナナちゃんの頭をずっとなで続ける。


 「サチさんも……そもそも受け取ってくれないと困りますよ。俺が後頭部にハゲこさえたくらいで済んでるのはサチさんのおかげですし。ここでいらないって何が目的なの、アタシの体が目当てなのっ!?」

 裏声を出しながら身をよじる。困った顔で沈黙するサチさん……あれ?

 「……シカタ、貴様、新しいスキルを獲得したようだな。我がスキルの名をつけてやろう。絶対零度エターナルフォースブリザードというのはどうだ。場が凍っているぞ」

 思いっきり滑ったみたいだ……。渾身こんしんのギャグのつもりだったのに。


 「ここにいるバカの言はともかく、我もサチ殿に助けられた。報酬を受け取ってもらわないと困る。ナナ殿についても貴殿の情報がなければ、1羽目のヤマバシリを仕留める案も出てこなかっただろう。やはり分け前を受け取ってもらわないと困る」


 「はいはいっ!というわけで報酬は6で割ること決定!はい、決まり!」

 先ほど盛大に滑った俺はさっさとまとめに入る。このまま黙っていたら、滑った印象しか残らないじゃないか。


 金貨は1枚で銀貨25枚分、銀貨1枚が銅貨100枚となる。

 金貨17枚と銀貨10枚は銀貨435枚、これを6で割ると……

 「一人当たり銀貨72枚と銅貨50枚、ぴったり割り切れましたね」

 サゴさんは妙に嬉しそうだ。

 

 「次に今後のことなんですが……お二人はどうされますか?」

 サゴさんがサチさんとナナちゃんに向かって問いかける。

 「私としては6人パーティー、男女比同等とかバランスが良くていいかなと思うんですが……」

 

 ナナちゃんはさばさばした顔で答える。

 「ごめんなさい。アタシはパス。多分。アタシは戦いとか向いていない。アタシね、あの薬師の奥さんのところに通おうと思ってるの」

 意外な言葉にみんなが押し黙る。

 「最初は受け入れてくれないと思う。でも、あの人もは悪い人じゃない。混乱しているだけ。子どももいて大変そうだった。あの人の手伝いをしながら、薬師になる勉強でもさせてもらえたらいいかなって……」

 「でも、ナナさん、そいつはしんどいと思うよ」

 俺の言葉にナナちゃんは苦笑いして言う。

 「だよね。でもさ、あなたたちに初めて会ったときのあたしって、あの人以上にひどくなかった? ミカに八つ当たりして、サチに八つ当たりして、あんたたちをおかっぱちびとかうすらハゲとか、ハゲのっぽとか罵ってさ」

 「いや、初めて会ったときは俺ハゲてなかったから」

 俺の言葉を無視して、ナナちゃんは続ける。

 「それにあたしもあの人も一緒にいる人をなくしたばかりでしょ。やっぱり境遇が似てるんだよね。そんなときって誰かに当たらないとやってけないのかもって言ったら、あたしの八つ当たりの言い訳してるみたいになっちゃうね。みんな、本当にあのときはごめんね。あたしが少し落ち着いてやりなおそうと思えるようになったのと同じでさ、彼女ももう一度立ち上がってやりなおそうと思える日が来るだろうしね」

 「それで良いのか? ナナ殿」

 チュウジが心配そうにたずねる。

 「あんた、本当におかしな喋り方だよね。真面目に話してる時に笑っちゃうわ。でも、ありがとね!」

 ナナちゃんはそう言って、チュウジのおかっぱ頭をぎゅっと抱きしめる。俺はあんな風に女性に抱きしめられたことはない。まだ、ない。いつの日かと思っているが、まだ、ない。

 「待て、待つのだ。ナナ殿。我が暗黒の闘気が……」

 訳のわからないことを言いながら、暴れるチュウジ。

 〈何が暗黒の闘気だ。もげろ、ぜろ、腐って落ちろ……〉

 俺は呪いの言葉を胸の中で唱えながら、チュウジを冷たい目で見る……あっ良いもん見っけ! 自然と口角があがっていくのが自分でもわかる。


 「残念ですが、仕方がないですね。サチさんはどうされますか?」

 「私は仲間に入れて欲しいと思います。でも、本当に良いんですか」

 「良いんですよ。入ってくれなきゃこっちが困ります」


 「じゃあ、話もいい感じに終わったし、お金も入ったことですし、今日は少しだけ贅沢ぜいたくにみんなで食事でもしましょうか」

 サゴさんの提案に皆が腰を上げる。

 うまいもの、たくさん食うかぁ。

 でも、その前に……。


 俺は座ったまま不自然な姿勢で動かないチュウジの右横に腰掛けると耳元でささやく。

 「チュウジさん、チュウジさん。自分、知らなかったんすけど、暗黒闘気ってのはズボンの内側に貯まるんすね。もうチュウジさんの暗黒闘気ったら、ご立派。いやーん」

 チュウジが顔を真赤にしている。いつぞやの借りはしっかり返してやったぜ……。

 うつむくチュウジをそのままにして、立ち上がろうとすると、チュウジが俺の肩に手を回す。


 「うむ、シカタ殿。先日、貴殿をからかったことは申し訳なかったと思っている」

 あれ、なんだこいつえらいしおらしいな。

 「自分がやられて、この痛み、とくとわかった。これは呪いぞ! この痛みの呪いを解くためには、貴殿は生かしておけぬ」

 えっ? 何言ってんのこいつ?

 俺の肩を抱くチュウジの右腕・・に力が入る……。ばか、こいつ!

 「闇の女神に抱かれて眠れっ!漆黒の左ジェットブラックレフト!」

 ばか、お前がスキル使ってる、その手は右手・・だって……。


 力が抜けていくが、チュウジは離してくれない。俺はなすすべもなく意識を失った……。

 あいつ、俺にスキル使うの、何回目だよ……。

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