045 帰還、遺憾、新歓1:格好いいのか、悪いのか
翌朝、帰路に着いた俺たちをあのような悲劇が襲うとは、このとき誰も知らなかったのだ……などということもなく、俺たちは平穏無事に旅をすることが出来た。
武器や防具に関しては破損している者も多かったので、危険なものと遭遇しなかったのは幸運だった。
ヤマバシリの肉は
「干したり燻したりというのは、なかなか難しいものですよね」
とはサゴさんの反省の言。
それでも食料の節約に大いに貢献してくれたのでありがたかった。
副作用として塩を大量に使ったせいで、燻製肉がなくなったあとの飯がかなり薄味になったが、ひもじい思いをするよりましだ。
チュウジはヤマバシリのヒナを肌身はなさずかわいがっていた。
小型犬くらいの大きさのヒナをふところに抱えて歩き、寝るときは胸のあたりに抱えて温めていた。
「ヒナは街で売るからな。あんまり可愛がると情が移って大変なことになるぞ」
「我は暗黒の騎士。情などというものはもとより持ち合わせておらぬわ」
街で大変だろうなと思いながらも、それ以上は言わないでおいた。
街に戻ると、荷物を解くより先に依頼主の元に遺品と遺髪を届けに行った。
残念な結果であろうと少しでもはやく知らせを受け取ったほうが人は先に進める。
ナナちゃんが強硬に主張したからだ。交際相手をなくしたばかりの彼女が言うならば、それも一理あるのだろう。少なくとも俺たちがどうこう考えるよりは従ったほうが良い。
依頼主である薬師の妻に事の
俺だって彼女と同じ立場だったら泣く以外できなかっただろう。時間をおく以外の方法は思いつかなかった。
後日、報酬を取りにうかがいますとだけ告げて、その日はその場を去った。
翌日、薬師の妻の態度は
「働き手がいなくなってしまっては、払えるものがない」
「子どもを食べさせていくためにもお金が必要だ」
「そもそも、この女たちがしっかりしていないからいけないんだ」
誰かに怒りをぶつけなければやっていけない。その気持はわからないでもない。でも、その怒りをぶつけられるほうはたまったものじゃない。
最後のことばにうつむいて涙ぐむサチさんとナナちゃんをかばうようにチュウジが前に出た。
「我は報酬などいらぬ。貴様にも金が必要だということは十分承知したからだ。貴様が悲しみに暮れているのも理解してやろう。だが、最後の言葉は取り消せ。取り消せっ!謝れっ!謝れって言ってんだよ!」
相手につかみかからんばかりのものすごい剣幕で怒鳴り続けるチュウジをサゴさんと俺で取り押さえて、肩を抱きかかえた。
「行きましょう……」
「お前、かっこよかったぞ。素敵抱いてって感じだったね」
「やめろ、シカタ。その表現は腐臭を招く」
目元に涙をにじませながら、チュウジが強がる。俺はぽんぽんと奴の肩を叩いた。
「ううん、素敵でした。抱いてとか言わないけど、ありがとうございます」
サチさんが涙ぐんでお礼を言った。
後日、酒場で報告すると、「よくあることだ。災難だったな。でも事前に注意はするように、それとなく伝えておいたぜ」と言われてしまった。
思い返してみれば、たしかにその通りだった。「本当に受けるのか」「大金の依頼」、酒場のオヤジがしきりに念を押していたことを思い出す。
「今後はこの依頼主は出入り禁止にするが……そもそも、この先、あれが依頼に訪れるようなこともないだろうな」
「まぁ、私たちがしっかり確認しなかったのも悪いんです。でも後味悪くならないように、せめて、これらを高く売れるような
サゴさんがヤマバシリの肝と羽根、そしてチュウジの懐のヒナを見せて言った。
3日待てと言われて、3日の間は爪に火を点すような節約生活を送った。
今回の謝礼金が回収できなかった以上、場合によっては詰みかねない。
「我の軽挙妄動のせいですまぬ」
珍しく素直に謝るチュウジを女性陣が
3日後、酒場の親父が紹介してくれたのは
「俺に責任はないがな。悪いことしたなぐらいには思っている。だから、ちゃんとした伝手を見つけた。信用しろ」
取引をしようにも俺たちはそもそも相場を知らない。これから売るものの相場についても教えてもらえないかと頼む俺たちに酒場の主人はこう答えた。
だから、俺たちは全部相手の言い値で売ることに決めた。
薬屋のところで肝を売る。これが金貨1枚で売れた。
「これで装備を直すくらいはできそうですね」
サゴさんの言葉に皆の顔がほころぶ。
旅商人に羽根はまとめて銀貨10枚で売れた。
「お風呂行きたいっ!」
ミカが目を輝かす。ちなみに今の俺たちはものすごく汚い。
ヤマバシリのヒナを取引する相手である身なりの良い紳士は、城壁内に居住する市民の家に仕える執事だった。城壁内に居住しているということは、市民の中でもかなり富裕層であることを意味する。
トビウオ亭に場違いな整った服を着た執事さんはここでは何ですので別の店でという。
執事さんは俺たちを商人地区の酒場の個室に連れて行くと単刀直入に言った。
「主人は金貨16枚でヒナを引き取ると申しております」
目の玉の飛び出るような額に俺たちはごくりとツバを飲み込む。
金貨1枚は銀貨25枚。金貨16枚といえば、銀貨にして400枚、銅貨にすると40000枚。
1泊銅貨20枚くらいの少しきれいめの宿に泊まり、毎日公衆浴場で汗を流し、朝夕がっつり食って飲み物まで頼むような生活をしたって1人あたり銅貨60枚程度だ。今、この場に6人居るから、さらに多めに見積もって1日銅貨400枚かかるとしても、単純計算で3ヶ月以上はやっていける。
「ありがとうございます。それで……」
とサゴさんが話を進めようとした時、チュウジがダダを
「これはわが子ぞ! 離れることは出来ぬ!」
ほら、言わんこっちゃない。暗黒騎士殿の中身はただの中二病なので、情がばりばりに移ってしまったようだ。
3日前に「抱いて」と俺に言わせたチュウジはもういない。ここにいるのは神社で雨に濡れた子猫を拾ってしまった子どもだ。
「すみません。今、このバカ黙らせますから、ちょっとまって下さいね」
そう執事さんに告げると、みんなでチュウジを囲む。
「エサはどうするんだよ」
「我が買う」
「この先、仕事で戦闘になったら、その子は誰が守るんですか?」
「我が暗黒の
なんだよ、暗黒の闘気って……。
「その子は大きくなるんだよ。大きくなったらあの凶暴な親鳥みたくなるんだよ?」
「我がしつける!」
駄々っ子チュウジにミカは優しく話し続ける。
「あたしたち今回死ぬかもと思ったじゃない? 考えたくないことだけど、チュウジくんにもしものことがあったら、誰がその子の面倒を見るの?」
「我は死な……ぬとは言い切れない……」
「だからね、この子をしっかりと飼ってもらえるお家に引き取ってもらうのが良いんだよ」
「幸せに暮らすのだ」
チュウジがヒナに話しかける。ヒナはどういうわけかチュウジに懐いていて、たしかにこいつらを引き離すのは可哀そうだとは思う。
でも、仕方がない。責任も持てないし、ヒナを抱えては生きていけない。
それにしても最近チュウジがやたらとハーレム状態になっていないか。
〈もげろ、爆ぜろ、腐って落ちろ、もげろ、爆ぜろ、腐って落ちろ〉
俺は最後尾でチュウジに呪いをかけながら、宿への道を戻った。
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