034 往路とごはん

 出発前日は食料を買っただけであったが、それ以前にも西の市場ではいくつか買い物をしていた。

 メンバーで案を出し合って、必要なものを銀貨2枚以内で買おうというものだった。

 

 ミカの提案は、針と糸、そして料理用の小型のナイフ。

 「みんなの服もすでに穴があいてぼろぼろでしょ。いちいち新しい服買う余裕もないし、必要だよ。あとはお料理用に小さなナイフがあれば、便利だよね」

 ごもっともということで全員一致で購入決定。あわせて銅貨40枚。

 

 チュウジの提案は針金。

 「山に入るのなら、罠があると良い。もしかしたら、新鮮な食料にありつけるかもしれないからな」

 ちなみにこの国でも狩猟には免許が必要だ。とはいえ、この免許制度は主に税収のためで、獲物を商店に持ち込んだりしなければ、黙認されているらしい。

 「罠の作り方なんて知ってるのか?」

 俺がたずねると、

 「貴様の大好きな『イン○ィージョーンズ』直伝だ。ただし、仕組みを教えてもらっただけだから、試行錯誤を重ねることにはなるだろう」

 とチュウジ。

 出費は3メートルちょっとで銅貨90枚。正確に言えば、両手をひろげたチュウジの左右の指先の間の長さ×2で銅貨90枚。言葉はわかってもこの世界の曖昧な単位体系には慣れるのは難しそうだ。なんにせよ、少し高いが、今後に期待ということで購入決定。

 

 俺の提案はヤスリ。

 「切れ味鋭い武器で敵を斬るというより、叩き潰す系の装備が多い俺たちだけど、刃を軽く研ぐヤスリはあってもいいかなって」

 これも無難に受け入れられた。銅貨40枚。

 

 サゴさんの提案はロープ。

 「罠をやるなら、獲物を引きずる、吊るす、何にでも使えるロープは必要でしょう。他にもロープがあって困る場面はありません」

 そのとおりだと全会一致で購入決定。10メートル程度で銅貨30枚。


 サゴさんは3メートルほどの木の棒を欲しいとも言い出したが、こちらは否決。

 「そんな棒何に使うんですか?」

 「ダンジョンで罠がないか、確認するんです!」

 「でも、あたしたち、ダンジョン潜った経験も潜る予定もないよ」

 「いや、これは浪漫ロマンなんですっ!」

 「サゴ殿、これは今度買うということでどうだろうか?」

 ダンジョンに潜るようなことがあったら、買うということでサゴさんには涙を飲んでもらうことになった。 


 山までの一週間は何事もなく進んだ。

 俺たちの野営の手際も大分良くなってきた。

 いまだにパーティーの中で一番下手くそではあるが、俺もようやく火打ち石で火を起こせるようになってきた。叩くというより削るような感覚のほうがうまくいくような気がする。

 また、今回は燻製魚だけではなく、燻製肉と少量ながら野菜も仕入れているので、食生活も前回よりも少し豊かだ。


 「燻製肉があるならば、今日は我が普段とは違った料理をしよう」

  2日めにチュウジがつぶやいた。

 「チュウジ、料理なんかできるのか」

 「これまでも散々披露ひろうしてきたであろう」

 「といっても、みんなでかわりばんこに炊き込みご飯やスープつくってただけだしな」

 「そういうんじゃなくて、なんか別のものなんだよね」

 ミカが目を輝かす。この子は痩せているが、結構食べる。ちまちま食べ続けるところがまたリスっぽくて見ていると楽しくなる。


 「あまり期待をされると困る。まだ調味料やスパイスを全然見つけていないからな」

 元の世界とこの世界ではどういうわけか野菜はほぼ一緒である。

 だから、ターメリックだのコリアンダーだのクミンだのというスパイスを見つければカレーだって作れるはずだが、残念ながら、まだそのようなスパイスは見つけていない。

 調味料に関しても味噌も醤油もないのが残念である。海が近いおかげで魚醤ぎょしょうはあった。

 買おうかと迷ったが、メンバーの誰も使いこなす自信があると言わなかったのでまだ買っていない。


 ちなみに動物は元の世界とがらっと変わる。たとえば、俺たちが買った燻製肉はウシの肉とされているが、このウシと呼ばれる生物の顔は元いた世界のウシとはかなり違う。

 ブタもなんか顔がちがう。街道でたまに見かけるウマにいたってはウサギの顔にウマみたいな体がついていてなんか妙である。

 

 見た目はともかくとして味はあまり変わらない気がするので、慣れてしまえばなんとも思わない。

 ゴブリンみたいな亜人がいる世界なんだから、動物の姿が多少違っているくらいで驚きもしない。


 「ぬるま湯に燻製肉をすこしさらして、もどす」

 チュウジが説明する。燻製肉ってそのままかじるかスープに放り込むだけだと思ってたわ。

 「シカタ、もどしおわった燻製肉はあとで細く切っておいてくれ」

 チュウジは俺にそう言いつけると、自分は手際よくタマネギを薄切りにする。


 「多めの油でタマネギを炒めてからトマトを加えて炒める」

 チュウジはしゃかしゃかと手を動かしてタマネギを炒め、甘い香りがしてきたところでざく切りにしたトマトを放り込む。その間に、俺は燻製肉を細く切っておく。

 「スパイスがあれば、ここに放り込んでカレーになるね!」

 「カレー食いてぇー」「ですねぇー」

 俺は口の中につばをためながらつぶやく。サゴさんの口の中も俺と同じ状態に違いない。

 「スパイスが見つかれば、カレーを作ろう。我も食べたくなってきたしな。今回はカレーの素ペーストスパイス抜きを脇において、戻した燻製肉を油で炒める」

 油がばちばちと弾けて、燻製肉に火が通っていく。炒めるというより揚げている。

 「で、最後にこいつをあわせる。燻製肉の塩気だけでいけると思うが足りなかったら好みで塩を足してくれ」

 

 見た目は肉の炒めものだが、一度水分を抜いた肉特有のぎゅっとつまった旨味とそれを水で戻したことによる柔らかさが同居している。

 「ビール、欲しいですね」

 「俺は米で十分です。ご飯がすすむ進む」

 「……」

 ミカはがっつりと口の中に詰め込んでいる。やっぱり、この子、頬袋あるんじゃないかな。

 「失礼」

 俺はちょっと彼女の両頬を人差し指でつついてみる。

 ミカの頬が真っ赤になる。彼女は急いで頬袋の中を空にして、言う。

 「いきなりつつかないでよ! なんか恥ずかしいよ」

 うん可愛い。

 そんなこと考えていたら、サゴさんは通りゃんせのメロディーを口ずさんで言う。

 「はいはい、ラブコメ禁止。せめて私たちのいないとこでやりましょうね。初々しくておじさんまで真っ赤になっちゃう」

 俺たちは真っ赤になって黙り込んでしまう。


 真っ赤に火照った顔を冷やそうと俺は頭をふってチュウジに話しかける。

 「まじでうまいよ。これ。お前にこんな特技があるとはなぁ」 

 「スパイスがあるともっと香りや味わいが複雑になるのだが、それは別の時にしよう」

 「これもチュウジパパのレシピだろ。お前のパパ、世界何カ国ぐらいまわってるの?」

 「正確な数は我も聞いたことがないが、南極以外の大陸は全て足も踏み入れたし横断も縦断もしたとは自慢していた」 


 軍隊はご飯が大切ってミリオタの同級生が言っていた。あのときは頭でわかっていただけだったが、今ならばそれが体でわかる。

 美味い飯があれば足取りも軽くなるものだ。

 

 こうして、俺たちは飯の力で士気を高く保ったまま山に入ることができた。

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