033 ミッションブリーフィング
酒場で依頼の概要を聞いて、引き受ける旨を伝える。
依頼は薬師の救出か、亡くなっている場合は遺品の回収と状況の報告。
遺品として指定されたのは彼の指輪かネックレスだ。どちらも家族が確認をするらしい。
報酬は成功報酬で救出で銀貨150枚、遺品の回収で銀貨100枚。
この手の依頼では生存者を救出せずに勝手に「遺品」を回収しようとする不届き者もいたらしく、救出対象の生存か死亡かで報酬額を変えるのが通例だという。
酒場のオヤジは「本当に受けるのか?」と念を押してくる。
「私たちにとっては大金ですから、頑張ってやりますよ」
「大金だからこそ念押ししたんだよ」
妙に含みがある言葉だけど、今回は表向きはともかく報酬に惹かれて受けるわけではないので、とりあえず適当に返事をしておくことにした。
行方不明になったと思われるのは首都から一週間ほどのところにある山。
ここに生息する危険生物にヤマバシリという大型の鳥がいる。
人より大きい肉食の鳥類で、羽根が退化して飛べない代わりに脚力が発達している。聞いた話や絵から見ると鳥というより恐竜、あるいは有名RPGの黄色い鳥っぽい。もちろん、羽毛は黄色くない。
このヤマバシリ、危険生物といっても、冬の終わりの産卵時期からヒナが独り立ちする初夏までの約3ヶ月を除けば、人を襲うような凶暴性を示したりはしないそうだ。
今はすでに夏、親鳥の警戒もとっくに解けているはずだから考えにくいという。
他の危険要因はゴブリンか山賊か。
ゴブリンが人間の勢力圏の中心近くにやってくることはあまりないが、俺たちの初仕事のように可能性はないわけではない。とはいえ、ゴブリンが武装した探索隊をむやみに襲うかといえば、そこには疑問が生じる。
もう1つの可能性として考えられるのが山賊だが、見るからに富裕層の人間や旅商人を襲うのならいざしらず、薬草採集中の薬師を襲うのは考えにくい。
結局何だからわからないとしか言いようがない。
依頼者である薬師の家族のところに契約をしにいく。
薬師の家は西の市場よりさらに外側にあった。
乱雑に組まれた木組みの上に土を塗りたくった壁、この街での典型的な粗末な家だ。
お世辞にも裕福とはいえない家だ。
通りに面した側はがたがたの扉が開け放たれており、中にはカウンターがある。開け放たれた扉の上には薬草のようなものがいくつもぶら下がっている。これが看板代わりらしい。
中には白髪の多い中年の女性が一人座っていた。白髪の頭は後ろで束ねているが、ところどころほつれた毛が出ている。彼女はほつれた毛を指でつまむとむしっている。
客はいない。白髪の女性は1人で髪の毛をむしり続けている。
「こんにちは」
俺たちは挨拶をして中に入る。
彼女はこちらをちらりと見ると、すぐに目をそらす。
精気がない。見るからに疲れていて、周囲の出来事に関心がなくなっているようだった。
でも、用件を告げると、途端に態度が変わった。
「お願いです。うちの人を助けてください。あの人がいないと、私たちは生活ができません」
店の裏の寝室に通される。寝室では子どもが二人じゃれあっていたが、「外で遊んできなさい」という母の声で子どもたちは外へと追い出される。
「あの子たちには何もまだ伝えていないんです。あの子たちのためにも、はやくうちの人を連れ帰ってきてください。お願いします。本当にあなたたちだけが頼りなんです。お願いします」
彼女の早口の懇願に俺たちはたじろいでしまう。
それでも、サゴさんが話を先に進めようとしてくれる。
「仕事内容の確認を最初にお願いします。仕事の内容はご主人の救出、ご主人が亡くなっていた場合は指輪かネックレスを遺品として持ち帰るということでよろしいですね」
「はい。うちの人を連れ帰ってきてください。あの人がいないと困るんです」
どうも話が噛み合っていない……。
俺はサゴさんに目配せをする。
「報酬は救出で銀貨150枚、遺品の回収の場合は銀貨100枚とうかがっています。それで間違いありませんか?」
「うちの人を連れ帰ってきてくだされば、お礼は必ずします。お願いします」
やはり話が噛み合っていない。
チュウジが俺の脇腹をひじで小突いた。
嫌な役割だが確認をする。
「最善を尽くします。それで万が一の話なんですが、ご主人が亡くなっていた場合は遺品の回収で銀貨100枚いただけるということでよろしいでしょうか?」
薬師の妻はこちらをにらむ。
「うちの人が死んでいるっていうんですか? お金はあります!」
そう言ってベッドの下の鍵付きの箱を開けて、中から袋を取り出して見せる。
何枚あるかは分からないが銀貨が詰まっていた。
「数えたら良いんですか?」
「いえ、失礼しました。疑うような言い方をしてしまったことを謝罪します」
目を血走らせてこちらをにらむ女性に俺は深々と頭を下げる。
「探索地域となる山について教えてください。あたしたちはご主人のように山に詳しくありません。詳しいお話を聞かないと、救助を待つご主人のところにたどり着けません」
ミカが助け舟を出してくれる。
ミカの言葉に薬師の妻は少し落ち着いたようだ。
薬師の妻は自分が一緒に採集していたのは以前のことだけどと前置きした上で次のような話をしてくれた。
「山の中腹に小さな洞穴があるんです。大型の野生動物は入れないし、小型の野生動物も洞窟の前で火をたけば寄ってこない。うちの人が隠れるとしたら、おそらくそこだと思います。あそこには緊急時用の備えも多少あるはずですから」
簡単な地図を書いてくれた。これがどこまで役に立つのかはよくわからないが、
また今の時期はヤマバシリのヒナや卵を狙うゴブリンもいないこと、ヤマバシリも穏やかな時期であるとして、山賊に襲われたか護衛が裏切ったのではないかと言い出した。
護衛が裏切ったという話を聞いたときにミカが拳をぎゅっとにぎりしめたのがわかった。
そっと彼女の拳の上に手を乗せる。
おそらく必要な情報はもう手に入ったはずだ。
「我らに任せれば安心だ。奥方はご主人の帰りをここで待っていると良い」
チュウジが話を切り上げ、俺たちは外へ出た。
「どうも嫌な感じだな」
「だが、それでも我らがやるべきことは変わらない。そうではないか?」
ミカとサゴさんが無言でうなずく。
「出発は明朝。市場で保存食を買って荷造りをしよう」
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