028 首都に帰還、恋の実感

 帰り道は傷の治りきっていない俺ののろのろとした歩みのせいで旅程が1日伸びたことを除けば、何の問題もなく首都に帰り着いた。

 25日ぶりの首都、この世界に来てから1ヶ月は過ぎたことになる。なんとか俺たちは生きている。


 「これが報酬の銀貨50枚です」

 なにはともあれ飯が食いたいと俺がごねたのもあって、旅支度のまま酒場に来ていた。定食を取りながら、サゴさんが銀貨の入った袋を取り出す。

 「4で割ると、1人あたり銀貨12枚と銅貨50枚になりますね。前回の残金が銅貨95枚ありますが、この定食と今晩の宿代で最低でも銅貨80枚消えますし、残りは保存食とか野営道具とか買うときの足しにでもしましょう」

 「みなさんに借りたお金を返させてください」

 ミカさんが真っ先に言う。

 「前衛で相手を弾き返してくれる役目の者が装備を充実させないと、我の生存確率が下がるので迷惑でしかないのだが」

 「若い人には出世払いで恩を売っておきたいですね」 

 「パーティー抜けたいときは借金払ってもらうってことで良いんじゃないかな。俺たちは貸しとか思ってないけど、ミカさんが借りと思ってるなら、そのままだと別のパーティーにも移りづらいだろうし」

 平静を装いながらも気が気じゃない。定食の牛の煮込みに固いパンを浸して、口に運ぶことに気を取られている、ふりをする。

 ここで抜けると言われたら俺たちは引き止められない。

 先日はいい雰囲気になった気がしたが、俺の勘違いの可能性も高いし、そもそも陰キャ、中二病の陰キャ、おっさんの3人パーティーってものすごく居心地悪そうだし、そこらへんに気が付かれたら、引き止められる理由もないし、引き止めること自体が悪魔の所業しょぎょうのような気もするし……。

 「なんでそういうこと言うの? あたしのこと、のけものにするの?」

 「いや、だって陰キャと中二病の陰キャとおっさんですよ。悪そうなオーラと加齢臭しか漂ってこないって俺たち」

 「だからっ!」

 「はいはい!じゃあ、チュウジくんの案採用で行きましょう。貴重な前衛に装備を充実させてもらわないと、私たちこの先生きのこれません。そのための投資ということにしておきましょう。あと加齢臭とか言ったクソガキには禿げる呪いをかけておきましょう」

 サゴさんの呪いの文言は無視して俺は続ける。

 「俺ははした金の借金より命救ってもらったっていう大きな借りがあるから……」

 「童帝エンペラーはやはりこじらせ方がおかしいな。変な理由をつけずに居てほしいと言えば良いのだ」

 チュウジの言葉が図星で恥ずかしい。だから、俺は無理やりはしゃいでみせる。

 「知ってるか、童帝エンペラーはな、スパルタ式、要するに二人体制なんだよ。わかってるか、チュウニ陛下」

 くだらない言い合いをしている横で、ミカさんがこちらを見て目をうるうるさせている。

 「いや、あのですね。俺たち、じゃれあってるけど、受けとか攻めとかないんで……」

 「ううん、ありがとう。みんな本当にありがとう。あたし、みんなとずっと一緒にいたいよ」

 ……別件だったらしい。俺はほっとしたが、その理由は彼女のカップリング談義を避けたからだけではないんだろう。


 「長旅のほこり、落としたいですよね」

 チュウジと俺の言い争いをいつものように流して、サゴさんが提案する。

 「公衆浴場に行くか、せめて水浴びのできる宿を探すか、そのどちらかが現実的であろう」

 「公衆浴場はすごい行きたいけど、泥棒が心配。あたしは特に……」

 経験者の一言はなかなか重い。

 「交代で荷物の見張り番をすれば良いのだろうけれど、鎧や武器や野営道具、考えると結構荷物邪魔だよね」

 鎧来たままの今だって俺たちのテーブルの周りは荷物だらけだ。

 「やっぱり荷物置ける場所必要ですよね」

 腹のふくれた俺たちは宿を探すことにした。


 今回は1部屋ベッド4つ、一泊合計銅貨60枚というところを選んだ。

 殺風景なところは前と同じだが、掃除が行き届いていて不快な感じはしない。

 別料金だが、銅貨1枚払えば水浴び用の水を持ってきてもらえるし、水浴びができるスペースもある。

 ここに決めた最大の理由は、ドアだ。南京錠がかけられるようになっている。前の部屋は内側からは鍵ができたが、外から南京錠をかけられるような構造になっていなかった。

 

 「ここだったら、荷物も置いていけるね。南京錠買ってくれば、大きな荷物置いて皆で出かけられるよ」

 弾んだ声でミカさんが言う。

 「だな。じゃあ、俺、西の市場で南京錠探してきますよ」

 「あたしも一緒に行くよ」

 〈え、来るの?〉

 ミカさんの言葉に俺は耳まで真っ赤になった。もちろん、鏡なんか持ってないから赤くなってるって確認したわけじゃないけど、これ絶対に耳まで真っ赤だ。俺ちょろすぎない?

 でも、この前の宴席以来、そんな話一切出てなかったし、俺が勘違いしてるだけ? 何が正しいのか、まったくわからない。あれ? 俺、もしかして、ストーカー的な勘違いしてるんじゃない?


 「あんまり気を使ってくれなくていいからさ」

 西の市場に向かいながら、ミカさんに言う。

 「どうしたの?」

 「いや、あの、俺、本当によくわかんなくて。可愛い女の子に声かけられるとかないから、一人で意識しちゃって……」

 「……」

 「でも、冷静に考えるとお酒が入ったときのおふざけだってことぐらいわかるから。というか俺はちゃんと俺にわからせるから」

 「……」

 ミカさんは俺のほっぺたを両手でつまむとぐいっと引っ張った。

 「いたっ、いたい、何するんだよ、あ、ごめんやめて」

 本気ではないだろうが、けっこう痛い。

 路地裏まで引っ張っていかれと、ようやく手を離してもらえた。

 「あのね、シカタくん、あたしに失礼だよ。酔っ払って男遊びするような子だって言いたいわけ?」

 「いえ、滅相もございません」

 「あたしだって免疫まったくないから」

 「……」

 「シカタくん、自分でも気づいてないだろうけど、あたしと話すとき必ず猫背になったり腰を曲げたりよね。あたし、背低いし、シカタくんのっぽだから。少しでも目線を合わせてくれようとするんだよね。今だってさ、そうでなかったらほっぺたつねったりできないよ」

 「……」

 「そういう細かな気遣いが自然にできる人ってすてきだよ」

 「……」

 ミカは再び俺のほっぺたを引っ張った。

 「いたいっ、ごめんなさい。また俺なんかやっちゃいました?」

 「ばかっ、あたしにだけここまで言わせて黙ってないでよ」

 膨れて目をうるうるさせている姿はリスっぽい。

 「壁よし、もうちょっと後ろにさがって」

 「えっ?」

 「ほら、ここは壁ドンするところだろ」

 「シカタくん、バカでしょ」

 「緊張するとバカなこと言いたくなるんだよ」

 鼻から大きく息を吸って、口からゆっくりと息を吐き呼吸を整える。全然胸の鼓動はおさまらない。

 「ミカさん、あなたと話してるととても楽しいし、ずっといっしょに話していたくなります。あなたが好きなことをもっと知りたいし、あなたが好きなことを俺も好きになりたい」

 「……普段と口調変わってるよ」

 「緊張しているんです。要するに、ていうか、まとめるとなんていうか、付き合ってくださいってことです」

 ミカさんが俺に抱きついて「うん、うれしい」とつぶやいた。

 なんか2人とも泣いていた。

 

 人通りの多いところに戻って市場に向かう道でミカさんは目をキラキラ輝かせて言った。

 「あたしの好きなこと知りたい、自分もそれを好きになりたい。そう言ったよね?カップリングからしっかり教えてあげるからね」

 「……腐ってやがる」

 「女子校に入るのが早すぎたのかもね」

 ミカさんがちゃんと俺の言葉を受けてくれる。

 「あのね、チュウジくんとシカタくんが何かあっても浮気にカウントしないからね。もちろん、サゴさんもありだよっ」

 「ごめんなさい。絶対なりません。俺は君一筋です」

 

 ちなみに南京錠は銅貨50枚だった。

  

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