027 宴

 村にはその後1週間ほど滞在した。

 理由は俺。傷のせいで熱をだして寝込んだ俺のせい。

 でも、滞在費を報酬から減額とか言われることもなく、食事もちゃんと用意してくれた。

 それどころか、「明日出発する」と伝えるとささやかな宴席までもうけてくれた。


 ステンさんが取ってきたという獣肉、それに塩を降って軽く炙り、ジャガイモと一緒に煮込んだというシチューは腹の中を暖かくしてくれるだけではなく、肉を噛みしめる度に失くした血を取り戻してくれる気がした。

 ジャガイモと水を混ぜたものを何日か置いて発酵させたお酒は口当たりがよい。

 他にもにジャガイモ発酵酒をさらに蒸留しちゃいましたというお酒も出してくれたが、こいつはすごい。飲むと喉からハァーっと熱い息が出てくる。そして、やたらと気分が良くなってくる。難点は臭いがどうもシンナーっぽいことくらいか。でも、鼻つまんで飲んでしばらくすれば、もう臭いのことなんか忘れてしまう。


 「チュウジさん、サゴさん、ごめん。君たちには悪かったし、私だって後味は良くない。しかし、この獣もそうだし、私たちは命のやり取りをして生きているんですよ。そして、私たちはわがままだけど命を差し出す側に回りたくない」

 「わかってます。私も感情的になって申し訳ありませんでした。ゴブリンが人を襲って食べることがあるというならば、やはり駆除は必要なんです。わかっていても自分の手を汚さないといけないのが嫌で悪態をついてしまいました」

 ステンさんとサゴさんの話が耳に入ってくる。

 

 わかっているけど、できることならば自分の手を汚したくない。

 怪我を理由に自分の手を汚さなかった卑怯な俺はさらに謝らなくてはいけないが、今、ここで割って入っても場の空気を微妙なものにさせるだけだろう。

 

 「やぁ!フラグクラッシャー!」

 赤い顔のミカさんが俺に近寄ってくる。

 うん、酒臭い。

 「飲み過ぎだよ。酒臭いぜ」

 「ちょっと口にしただけだよ」

 「俺たち、未成年だし」

 「『西欧中世においては未成年や子どもという概念はない。子どもではなく小さな大人と見なされた』ってさっきチュウジくんが話してたよ。アリエールだったかエリアスだったとかいう人の本に書いてあったとかって」

 「まぁ、ミカさんは小柄でいらっしゃいますし」

 「別に小さくないよ。高2の普通の女の子」

 俺の1つ下なんだ。

 「まぁ、お若く見えますわ、金太郎飴七五三のあれが似合いますことよ」

 ちょっと意地悪な言い方をする。気になる女の子を前にして意地悪な言い方をするなんて、俺は小学生かよ。いや、それどころか、金太郎飴どこで切っても同じあれが似合うのは俺のほうなんじゃないか。

 「だから、人のこと子どもみたいにいうのやめてったら。シカタくんこそ、すぐ赤くなっちゃって小学生の男の子みたいだよ」

 赤くなってるのは酒のせいじゃなさそうだが、小学生みたいだってのは偶然ながら図星だ。ちょっと焦る。

 「まぁ、小学校卒業と同時に男ばかりの世界に放り込まれて、純粋培養されてるからね」

 なんとか平静を装う。

 「あっ、同じだね。あたしも一緒。女子校生まれで乙女ロード育ち。腐ってそうなやつは大体ともだちって感じかなっ」

 「いや、女子高生が皆腐ってるみたいな偏見を助長するのはどうかと思うし、やっぱり飲み過ぎで顔真っ赤だよ」

 「そんなに飲んでいないのに耳まで真っ赤なのはどこのフラグクラッシャーかな」

 「だから酒臭いってば」

 顔を近づけてくるミカさんから顔を背けるが、理由はミカさんの酒臭さのせいではなかった。

 ものすごく照れくさい。

 「あのね、本当に良かったと思うの。シカタくんが目をつぶっちゃったとき、死んじゃうんじゃないかって思って傷口押さえながら、あたし、ぼろぼろ泣いてた」

 ミカさんはにこっと笑う。なんで俺はドキドキしてるんだろう。

 「だからね、今ねフラグクラッシャーってからかえるの、すごく嬉しいの」

 相手の親切心を恋心と勘違いして、あせって散る。これが非モテの破滅パターンだ。

 俺は知ってる。ネットで読んだから。こういうときは素数を数えるんだったっけ。それとも羊の数を数えるんだっけ。

 「羊が2匹、羊が3匹、羊が5匹、羊が7匹、羊が11匹……」

 「素数で羊数える人初めて見たよ。シカタくん面白いね」

 「……」

 「無事首都に戻ってあたしの借金も返せたらね、市場に買い物行こうね」

 こういうとき、なんて表現すれば良いんだよ。尊い……か?。

 俺は何も言えずに顔を真赤にして首を縦にぶんぶん振った。


 ミカさんが離れたあと、ぼうっとしていたら、チュウジがやってきた。

 「大変だったな」

 ぼそっと俺が声をかけると、チュウジはいつもの口調で答えた。

 「造作もない事よ。そのような殊勝な発言を貴様がするとは、熱で脳みそが煮えて正常になったのか?」

 「加熱して正常になるって俺の脳みそは何なんだよ?」

 「安い冷凍食品か、それとも寄生虫のついた魚みたいなものだろう。当たり前のことを聞くところをみると、まだ加熱が足りないようだな」

 こいつは俺を煽るスキルとか隠し持っているんじゃないだろうか。

 腹立たしかったので、奥の手を使ってやる。

 「俺、覚えてるからな。お前が『よくも!よくも!』って、いつものキャラ設定かなぐり捨てて俺のためにさけんでくれたこと。いや、惚れたねー」

 俺の言葉にチュウジは慌てて言い返してくる。

 「ばか、やめろ、後ろ」

 視線を感じると、目をキラキラ輝かせたミカさんがいた。

 「いいよ、シカタくんがチュウジくんとできても、あたし、怒ったりしないからね。二人ができててもあたしシカタくんとデートしてあげるから」

 腐ってるけど、尊すぎるだろ。

 なんか部屋に戻って布団に潜って足バタバタさせたくなってきた。まぁ布団ないんだけどさ。

 

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