020 はじめての戦い
歩く、野営する、飯を作る、見張りを立てながら寝る。起きる。また歩く。
俺たちの退屈だが平和な日々が崩れたのは街道から小さな道へと入って2日目、そろそろ目的地の集落に着こうかという頃だった。
「人が襲われてる!」
弓を持った人間の男のあとを追いかける3体の奇妙な姿。
四頭身から五頭身くらいの頭でっかちなシルエットにガンマ線を浴びた怪力のアメコミヒーローのような緑の肌、見ようによってはキモかわいいキャラを確立できそうだが、それを台無しにする血走った目と大きく開いた口、黄色い乱ぐい歯。腰布1枚で疾走する人に似て人ならぬ者。RPG的雑魚キャラそのままのゴブリンだ。
男は後ろを振り向きざまに矢を放つが当たらない。
ゴブリンは動きがすばやく、男は今にも追いつかれそうである。
「行くぞ!」
何の心の準備も出来ていないまま、それでも虚勢をはって俺は声をあげる。
情けないことにちょっと声が裏返った。
敵は3匹、こちらより少ない。
利き目である左目の奥を押し込まれる感覚。
「こっちです。あたしたちのうしろに隠れて!」
俺とミカさんが前面に立ち、男を迎え入れる。
俺たちの斜め後ろにはフォークをかまえたサゴさんと頭上で鎖分銅をぶんぶんふりまわしはじめたチュウジがいる。
ゴブリンたちはこちらの姿に一瞬ひるんだが、「ギャッ!」と叫ぶと突っ込んでくる。
ミカさんのところに1匹、俺のところに2匹。ミカさんは盾を構えているが、怖いのか手だけを突き出すようになっている。手の力だけで受け止めようとするので、さすがの怪力をもってしても相手の攻撃を受け止めるだけで精一杯みたいだ。
俺は俺でもっとひどかった。ここから打ち込めば相手を打ち倒せると
ゴブリンAのナイフの一撃をかろうじて斧の柄で受けるが、空いた脇腹にゴブリンBの棍棒が打ち込まれる。
衝撃に息が止まる。
涙が飛び散る。
鎧越しでも痛い。
サゴさんがいなければ、
サゴさんは追い打ちをかけようとするゴブリンBの側面をフォークで突いた。
「ひゃー!」
裏返った掛け声ととともに繰り出される腰の入っていない一撃。
サゴさんもびびっているんだ。
それでもフォークの穂先はゴブリンBの顔をかすめた。
それだけだったが、逆上したゴブリンBはサゴさんのほうに向かっていく。
これで俺の相手はゴブリンAだけとなった。
それでも、俺が不利なことには変わりない。ゴブリンAは大きく口を開け「ギャーギャー」と叫びながらナイフを振り回す。
左からの横殴りのナイフの一撃を斧の刃で弾く。
おおきく振りかぶった正面からの一撃は刃を横に向け盾のようにして受け止める。
受けてばかりだ。このままでは負ける。
攻撃できる間合いがいくらわかったって、びびって動けないんじゃ意味がない。
動かなくてはいけない。攻撃しなくてはいけない。
鼻から大きく息を吸い込み、腹に溜める。
それをすべて吐き出すように雄叫びをあげる。
「オオオオォォー」
相手は
斬撃をはねのける。
すかさず、斧の柄をしゃくりあげてゴブリンAを突き飛ばす。
バランスを崩したゴブリンAの腹が赤く光って視える。
ここを蹴り飛ばせば良いんだ。スキルのおかげかそうわかる。
ゴブリンAの腹を蹴り飛ばす。
ゴブリンAは吹っ飛ぶと後ろにごろごろと転がり、起き上がる。
追い打ちはできなかった。しかし、余裕はできた。やれる、俺はやれる。やられてたまるか。
「かかってこいっ!」
俺が叫ぶと、言葉が通じたわけでもないだろうが、ゴブリンAはナイフを振りかざしながら走り込んでくる。
まだ視えない。
斧を大上段に振りかぶり、ゴブリンAを見据える。
ナイフが振り下ろされるときにその腕が赤く光る。
俺は赤い光に導かれるように両手で斧を振り下ろした。
斧の刃がゴブリンAの手首にあたる。
切るというより叩き割るような感じで肉と骨を裂いた斧は地面まで叩く。
ゴブリンAがつんのめって前方へ倒れる。
ゴブリンAの右手首から先はなくなってはいないもののぷらんぷらんで皮一枚でなんとかつながっているような感じになった。
「ギャー」
ゴブリンAはなんとか立ち上がるとがわめきながら逃げ出す。
俺はようやく周囲を見渡すことができるようになった。
サゴさんはゴブリンBを近づけないようにフォークで小刻みに
ミカさんはチュウジと共同でゴブリンCと対峙中だ。
ミカさんが盾で受け止めているすきに、チュウジが鎖分銅を投げつけるもかわされてしまっている。押しているとはいえないが、少なくとも押されてはいない。
一方、サゴさんはこのままでは危ない。
そう思った俺はゴブリンBとサゴさんのところに向かう。
ゴブリンBは突き出されたフォークの穂先を横に避けながら、その柄を棍棒で強打しているところだった。
フォークの柄からサゴさんの手が離れる。
地面に転がるフォーク。
丸腰となったサゴさんに突進するゴブリンB。
飛び上がりながら棍棒を振り下ろす。
サゴさんはかろうじてかわすもバランスを崩して尻もちをついてしまう。
〈やばい!〉
そう思った俺がゴブリンBの背後から打ち掛かろうとしたとき……サゴさんは吐いた……。
「ごばぁー」
ゴブリンBの皮膚が酸で焼ける。
酸は俺のところにも飛んでくる。
反射的に手で顔をかばったが、飛沫は俺の革の小手の一部を溶かす。
サゴさんはゴブリンBが取り落とした棍棒を拾う。
そして、酸で顔を焼かれ、わめきながら転がりまわるゴブリンBを泣きながらめった打ちにした。
何度も殴られているうちにゴブリンBはびくっと大きく
その頃、もう一方も勝負がついた。
チュウジの鎖分銅がようやくゴブリンCの錆びた手斧をからめとる。
武器を落としたゴブリンCをミカが木の大盾で思いっきり突き飛ばす。
倒れ込んだゴブリンCの頭をチュウジの鎖分銅が襲う。
ごつんという音がして、ゴブリンCはひっくり返る。
チュウジはそのまま馬乗りになると、相手の胸に左手を当てる。
「闇の女神に抱かれて眠れっ!
ぐったりしていくゴブリンCの首をチュウジはわめきながらナイフで滅多刺しにする。
返り血でチュウジの顔や鎧が汚れきったころ、チュウジの手もとまった。
1匹逃走、2匹討伐。
一撃で格好良く切り伏せるなんてできなかった。
自分たちより少数で力も弱いはずのゴブリンに押されまくり、やられかけた。
俺たちは……弱い……。
こうしてはじめての戦いは幕をおろした。
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