015 貧乏お買い物作戦

 「鎧は大事だぜ。治癒術が使える仲間がいるならともかく、お客さんたちみたいな新米がそういうやつを仲間にできるわけはないからな」

 そう話す中古武具の露店店主の右手は人指し指と中指がない。

 切り合いで飛ばされたんだそうだ。

 〈おう……いきなり物騒な世界観があらわに……〉


 「剣ならばつばが手を守ってくれるが、斧だったら手を覆う防具が合ったほうが良いぞ。金さえあればこれくらいはほしいとこだ。将来の目標にしてくれ」

 斧をいくつか手にとっている俺にそう言って見せてくれた鎖かたびらは銀貨30枚。いつになったら買えるのか見当もつかない。 

 最初は剣を買うつもりだった。

 しかし斧のほうが値段が安いことに気がついて俺は現在斧を物色中である。

 とはいえ、指は飛ばされたくない。

 

 剣が中古で銀貨2枚程度するのに対して、斧ならばその半額程度で買える。

 鎧は革の胴鎧が銀貨3枚程度らしい。小手や兜、すね当ては相当使い古したものならば各銅貨50枚から70枚程度。木の盾ならば銅貨30枚以下で買えるらしい。


 銀貨5枚ならば、選択肢は2つで剣や盾を買って鎧をあきらめるか、斧と鎧を買って、小手兜すね当てのどれか1つをあきらめるか。

 考えた結果として、斧選択にして、すね当てはあきらめることにした。

 ゆくゆくはすね当てだってほしいが、靴を履いている以上指をとばされる心配は手よりも少なさそうだし、頭は割られたらもう終わりっぽいし。

 問題はぴったり銀貨5枚で他の人の買い物次第ではさらにあきらめないといけないものが出てくるかもしれないということだ。


 1時間以上ああでもないこうでもないと皆考え抜いた。

 中古武具屋の店主は良い人で、「命を守る大切なものだからゆっくり考えてくれ」と言って、せかせか売りつけようとせずこちらの質問にもつきあってくれた。

 

 そうして、ようやく全員の欲しい物が決まった。


 サゴさんのチョイスは防具重視、俺があきらめたすね当てもつけてその分、武器をさらに安いものにした。その武器は悪魔がもっているようなフォーク、あれ確か農具だよな。

 農具とはいえ、悪魔が持っているくらいだし、反乱でも使われたとか世界史の先生の雑談で聞いたくらいだから威力もあるのだろう。リーチもあって良いチョイスだと思う。


 ミカさんも武器を削ったようだ。武器はただの棍棒。そのかわり革の防具一式と自分がすっぽり隠れるくらい大きな木の盾を選んだ。模擬戦では盾を構えて相手に突っ込んで吹き飛ばしていた彼女らしい選択だった。


 わからないのはチュウジでなぜか鎖分銅を選んだ。鎖鎌くさりがまから鎌を取ったような武器。鎖の両端に理科の実験で使った分銅のごついやつがついている。鎖分銅は地味に高く、そのせいでほかは革の鎧と兜くらいしか選べなかったようだ。


 「チュウニくん、いくらお前が中二病だからって、何だよ、その武器は。まさかそれが剣の形になったりするとか思ってるんじゃないよな」

 「やかましいのだ。ズボンにテントを張る者へんたいよ。我が名はチュウジ。チュウニではない。訓練中に我は色々と考えたのだ。我はそもそも中二病などというものでは決してないが、もし中二病的な思考で選ぶのならば、背中に担ぐ大剣か双剣を選ぶであろう。そのようなこともわからないから、お前はもてないのだ」

 「おまえ、最初の模擬戦でがっつり双剣選んでただろ。あとな、なに、自分のこと銀河系の彼方に存在する棚の上に放り投げてんだよ。もてないのは俺もお前も一緒だろ」

 「銀河系の彼方に棚なぞない」

 「そこ話の要じゃねーからっ」

 「おまえら、うるさいからな。商売の邪魔だから関係ないことで騒ぐなって」

 店主にたしなめられなければ、この不毛な言い争いは当分止まらなかっただろう。

 なにはともあれ、全員合計銀貨20枚。予算オーバーだ。


 「まとめて買うし、今後もひいきにするから、1割ほど引いてくれませんか」

 サゴさんが交渉をはじめるが、店主は手強い。

 「新米さんたちは最初に一揃い買うときにそう言うな。最初にまとめて買うのはみんな同じだよ。今後といったって、来てくれないお客さんも多いしな」

 「いや、私たちは誠実ですよ」

 「いくら誠実でも幽霊相手に商売はできないってことだよ」

 店主はさらっと恐ろしいことを言う。

 「……わかりました。でも、1割と言わないからほんの少しだけおまけしてもらえませんか」

 「よし銅貨50枚おまけしてやるよ。これだけあれば、今晩みんなでそこそこ良い飯がくえるぜ」


 こうして銅貨50枚まけてもらい、銀貨19枚と銅貨50枚、当初の予算より50枚オーバーした金額を支払うことになった。

 これでパーティーの所持金残額銀貨8枚と銅貨が239枚。


 「お客さんたち、武器防具の他に野営用の装備も必要だろ。知り合いの店があるから教えてやろうか」

 「野営ですか?」

 「そりゃそうだ。探索隊の仕事ってのは基本街から日帰りで行けるようなところにはないからな。そんなところに危険生物や亜人が現れて悪さをするようになったら、緊急事態だよ」

 たしかに言われてみればそのとおりだ。日本だって市街地でクマとかイノシシ出たらニュースになるもんな。


 紹介された店は露店ではなくて屋根付きの商店だった。屋根こそついているものの4人入ったら狭くなるような店で商品らしきものはカウンターの向こうに積まれている。カウンターには恰幅の良い店主らしき人物がいて、彼が一人で切り盛りしているらしい。

 「野営で最低限必要なのは毛布と火打ち石です。毛布は一枚銅貨80枚、4枚まとめて買ってくれたら火打ち石はおまけでつけますよ」

 結構な出費でサゴさんはみぞおちに手をあてて、大きく息をついている。胃、痛くなってそう。


 「他にあると便利なのは松ヤニとろうそく、服や鎧につけられる小物入れも便利ですよ。この小物入れはしっかりと閉じられるから、スリとかに狙われにくくなるし、おすすめです。1つ銅貨40枚、4つ買っていただけたらろうそく1本と松ヤニを少々おつけしますから」

 今日、スリに金の袋を取られたばかりのミカさんの目にまた涙が浮かぶ。やめて、この話題は。というわけで口をはさむ。

 「ここまでで合計銅貨480枚。今の俺たちには結構な出費だよね。かといって結局買わないといけないし、切り詰めれば仕事見つかるまでなんとかなるんじゃないかな」

 「うーん、しかし……」

 「サゴ殿は心配しすぎである。今の残りでも1週間はなんとかやっていけるであろう。その間に仕事を見つければいいのだ。黒衣の女神の祝福を受けた我がいれば、それも容易いことよ」

 チュウジも加わる。ミカさんはだまったままだ。自分が原因とか負い目に感じてたらかわいそうだし、サゴさんだって、チュウジだってそれは同じ気持ちのはずだ。はやく決めちゃおう。

 「まぁ、なんとかなるし、なんとかならなかったってそれは仕方ないですよ」

 「そうと決まれば支払い済ませてさっそく仕事を探しに行くのだ。我らの英雄譚サーガが今ここに開幕するのだフフフフフフ……」

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