013 西の市場で腹ごしらえ

 翌朝、訓練所は卒業式?などという式典もなく簡単に解散してしまった。朝食すら出なかった。

 支度金として銀貨10枚(正確には銀貨9枚と銅貨100枚)、短剣を一振りもらった。

 今度は静電気流したりせずにモヒカン教官の手を取って礼をする。


 モヒカン教官曰く、西の市場が探索隊向けの店が多く出ているみたいなので、向かう。

 「新兵は武器の扱いもままならない。だから、ピカピカの武器を買うより、露天で売っている中古で技量を磨くのが良いだろう」

 モヒカン教官の教えである。彼は良い人だし、教官として何かしらの技術を教えるときにはストレートな言い方をしてくれるが、こういうときは大変もってまわった、つまりオブラートでぐるぐるにくるんだ表現をする。要するに俺たちは中古品を買うぐらいの金しか渡されていないということだろう。


 教えどおり西の市場というのに言ってみる。

 パーティーごとに分かれたと言っても、同じ時間に同じ場所を出て同じところに向かうので、なんだか修学旅行みたいだ。


 「おい、朝メシ食ってないから腹が減ってきたな」

 別のパーティーの男が大きな声で言う。彼の名はタダミ、普段から声が大きいが、模擬戦のときは周囲が固まるくらいの大音声を上げたらしい。

 たぶん、スキルだろう。チュウジのスキルでスタミナ吸い取られて意識を失っていた自分はそれでも目を覚まさなかったが、それはすさまじいものだったという。なんでも街の中ではそのスキルを使わないようにとモヒカン教官に厳命されるくらいだそうで、土管のある空き地でリサイタル開くどこかのガキ大将かよとツッコミを入れたくなる。

 

 西の市場にはたくさんの露天が並んでいる。むしろを広げてその上に商品を並べているところも多いが、何かを調理し、良い匂いを漂わせているところも多かった。

 歩いているすぐ横でも大鍋から甘い匂いが漂ってくる。なにかの飲み物らしい。

 「諸君らは朝食はどうするつもりであるか?」

 チュウジがぼそっと質問風味の提案してきたのを、「仕事用の買い物が先だろ」と即座に否定する。そりゃタダミも飯食うと言っていたが、やはり仕事の道具を買うほうが先じゃないかな。

 でも、意外なことにサゴさんはチュウジの提案を支持した。

 「腹が減っては戦は出来ぬっていいますし、そもそも装備を買ったからと言って、その後すぐ収入があるわけでもありませんし」

 むむむ……まったくスキのない正論で黙ってしまった俺をチュウジがあおる。

 「シカタくん、頭良さげなこと言ったつもりなのが、すぐさまぶち壊されて、ねぇいまどんな気持ちねぇねぇ」

 「……すんませんでした」

 うっせー中二病という言葉を飲み込んで素直にあやまる。しかし、腹立つあおり方してくんなコイツ。あおるときだけ口調が変わるとこがまた妙にムカつくし。


 じゃあ、軽く朝飯でもと周囲を観察していると、料理を提供しているところは露天だけではなく掘っ立て小屋もいくつかあるようだ。

 掘っ立て小屋も露天も店の前に椅子をいくつか出しているところが多く、そこに腰掛けて食っていたり、立ち食いだったり、人々は好き勝手に朝食を楽しんでいる。

 別の店のものを持ち込んで座っても、その店のものも買えばそれほど文句は言われないようだ。たいていの人は2つ以上の露店をまわって買い集めた食べ物を好きなところで食べているようだ。

 

 「はぐれたら面倒だし、好きな食べ物買ったら、最後に飲み物っぽいものを売っているこの店に集合しましょう」

 大鍋から甘い匂いを漂わせている露店を指さしてサゴさんが提案する。


 ポケットの中の袋を握りしめながら、露店をめぐる。

 匂いにつられてうろうろしていたら、片手にパンの入った木のバケツ、頭の上に野菜らしきものが入った同じく木のバケツを乗せてうろうろしている若い男がいる。

 人が近づいていくと木のバケツをおろして、中身を見せる。相手が中身のあれこれを指さしていくと、その場で立ったまま器用にサンドイッチを作り始めた。

 ああ、美味そう。

 俺もサンドイッチを注文することにする。

 今、注文していた人が受け取ると、「俺もお願い」と声をかける。

 「はいよ」

 サンドイッチ売りは野菜が入ったバケツを見せる。

 レタスとトマト、タマネギのような野菜だけではなく、大ぶりな卵と青魚の焼いたものが入っている。

 「全部入りで」

 迷うくらいならすべて楽しんだ方が良い。

 俺の注文になれた手付きでバゲットみたいなパンを切る。そこにスライスしたタマネギをスプーンですくうと無造作に放り込み、レタスをしく。焼き魚の切り身を乗せたあとにスプーンで軽くほぐす。トマトを手の上で器用にスライスするとそれを焼き魚の横に挟み込んで、仕上げにドレッシングみたいなソースをかけていく。

 「唐辛子は?」

 「そいつもお願い」

 唐辛子を油と混ぜてペースト状にしたらしきものを小さな容器からすくうと、それもサンドイッチの上にかけていく。

 「銅貨3枚ね」

 銅貨3枚を袋から出して商品と引き換えに手渡す。

 「あんた、新米探索隊員だろ。袋の中身はけっこうな大金だから、不用心に人前で見せちゃだめだぜ」

 たしかにそのとおりだ。俺は若い男に礼を言うと、銅貨をひとつかみ胸のポケットに入れ、他の金は荷物を入れた着替え等を入れた袋の奥底にしまいこんだ。


 集合場所の露店の前に戻って待っていると、しばらくして、サゴさんとチュウジも戻ってきた。

 サゴさんは自前の器に訓練所の定番朝食メニューの粥を、チュウジは昨日食べた豆の煮物とパンをもって帰ってきた。

 3人ともその場で鍋の飲み物を注文して、椅子というか短く切った丸太に座る。

 鍋の中でぐつぐつ言っているのは甘酒のような白いもの。甘い香りのするそのをおたまですくうと、大きめの木のコップに注いでくれた。ちなみ値段は銅貨1枚。

 「あれ?これ甘い……で、もしかして、粥?」

 飲み物はものすごく薄く炊いた粥を甘く味付けしたものだった。

 「粥は塩味しかないのは日本人の思い込みだ。世界各地の食文化を見ていると、甘く味付けをした粥というのは思いの外多く存在する。身近にいた考古学者の受け売りだがな」

 甘粥をふーふー吹いてからちょっとすするとチュウジがつぶやく。

 「そうなんですか。だったら、こちらの粥なしでも良かったかなぁ」

 と食事も飲み物も粥と粥かぶりになってしまったサゴさん。

 「でも、いいんじゃないですかね。これ、粥っていっても米が跡形もないぐらいに薄いし、味も違うし」

 青魚野菜玉子サンドにかぶりつきながら、答える。

 ソースの酸味と野菜が魚の臭みを消していて、大変うまい。ツナ缶以外で魚がサンドイッチの具になるなんて知らなかったな。

 

 最後の一口まで意地汚く腹の中に放り込むと、俺は立ち上がった。

 「さぁ、買い物だ」

 武器と防具の買い物とかまんまRPGだよなぁ。

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