26 標本
子供のころ、昆虫標本って嫌いだった。今でもそんな好きってわけじゃないのは変わらないけど。
嫌い、ってか、なんかかわいそうというか、いたたまれなくなるんだよな。
毒で殺されて、死んでからも見栄えのいいようにあれこれいじくられて、飾り付けられるんだぞ。
まぁ死んでからは意識はないし、そもそも昆虫なんだから生きている間だって何を考えているのかなんておれらには判らないけど、少なくともそんな殺され方はしたくないだろうな。毒殺ってすごく苦しいだろうし。
昆虫図鑑とか、写真を見てもそう思わないんだけど、標本を見るとなんか睨まれているような気さえした。
なんてことを思い出すのは、見せしめのための死体を作り出そうとしているからか。
リカルドの暗殺を依頼した男を“ジャック”が突き止めたのは昨日の事。おれが退院してから三日後だった。
通常は“ジャック”がそのまま男を捕まえるなり報復するなり、なんだけど、今回はリカルドがこちらに任せてほしいと言い出した。
本人が直接報復するのは「こちらに手を出すとこうなる」ってメッセージがより強調されるだろうってことで任された。
相手は異能者でもなんでもない。捕まえるのは楽だった。
アジトに引っ張ってきて、まずリカルドは自分を狙った動機を訪ねる。
淡々と尋ねられて男は震えあがってる。感情的に問われるよりキツいみたいだな。拘束されているわけでもないのに逃げ出すそぶりも見せないほど縮こまってる。
男は小さなシマでクスリを売買していた。版図を広げたくてもたいていの売れるポイントはリカルドの息のかかった売人が抑えている。なので一か月前くらいにリカルドに傘下に入れてほしいと交渉を持ちかけて来たが、あっさりと門前払いを食らった。
男は逆恨みして、リカルド襲撃を暗殺者に依頼した、って流れだ。
ひと月前かぁ、そういや、そんなヤツきてたっけ。
リカルドを見ると、彼も似たような反応だった。
「取引をお断りした小物の顔などいちいち覚えていません」
あはは。ごもっとも。だけどあんたはきっと覚えてるな。
逆恨みして襲ってくるようなヤツなんか傘下に加えられるわけがない。リカルドは人嫌いだけど、人の本質を見る目はあると思う。男を見て引っかかるものを感じたから門前払いしたんだろう。
「おとなしく身の丈にあった商売をされていればよかったものを」
リカルドはおもむろに銃を男に向けて、足を撃った。
男が絶叫を上げ激しく身をよじる。
けど魔王社長は動じない。それどころか笑みを一層深くした。
続けて肩。のたうち回る相手に正確な射撃だなぁ。
冷笑を浮かべたまま、グリップをこちらに差し出した。
受け取るおれの顔にも、きっと似たような笑みが浮かんでるんだろう。
「撃たれたの、この辺だっけな」
男の腹に向けて、トリガーを引いた。
もはや悲鳴をあげる力を失くした男は、やがてぐったりと動かなくなった。
部下に始末を任せて、おれらは会社に引き揚げる。
見せしめのために殺される男も、標本の虫と変わらないのかな。
だったら、毒殺と銃殺、どっちが楽なんだろう。
そんなことを考えていた。
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