28 しゅわしゅわ

 新奈にいなといつものショッピングセンターに買い物に出た。

 夜のタイムセールが終わったころの時間を見計らって店に到着した。

 品揃えは少なくなっているが人目もさほど気にしなくてもいい。……はずだった。


「今日、いつもより人多いね」

 新奈がつぶやくように言う。


「特売の時間延長でもやってたのかな」

 アウリオンもすっかりここでの買い物に慣れた様子で返した。


「あ、あれじゃない?」


 新奈が指さすのは飲料水コーナーだった。賞味期限切れ間近の飲料水を大幅値下げして売り出している。

 人気の品物はもう売り切れているらしく、数本残っているペットボトルにちらりと目を向ける人はいても誰も手に取らない。


「炭酸水かぁ。味付きはよく売れるんだろうけど」


 せっかくだからと新奈が一本を手に取った。


 その時。

 大きな魔力を感じた。


 建物の中なので景色に変化はないが、買い物客が――新奈も気を失ってしまったので「蒼の夜」が発生したことをアウリオンは察する。

 新奈を抱きとめ、周りの安全を確認して棚によりかかるように座らせる。


 どこだ、魔物は。

 マナ・ポケットから剣を取り出してアウリオンは魔物の気配を探った。


 入口付近にそれはいた。

 人型の魔物は狂乱したように剣を持つ手を振り回している。髪は乱れ、目は吊り上がり、口にはひきつった笑みを浮かべて。

 そばには意識を失い倒れている買い物客と、彼の連れなのであろう若い男が恐怖に震えている。


「逃げて!」


 アウリオンは先日の戦いと同じように魔物と若者の間に割って入る。

 魔物の剣を、アウリオンも剣で受け止める。


「早く、逃げてくれ!」


 まだ動こうとしない男に目配せして、語気を強める。

 若者は言葉にならない声をあわあわと漏らしながら床を這う。まさに這う這うの体だ。


 ほっとしたところへ魔物の一撃が飛んできた。

 致命的なダメージは免れたがアウリオンの帽子とサングラスが剣に弾き飛ばされた。こめかみ近くを切られて血が飛び散る。


 意識がある人達から悲鳴があがった。続いて戸惑いの声も。

 どこに何人、意識を保っている人がこちらを見ているのかは判らない。


「戦闘に入る! 近くにいるなら離れてて!」


 大声で警告して、剣を構えなおす。

 出血と痛みが気になる。

 早く片付けてしまいたい。


『拘束』


 魔法を唱えた。効いているみたいだが期待しているほどに相手の動きは鈍らない。

 ならば。


『燃やし尽くせ、火炎!』


 攻撃魔法を放つ。

 ダメージはさほど高くはなさそうだが相手の動きが鈍くなった。炎に苦手意識があるのか。


 チャンスだ。

 アウリオンは大きく一歩を踏み出して、剣を横薙ぎに振るう。


 確かな手ごたえ。

 胸を切り裂かれた魔物は咆哮とも呼べる叫び声をあげて、消えていった。


 大きく息をついて、剣をマナ・ポケットにしまう。


 倒れていた人達が目を覚まし、体を起こし始める。

 アウリオンが受けた傷は消えたが、ダメージに見合った疲労感がどっと体を襲う。

 吐息に声が混じる。

 早く帰って体を休めたい。


「あの髪と目の色……」

「どこの言葉か判らなかったし、まさか、……異世界人?」


 そんな声が聞こえて、アウリオンははっとする。帽子とサングラスを拾って髪と目を隠した。


 誰もが、いろいろな感情が混じった目でアウリオンを見ている。

 助けてくれた感謝よりも、正体の判らない相手に対する不安の方が大きそうだった。


 まるで炭酸水がしゅわしゅわと勢いよくはじけるように、アウリオンの平穏な日常が崩れていくような感覚がした。


『異世界人だと知られたらここには居づらくなるだろう。残念だけど、日本人はよそ者に厳しいんだ』


 りつの言葉が重く胸にのしかかった。

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