21 短夜

 アウリオンがテレビを見ていると、新奈にいなが自室から出てきて隣に座った。

 課題をしなければならないと部屋に引っ込んだのだが、できたのだろうか。

 それにしては難しい顔をしている。


「課題、終わったのか?」

「ううん、うまく浮かばないから気分転換」

「浮かばないって?」

「俳句を詠むの。けどなかなかいいのが浮かばなくて」


 日本文学という講義で俳句を詠んできなさいという課題が出たのだそうだ。


 俳句とは、五、七、五で情景や心情などを表すのだという。ただ音の数をあわせればいいというわけではなく、季語を使わなければならない。


「季節を表す言葉なんだけどね。今回、課題になってるのが短夜なの」

「ミジカヨ?」

「短い夜のこと。夏は太陽が出ている時間が長くて夜が短いから夏を表す季語なんだって」


 新奈の説明に、アウリオンはふぅんと相槌をうった。


「つまり夏の夜の出来事をそのハイクというのにすればいいんだな」

「そう。一言でいっちゃえば簡単なのにねぇ」


 苦笑して、新奈はテレビ画面を見た。

 だが番組の内容を把握しようとしている顔ではない。

 気分転換と言いながら彼女は一生懸命俳句を考えているのだろう。


 夜の出来事か、とアウリオンは心の中でつぶやいた。

 ここに来て印象的だったのは、隣の子供達との花火だ。

 勢いよくきれいな火花を散らす花火もよかったが、線香花火のような繊細なものを子供達が宝物を扱うようにそっと手に持っていたのがほほえましい。


「花火、綺麗だったな」


 何かのヒントになればと思って、つぶやいた。


「花火かぁ。そうね。三兄妹ちゃん達も可愛いしね」


 新奈がいつもの笑顔になった。


「花火ね、うん、こんな感じかなぁ」

 新奈は手近にあったメモ用紙にさらさらと言葉を書いた。

「よぉし、これでいこう。ありがと、リオン」


 どうやらいい俳句が浮かんだようだ。


「どういたしまして」

「よぉし、課題もできたことだし、シャワー浴びてくるね」


 新奈はご機嫌な様子で自室に引き上げてから、バスルームに向かった。


(……あれ、ハイクの紙を置きっぱなしだぞ)

 書いて安心したのか、とアウリオンは笑った。


「なんて書いてあるんだ?」


 つぶやいて、翻訳の魔法陣の上に新奈の俳句を置いた。



“短夜に咲くは花火と恋慕かな”



 意味を調べて、大体の訳を知って、どきりとした。


 短い夜に咲くのは花火と恋心だ。

 大まかな意味としてはこんな感じだ。


 もしかして、新奈は自分のことを好きになってくれたのか。

 そう思うと嬉しいが、いや、単に俳句の情景として詠んだだけに違いないと思い直す。

 変に期待すると違った時のショックが大きくなるだけだ。


 翻訳の魔法陣をそっとしまって、アウリオンは俳句を見なかったかのようにテレビ画面に視線を戻した。

 番組の内容は全然頭に入ってこなかった。

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