08 さらさら

「俺が元々いた星はもう、ないんだ」


 端的に答えを返しながら、アウリオンは自分がエルミナーラに召喚された時のことを思い出した。


 もう、一年近く前になるのか。

 学校からの帰り道。突然足元が輝き奇妙な模様が浮かび上がった。


 今ではそれが魔法陣であることが判る。


 なんだこれはと友人らと騒ぐ中、自分だけがそこへ吸い込まれていく。


「どうか我々の世界を魔物の脅威から救ってほしい」


 暗い空間の中で召喚者の声を聞きながら、アウリオンはふと自分が来た方を顧みた。


 アウリオンがいた世界は、崩れ去っていったのだ。


 建物が崩壊していく中、人々が逃げ惑い、割れ続ける地面に吸い込まれるように落ちていく。


 ただのイメージではないとアウリオンは察した。


 エルミナーラに到着し、召喚者に今見た景色を告げたが彼らは首をかしげるばかりだ。


“駒を呼び寄せるのに盤がひっくり返ったか。多少の犠牲は致し方あるまい”


 男の声が聞こえた。


 駒? 盤?

 それが自分と、自分のいたストラスを指しているのだとすぐに察した。


 かっと怒りがこみ上げる。


 声がしたのは召喚された神殿の奥の扉の向こうからだ。

 睨みつけた。


 すると、奇妙なビジョンが頭に浮かんだ。

 美しい女性が、蔓のようなものでからめとられている。


 声の主か?

 しかし声は男だった。それにあれはどう見ても囚われている者の姿だ。


 すぐに頭の中の映像は消え去った。


「あそこは?」

「神の間です。普段は閉じていますが祭事の際には開きます」

「この世界の神は、女神?」

「いいえ」


 囚われているふうであった女性が誰なのかは判らない。もしかすると、神にささげられた供物なのか。


 だがはっきりしているのは、この世界では、他の星を滅ぼしてでも戦える者を異世界から召喚しているということだ。そして神はそれを「多少の犠牲」だという。


 こんな世界のために戦う気など、さらさらない。


 一度は戦いを拒んだアウリオンだが、魔物に襲われ犠牲になる人達を見て、彼らのために戦うことにした。世界や神のためではなく、助けを求める人達のために。


 それでも不本意だ。だがアウリオンが戦わなくてもストラスが戻るわけではない。

 エルミナーラにしか居場所がないのなら、そこを守らねばならない。


 そんな複雑な思いを抱きながら、戦い続けてきたのだ。


 アウリオンはとつとつと話していた。


「そんなの……、ひどい……」


 新奈の声に涙が混じった。

 驚いて彼女を見ると、ハンカチで涙をぬぐっている。


「リオン……、つらかったね。つらいよね。もう、そんな世界に無理に戻らなくってもいいよ」


 顔を上げ、アウリオンをじっと見つめる新奈の黒髪が、夜風にさらさらと揺れた。


「ずっと、ここにいていいよ」


 泣き笑いの新奈に、アウリオンは、それもいいなと思った。


 だが自分がここにとどまるにはいろいろと問題がある。


 いつまでも新奈の世話になるわけにもいかないし、職を探すにしても異世界人である自分が働ける場所なんてあるのだろうか。


 これからのビジョンが不鮮明すぎる。

 だが今は、新奈の優しさに触れていたいと、うなずいた。

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