放課後の二宮さん

阿久 朱美

 「あっ」

 帰宅後、私は鞄を見て驚いた。宿題の算数のノートを、学校に置き忘れてしまった為だ。よりにもよって、『2組強化週間』の最中にだ。


 『2組強化週間』とは、私達5年2組が優秀になるための一週間というわけだ。授業に遅れないのは勿論、欠席無し、宿題はその日に全員提出。体育も音楽も、苦手でも真面目にやる。そう約束したのだ。学級委員の私と皆で。

 

 「これで私が破るなんて、あり得ないっての」

 私は一人で呟きながら、校門までやって来た。まだ日が暮れる前だ。怖くなんて無い。

 私はそっと校舎へ向かった。その最中、中庭の二宮金次郎像と目が合った気がしたけど、ノートの事があるため、無視してクラスへ向かった。


 「あれ……」

 教室の一番廊下側の列で前から二番目の机が、私のそれだ。机の右横のフックにつけた目印、黄色のキラキラな丸い飾りの付いたヘアゴムもある。なのに、机の中に入ってるはずの水色のノートが無い。

 先月お小遣いで買ったばかりのノートなのに、失くしてしまった。ショックだけど、宿題をやるのが大事だ。もう一冊買っておいた新しいノートを使うか。と思いながら、私は教室を出た。


 「五常を知らねぇって、どうなってんだべ」

 

 聞いたことの無い声がして驚き、私はそっと西側を見た。すると、そこにあるはずの二宮金次郎像が無くなっていた。

 「仕方ねぇ、教えるからよぉく聞いとけよ、累とやら。むっ、お前も聞いてくっぺ」

 ぼろの着物を着た同い年くらいの男の子が、私を見て言った。私はそっと近寄ると、足元には岸田 累きしだ るいがいた。

 「げっ……」

 「何よ」 

 無愛想で近所の家に住んでいる同じクラスの男子だ。私もあんたが嫌いよ。と頭の中で思いながら、私はその場に座った。

 「五常とは、『仁』の心をもって立場をわきまえて貸し、『義』の心をもって正確に返す、その時『礼』の心をもって心を配り、『智』の心をもって借りたものを動かし、『信』の心をもって約束を守る。と、こういうものだべ」

 「……よく分からないけど、借りたものは倍返しってこと?」

 「その上、借りたものから学べって事だろ」

 私と累がそう言うと、男の子は大きなため息をついて言った。

 「色々違ぇけど、お金の話だからな……子どもに分からなくても仕方ねぇべ」

 「貴方も子どもでしょ」

 「見た目だけだべ。頭は尊徳のままだが……金次郎に戻るのも、楽しいな。悪くねぇっぺ」

 「えっ、金次郎って……」

 私が呟くと、男の子は笑って言った。

 「おらは二宮金次郎だ。よろし……あれ?」

 私と累は、校門まで走って逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る