第11話 武器・防具屋にて


「こんにちは」


 剣と盾のオブジェが飾られたドアをくぐると、気立ての良さそうな店主が挨拶を向けてくれる。


 アンテリアに帰ってきた俺はひとまず、お荷物のサクラ後輩を部屋に寝かせ、テンプル支部にゲンさんを預けた。そして現在、支部の近くにある武器・防具屋に立ち寄った。


 魔物達のおかげで多少ギリーが増えたとは言え、武器や防具といった装備品となると、正直中古の粗悪品ぐらいにしか手は出ないだろう。


 しかし、魔物が落とした角や牙などが高く売れるかもしれないと考え、やってきたのだ。そのまま加工して、ナイフやブーメランとして販売している武器屋は少なくないからな。


「今日は何かお探しですか?」


 それとなく店内を見て回っていると、店主が声をかけてきた。


「あんまり手持ちがないもんでさ。だけど、もしおたくがこれを高く買ってくれれば……剣の一本ぐらいは、買えるかもしれないね」


「おやおやお客さん、商人相手に商売を吹っかけるとは」


「はは、適度にこういう客がいたほうが、店主さんも退屈しなくていいでしょう?」


「ほほ、それは気を使っていただいて。どれ、さっそく見せていただいてもよろしいですかな?」


 店主は言うと、俺が手に持った小袋を指さした。

 俺は店主のいるカウンター台の上に、中身を出す。


「ほほう、これはブルースライムの牙ですなぁ……こっちは、ワイルドウルフの毛皮に爪……お、アンテリアライノゥの角もありますなぁ」


 我ながら、中々の成果である。

 傍若無人の後輩がいなければ、もっと成果は上がったろう。


「これだけあれば、ざっと見積もっても1000ギリーはお出しできますよ」


「んー、1500にならない?」


「お客さん、それはさすがにぼったくりってやつです。出せても1200だ」


「1300!」


「じゃあ1250ギリーで手を打とう」


「商談成立ってことで」


「お客さん、商売上手だねぇまったく」


 言って、俺は店主と握手を交わす。こんな感じのやり取りも、適度にする分には店側も楽しんでくれる。

 カウンターの下から出された銭袋を受け取り、中身を確認して「毎度あり」と笑うと、店主も苦笑した。


「ところで、この地域の正勇者ってのはどんな人だったんだ?」


 俺が持ち込んだ商品の検品をはじめた店主に、それとなく聞く。今回の派遣には、正勇者が行うべき業務代行の他に、その正勇者自身を見つけ出すことも含まれている。


 ここで情報収集しない手はない。


「あー正勇者様か。一度、ここにも顔を出してくださったんだけどねぇ。本当にどこに行ってしまわれたんだか」


 店主は忙しなく手を動かしながら、有益な情報をくれる。


「ここに来たのか? いつ? どんな感じだった?」


「あれは、一週間前ぐらいだろうか。今よくよく考えれば、そのとき既に正勇者様の表情は浮かない感じだったなぁ。なにか、人目を気にするように、ローブを目深にかぶって来店されてね」


 ここで店主は手を止めて、思い出すように虚空を見上げる。


「店に入ってすぐ、お顔を見て気が付いたけれどね。ふらりと訪ねて来た割には大荷物で、お持ちだった武器と防具を、一式売っていきなさったよ。お客さんと違って、値切ったりふんだくったりもせずにね」


「俺はしがない派遣だからな。適度にケチなんだ」


 そんな風に応じてから、ふと考える。なぜ、武器と防具を売り払う?

 この辺りは最近、魔物が大型化していると聞く。今日戦った感じだと、そこまで苦戦するほどでもないが、さすがに無防備な状態でいつまでもウロウロしていられるほど、平和でもない。


 ひのきのぼうですら、あれば有り難いぐらいだ。


「いやーさすが正勇者様で、とんでもなく高価で貴重な武器防具をお持ちだったよ。状態も良くて、買い取ってすぐに売れてしまったしね。でもねぇ、さすがに一本だけ、値段を付けられない剣があってね。長年この商売やってきたけど、さすがにあの手の剣を持ったのははじめてだよ」


 どこか興奮気味に語る店主。商人は一度勢い付くと、一人で色々と喋ってくれるものだ。


「その剣っていうのは?」


「この辺りの伝承に伝わる、巨人族との死闘で使用されたという『きょじんのつるぎ』ですよ。元々は、アンテリアから南東に行ったところにある『孤独の塔』に封印されてたらしいんですけどね」


 ほほう、『きょじんのつるぎ』か。

 確か、そういった“伝説の武器”を収集することも、今回の業務には含まれていたな。


 というか、巨人というぐらいだから、いかにも馬鹿でかい感じの剣を想像してしまうが、店主が持ったと言うのだから、そこまで大きくはないのだろうか。


「まさか、各所に眠るとされる伝説の剣の一本に触れられるとはねぇ。なにせあの手の武器には、失われし先人の技術が宿っているという噂だからね。魔具を作る技術と同系統らしいんだけど、恐らくは『きょじんのつるぎ』にも、何かしらの特殊な力が宿っていたと思うんだよ。商人としての勘が、持った瞬間そう告げてきたものなぁ。でもまぁ、私が触っても、なにも起こらなかったんだけれど」


 興奮が蘇ってきたかのように、店主は滔々とうとうと語り続ける。

 それにしても、だ。


「その剣とやらは、正勇者が持って帰ったのかい?」


「ええ、そりゃ。さすがにあんな剣、店に置いておくわけにはいかないですしね。テンプルの関連施設に持って行けば、博物館にでも飾ってくれるんじゃないかとは話したんですけど、正勇者様、何か事情があったのか『テンプルの施設にはできるだけ近付きたくない』と仰ってね。で、仕方ないってことで、渋々持ち帰っていただきました」


「ほほう……」


 この店に正勇者がやってきたのは一週間ほど前。正勇者が行方不明となり、テンプルに今回の依頼が舞い込んだのは、マリアンヌさんの発言から推測するに十日以上前。


 ということは。


 正勇者は、自分の捜索依頼が出されたことを承知していたから、テンプル関連施設には近付けないと言っていたに違いない。それなのに、人目につく危険を冒してまで、武器や防具を売り払って金を作ろうとした。


 それはつまり、どういうことか。

 ……うん、わかんない。


「そっか。貴重な話をありがとう。また来るよ」


「え、ちょ、お客さん! 買い物しないのかい?」


「次の機会にとっておくよ」


「こいつはやられたなぁ~!」


 定型句のような会話を交わして、俺は武器・防具屋を出た。カランカランと、ドアベルが小気味の良い音を奏でた。


「ひとまず、宿屋に戻るか」


 少しだけ心強くなった銭袋を腰のポーチにしまい込み、俺は宿屋へ向かって歩き出した。

 アンテリアの高い城壁に切り取られた空は、暗くなりはじめていた。



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