3974話

GWなので、最終日の6日まで毎日2話ずつ投稿します。

こちらに直接来た人は前話からどうぞ。


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「二日後にガンダルシアに戻ろうと思う」


 そうレイが言ったのは、焼きうどんを食べてから数日が経った頃だった。

 その日の夕食は、ヴィヘラが鉄板を使って作った焼きうどん。

 数日前にレイが作ったのと同じメニューなのだが、料理というのは作る者の腕次第で味が変化する。

 実際、ヴィヘラが作った焼きうどんは、レイが作った焼きうどんよりも明らかに美味い。

 そんな焼きうどんを食べながら、レイは二日後にガンダルシアに戻ると口にしたのだ。


「随分と急だな」


 エレーナのその言葉に、他の面々も頷く。


「そう思うかもしれないけど、何だかんだでもう結構ギルムにいるしな。……十、十二……十五日か?」


 ギルムに帰ってきてからの日数を数え、そう言うレイ。

 元々夏にはギルムに戻ってくるつもりであったが、実は十日程度でガンダルシアに戻るつもりだった。

 だが、やはりギルムはレイにとって自分の故郷という思いもあって、ゆっくりとしてしまった。

 このままゆっくりとし続けていれば、そのうちガンダルシアに戻りたくなくなる可能性すらあった。

 それだけに、レイはそうなる前にガンダルシアにしっかり戻る必要があると判断したのだ。


「あれ、もうそんなになるのかしら? ……ああ、でもそうね。こうして家に帰ってくるとレイがいるのに慣れていたから、その辺はあまり気にしてなかったわ」


 マリーナの言葉に、他の面々も同意するように頷く。

 レイがいるは、少し前……レイがガンダルシアで教官をやる前までは、普通だった。

 だが、ガンダルシアで教官をやるようになってから、レイがいない日が続き、そして夏ということで戻ってきて、またレイがいるのが日常となった。

 だからこそ、またレイがいなくなるというのを残念に思うのは仕方がない。

 せめてもの救いは、レイがガンダルシアに戻るというのを素直に許容したというところか。

 女として、想い人とずっと離れるというのは決して嬉しいことではないのだから。

 ……もっとも、レイに恋心を抱いているのはあくまでもエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人で、それ以外の二人、アーラとビューネはレイに好意を抱いてはいるものの、それは男女間の好意ではなく、友人や仲間に対する好意だ。


「悪いな。生徒達のことを思うと、いつまでもギルムにいる訳にもいかないし」


 こうしてギルムにいる間にも、冒険者育成校の授業は進んでいる。

 模擬戦については、領主の館で行われている訓練に参加することによって、あるいはニラシスと行うことによって問題はない。

 だが、授業……座学の類は違う。

 こうしてギルムにいる間にも、授業は毎日行われているのだ。

 また、ガンダルシアの冒険者として、ダンジョンに挑戦するというのもある。

 一応、ダンジョンに挑戦ということでは、トレントの森に出来たダンジョンに挑み……それどころか攻略すらしたものの、そのダンジョンが本当に出来たばかりのダンジョンだったということを考えれば、アーヴァイン達の経歴としてはともかく、授業的な意味合いではそこまで為になるダンジョンだった訳でもない。

 そんな諸々を考えると、やはりレイとしてもそろそろガンダルシアに戻った方がいいのではないかと、そう思えるのだ。

 ……それ以外にも、レイがダンジョンを攻略したいと思っているのも理由にあったが。

 迷宮都市にあるダンジョンだけあって、マジックアイテムがそれなりに豊富にある。

 これはレイにとって嬉しいことだった。


「レイの様子を見ると、ガンダルシアのダンジョンというのは面白そうなのだろうな」


 エレーナがそう呟く。

 エレーナの正直な気持ちとしては、レイと一緒にダンジョンに挑みたい。

 だが……そのダンジョンがギルムの近くにあるのならともかく、そうではない以上、どうしようもない。

 まさか、エレーナがガンダルシアまで行く訳にもいかないのだから。


「面白い……うーん、面白いか、それはどうだろうな。マジックアイテムが入手しやすいという意味では嬉しいけど」


 特に、現在レイは十五階の溶岩の階層まで進んでいる。

 そこまで来ると、他の冒険者の数も大分少なくなっているので、宝箱はかなり見つけやすい。

 ……もっとも、十五階まで来られるだけの冒険者ともなれば、宝箱を見逃すことも少ないし、開ける技術も持っている。

 レイとセトが以前見つけた、溶岩の川の中州にあったように、技術ではどうしようもないような場所にある宝箱なら、レイやセトにとっては美味しいのだが。


「増築工事の件がなければ、私も行きたいのだけど」


 レイとエレーナの話を聞いていたマリーナが、残念そうに言う。

 マリーナの精霊魔法は、増築工事をする上で大きな役割を持つ。

 勿論、マリーナがいなくても増築工事を進めることは出来るが、そうなると怪我をした者がすぐ現場に復帰するといったことが出来ない以上、どうしても人員が減る。

 ポーションの類を使えばそれも可能だが、診療所で治療が必要な怪我を全てポーションで治療するというのは難しいだろう。

 やってやれないことはないだろうが、そうなるとポーションを購入する費用がとんでもないことになる。


「マリーナがいなくなると、現場はもの凄い混乱するだろうな」

「マリーナの精霊魔法は、とんでもないからな」


 レイの呟きにエレーナが同意する。

 最早万能と称してもいいのではないかと思えるくらい、マリーナの精霊魔法の技量は高い。

 それを思えば、マリーナがいなくなった場合の影響は本当に大きいだろう。


「あら、エレーナは立場からレイと一緒に行くのは無理。マリーナは精霊魔法でレイと一緒に行くのは無理。……でも、私ならレイと一緒に行っても問題はないんじゃない?」


 そう口にしたのは、ヴィヘラ。

 実際、エレーナやマリーナと違い、ヴィヘラは絶対にギルムにいなければならないという理由はない。

 やってる仕事は基本的にギルムの見回りが大半なのだから。

 そしてギルムの見回りについては、別にヴィヘラがいなくても問題はない。


「そんな訳ないでしょ」


 既に心の半ばまでレイと一緒にガンダルシアに行くと決めていたヴィヘラだったが、そこにマリーナからの突っ込みが入る。


「む、何でよ」

「あのねぇ……ギルムの見回りだけなら、確かにヴィヘラがいなくてもいいわ。けど、妖精郷の件はどうするの?」

「う……それは……」


 そう言われると、ヴィヘラも反論は難しい。

 それでも何とか反論すべく、口を開く。


「で、でも、ほら。別に妖精郷に行くのは私だけじゃないし」

「そうね。でも、妖精郷に行ける人はそもそもそんなに多くはないでしょう?」


 マリーナの言葉は事実だった。

 ダスカーが妖精郷に行って、長との交渉をした。

 それによって、レイ以外にも妖精郷に行ける者が増えたのは間違いないが、その人数は決して多くはない。

 何しろ、妖精郷で何らかの騒動を起こした場合、もしかしたらギルムと妖精郷の関係が白紙に戻る可能性もある。

 いや、それどころか妖精郷の場所が移る可能性すらあった。

 そんなことを考えれば、やはり迂闊な者を妖精郷に向かわせることは出来ない。

 そういう意味では、レイの仲間であるヴィヘラは妖精郷に派遣出来る人物としてはかなり優秀な人物だった。

 マリーナが見たところ、ヴィヘラがいなくなるのはダスカーとしては出来れば避けたいと思っているだろう。

 ……ヴィヘラの正体――出奔したとはいえ、ベスティア帝国の皇族――を考えると、妖精郷に行かせるのはどうかと思わないでもないマリーナだったが、それでもヴィヘラが妖精郷で受け入れられているのは事実。

 最初はレイの仲間だからというのもあったのだが、今となっては違う。

 今はもう、ヴィヘラそのものが受け入れられているのだ。


「となると、やっぱりヴィヘラも無理だな」

「えー……」


 レイの言葉に不満そうに声を上げるヴィヘラ。


「ヴィヘラがガンダルシアに来たら……間違いなく騒動になるだろうな」


 ヴィヘラがギルムに来た時も、最初は結構な騒動が起きた。

 具体的には、ヴィヘラの美貌と踊り子や娼婦のような薄衣から、一晩楽しもうと言い寄ってくる者が多かったのだ。

 言葉だけで言い寄ってくる者がいるだけなら、まだいい。

 中には力で強引にヴィヘラを自分の女にしようとした者すらいた。

 ……もっとも、そのような者が最終的にどのような目に遭ったのかは、ヴィヘラの性格を考えればすぐに分かることだが。

 ただ、そのようなことがあっても暫くの間はヴィヘラを手に入れようとする者が多く、同じような騒動が何度も起きた。

 今となってはヴィヘラの戦闘狂振りも多く知られているので、以前からギルムに住んでいる者でもうヴィヘラにちょっかいを掛けるような者は基本的にいない。

 ただ、増築工事の仕事を求めてギルムに来ている者達の中には、血迷って……あるいはヴィヘラの魅力に惹かれて、ちょっかいを出すような者も多かったが。

 それでも事情を知ってる者の多くが止めるので、実際に被害に遭った者は決して多くはない。

 だが……そんなヴィヘラのことが殆ど知られていないガンダルシアにヴィヘラがいたらどうなるか。

 まず間違いなく、ヴィヘラに言い寄って断られ、それでも諦めずに力ずくでどうにかしようとして、怪我をする者が続出してもレイは不思議に思わなかった。


「妖精郷の件もあるし、取りあえず今回は諦めるということで」

「むぅ……」


 レイの言葉に不満そうな様子のヴィヘラ。

 当然だろう。戦闘狂のヴィヘラにしてみれば、ダンジョン……それも迷宮都市を作れる程のダンジョンのある場所に行けるかもしれないのだ。

 もしそうなれば、思う存分戦える。

 また、強敵との戦いがそこにはある筈だった。

 ……勿論それだけではなく、レイと一緒に行動出来るというのも、大きな理由だっただろうが。


「諦めるんだな」


 エレーナがそう言うと、マリーナもそれに頷く。

 エレーナとマリーナにしてみれば、本来なら自分もレイと一緒に行動したい。

 だが、自分達は立場や仕事でそう出来ないのに、ヴィヘラだけがレイと一緒にガンダルシアに行くというのは、許容出来なかった。

 これで、もしエレーナやマリーナも一緒にガンダルシアに行けるのなら、二人も反対はせず、寧ろ一緒にガンダルシアに行くように賛成していただろうが。

 渋々……本当に渋々とだが、ヴィヘラはレイと一緒にガンダルシアに行くのを諦めるのだった。






「え? 二日後か? また、随分と急だな。……教官としては俺も反対はしないが」


 領主の館で寝泊まりしているニラシスは、二日後にガンダルシアに行くという言葉にそう返事をする。

 言葉通り反対はしていないが、驚いたというのは間違いではない。


「何だかんだと、もう結構長い間ギルムにいるしな。これからのことを思えば、そろそろ戻った方がいいと思って。それに……生徒達もそろそろガンダルシアに戻りたいと思うんじゃないか?」

「それは……どうだろうな。俺が見た限りでは、ギルムでの生活を満喫しているように思えるが」


 ニラシスの言葉通り、生徒達はギルムでの生活をそれなりに楽しんでいた。

 依頼そのものは、ギルムの中でやるものだけだったが、それでもギルムには多種多様な依頼がある。

 増築工事の手伝いから、少し変わったところでは倉庫の掃除といったものや、庭の草むしりといったものも。

 依頼以外にも、低ランク冒険者との戦闘訓練に参加したりといったこともあった。

 ガンダルシアとは違う、ギルムという冒険者の本場での生活を、アーヴァイン達は存分に楽しんでいた。

 だからこそ、そろそろガンダルシアに帰ると言っても、素直に頷くかどうかはわからなかった。


「どうする? ニラシスの方から話がしにくいのなら、俺の方から話すけど」

「……いや、俺が言う。元々、レイはあくまでも故郷に帰ってきたのであって、俺達はそれについてきただけだ。そうなると、お目付役……いや、引率の俺が生徒達に話すべきだろう」

「ニラシスがそう言うのなら、俺は別に構わないけど」


 レイにしてみれば、その件についてはそこまで気にしている訳ではなかった。

 もしニラシスがどうしても言うのを嫌なら、自分が変わってもいいとすら思っている。

 とはいえ、ニラシスが言うと決めたのなら、ここで自分が口出しをする必要はないだろうと思い直したが。


「じゃあ……今日は確かギルドでランクの高い冒険者と模擬戦をやるって言ってたから、帰ってきたらその件については話しておく」

「頼む。二日後の朝になったら領主の館に来るから、それまでに荷物は纏めておいてくれ。土産とかもそれなりに買ったんだろう?」

「あー……悪いな」


 レイのその言葉に、ニラシスは困ったように笑うのだった。

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