3292話

 見張りの部屋から出たレイとマリーナ、そしてドラゴンローブの中に入っているニールセンは、洞窟の中を進む。

 既に部屋から出てそれなりに時間が経っている為に、ヌーラの声も聞こえてこない。


「ニールセン、ドラゴンローブの中から出なくてもいいのか?」

「いいわよ、またあんな人がいたら嫌だし」


 ニールセンの言うあんな人というのが、誰を示しているのかはレイもマリーナもすぐに分かった。

 そもそも隠すことなく、ニールセンがその人物……オーロラに苦手意識を持っていると態度でしめしているのだから、それが分からない筈はない。


「けど、何でそこまでオーロラが苦手なんだ? 色々と特殊……というか覚悟が決まっていてどこか壊れているところがあるように見えるけど、話は普通に通じるだろ」

「レイには分からなかったの? あの人の異質さが」


 そう言い、ドラゴンローブの中に引っ込むニールセン。

 レイに言っても自分の言葉は理解されないと判断したのか、それとももっと別の理由からか。

 ニールセンの考えはレイにも分からなかったが、レイは隣を歩くマリーナに視線を向けて視線で尋ねる。

 だが、マリーナはレイに視線を向けられても首を横に振るだけだ。

 もっとも、そこにはニールセンの考えを理解しつつも、それを理解出来ないレイに対する呆れの色もあったが。

 マリーナはニールセンの気持ちを理解していたが、この件については自分が教えるよりもレイが自分で気が付く必要があると考えたらしい。

 しかし、レイはそんなマリーナの様子に気が付くことなく、単純にマリーナも理解していないのかと、そう判断するだけだ。


「異質というか、色々と思うところはあるけどな。とにかく尋問をするのは難しいのは間違いない。それについては俺の尋問の仕方も悪かったのかもしれないな」

「そうね。レイがもう少し上手い流れで尋問をやっていれば、恐らくだけどオーロラに覚悟を決めさせるようなことはなかった筈よ」


 マリーナの言葉に、レイは少し困った様子を見せる。

 自分でも言ったが、実際に自分の尋問の仕方が不味かったのは十分に理解しているのだ。

 そんな困った様子のレイだったが、やがて進んでいる先に何人もが倒れている場所を見つけると口を開く。


「俺達が戦った場所だな。……そうだな、マリーナ。今なら精霊魔法を使えるか?」

「え? うーん……まぁ、今は穢れはいないから多分大丈夫だと思うけど。何をするの?」

「気絶している連中が目覚めるのをもっと遅くしたい。具体的には、眠らせるといった感じで」

「必要あるの?」

「死んでる奴ならともかく、生きてる奴が目を覚まして騒いだりすると面倒なことになりそうだろう? なら、そういうことがないようにしておきたい。ここにいて騒いでも特に問題はないと思うけど、念の為だな」


 これからレイ達は洞窟の奥……オーロラを含めた者達が暮らしている場所に向かおうとしている。

 そうである以上、ここで気絶していた者達が騒いでも特に問題はない。

 だが、それでも……その騒動が原因で面倒なことになった場合、ここでしっかりとしておけばよかったと、そんな風に考えたりしかねない。

 なら、後でそのような後悔をしない為にも、ここで相手をしっかりと眠らせておいた方がいいのは間違いなかった。

 そうレイが説明すると、マリーナも納得する。


「そうね。ここで放っておいて、後でまた穢れを使える相手がやって来て、その結果として精霊魔法を使えなくなったりしたら……そう考えると、少し怖いし」

「だろう? だから頼む」

「任せておいて」


 マリーナはレイの頼みに頷くと、精霊魔法を使う。

 すると地面に倒れている中で縛られている者達……まだ生きているとニールセンが判断した者達の顔を緑色の霧が包み込む。

 すると、縛られていた者達は全員が深い眠りに落ちることになる。


「ふぅ……」


 精霊魔法を使い終わったマリーナの顔には、明確な疲れがあった。

 それを見たレイは、無理をさせすぎたか? と判断してミスティリングから取り出した果実水を渡す。


「大丈夫か? やっぱり穢れがいなくても精霊魔法を使うのは厳しかったとかか?」

「そうね。穢れはいないけど、その気配があるのが影響してるから、精霊魔法を使うのが難しかったのは事実よ」


 普段であれば、マリーナはこの程度の精霊魔法の使用で疲れることはない。

 それこそ、精霊魔法を使えば出来ないことは何もないのではないか。

 そんな風に思えるくらいに、マリーナは精霊魔法を自由に使える。

 だが、今は違う。

 精霊が穢れの存在を怖がり、本来ならそれこそあっさり出来るようなことを精霊魔法で行うにしても、それだけで大きな消耗をしてしまうのだ。


「いいわよ。レイが言う通りこの人達をこのままにしておけば、面倒なことになったかもしれないし。そうならないようにするには、やっぱりここで私が頑張る必要があったのよ」

「そう言ってくれると助かるよ。それでこの連中はどのくらい寝ている?」

「人によってその辺りは違うからなんとも言えないけど、特に起こすようなことをしなければ一日くらいは寝ていてもおかしくないわ」

「随分と長く寝るんだな」

「深い眠りと言ったのはレイでしょう? それより、いつまでもここにいる訳にもいかないし、そろそろ行きましょう。いつまでもここにいると誰かがここにやってきて、眠っている人達を起こすようなことにもなりかねないし」


 その言葉にはレイも反対ではなく、素直に頷く。


「そうだな。とにかく穢れの関係者の本拠地について、少しでも情報を入手したいし」


 レイはヌーラがこの洞窟の住人にどう思われていたのかは分からない。

 だが、オーロラが住人に慕われているのは分かる。

 そんなヌーラやオーロラ、その二人と一緒に行動していた者達が全く戻ってくる様子はない。

 そのことを心配に思い、捜しにきてもおかしくはなかった。

 そのような者達が来るよりも前に、レイはさっさと進み始める。

 途中でそのような相手と遭遇したら面倒だと思っていたのだが、幸いなことに特に誰かと遭遇することもなく洞窟の奥……住人達が暮らしている場所まで到着する。

 その詳しい場所については、近付いてきたところでニールセンがそろそろだと教えてくれた。

 以前偵察に来た時は飛んで移動していたニールセンだったが、こうしてレイ達が歩く中でも大体の移動距離は把握していたらしい。


「私が襲われた蝙蝠のモンスターのこともあるし、一応気を付けてね」

「蝙蝠のモンスターについては、恐らくニールセンが全て引き付けてきたと思うから、今は心配いらないと思うけどな」


 レイにはニールセンを責めるつもりはない。

 寧ろ大きな感謝すらしていた。

 何しろ未知のモンスターをわざわざ自分の前まで連れてきてくれたのだから。

 ただ、心配もある。

 具体的には、あの蝙蝠のモンスターは決して高ランクモンスターではなかったということだろう。

 これはあくまでもそういう傾向でしかないのだが、魔獣術によって新たなスキルを習得する場合、その魔石を持っていたモンスターのランクが高ければ高い程、新たなスキルを習得出来る確率が高まるようにレイには思えた。

 勿論、低ランクモンスターからは絶対にスキルを習得出来ないという訳ではない。

 実際、ゴブリンの希少種といったモンスターの魔石からはスキルを習得出来ているのだから。

 だからこそ、ニールセンが連れて来た蝙蝠のモンスターの魔石でスキルが習得出来るかどうかは、微妙なところだった。


(その辺は今ここで考えても仕方がないか。それに……チャンスは一度じゃなくて二度あるし)


 普通なら魔獣術によって魔石を使う時は、魔力によって生み出されたモンスターがその魔石を吸収するなり食べるなりすれば、それで終わりだ。

 しかしレイの場合、魔力が膨大だったおかげでグリフォンのセト以外にも、マジックアイテムのデスサイズが生み出された。

 そのデスサイズも魔獣術によって魔石でスキルを習得出来るので、魔石を使ったスキルの習得機会は二度ある。

 そういう意味では、レイは非常に恵まれていた。


「蝙蝠のモンスターの件はともかく、どうやって中に侵入するかだな。……やっぱりここは俺が堂々と正面から村……と呼んでもいいのかどうかは分からないが、とにかく洞窟の奥に攻め込むから、マリーナはその騒動の隙を突いて侵入してオーロラの執務室か何かを探してくれないか?」

「分かったわ。言うまでもないと思うけど、気を付けてね」


 マリーナにしてみれば、レイが穢れの関係者……それも穢れを使えない者が大半の相手に、どうこうされるとは思っていない。

 しかし、それはあくまでも予想だ。

 戦いの中で一体何が起きるのか分からない以上、心配をするなという方が無理だろう。

 レイもそんなマリーナの心配は理解しているので、素直に頷く。


「分かった。出来るだけ気を付ける。……さて、じゃあ行くぞ」


 そう言うと、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にし、人のいる場所に向かって進む。


「ニールセン、お前はマリーナと一緒に行ってくれないか?」

「え? 私? ……まぁ、いいけど」


 そう言うと、ニールセンはドラゴンローブの中から抜け出してマリーナの方に向かう。

 レイとしてはニールセンがいればいざという時に妖精魔法で助けて貰えると思っていたのだが、それならその力をマリーナの為に使って欲しいと考えたのだ。

 先程の気絶している者達を深い眠りに誘った時のように、マリーナが精霊魔法を使うとかなりの疲労がある。

 穢れがおらず、その気配……もしくは残滓があるだけでそうである以上、穢れの関係者が多く集まっているここでも、精霊魔法を上手く使うのは難しい筈だった。

 だからこそ、何かあった時の為にニールセンにはマリーナと一緒に行動して欲しいと判断した。

 ニールセンがレイの考えをどこまで察したのかはともかく、レイ一人だけになった状態で洞窟の中を進んでいく。

 右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍といういつもの二槍流のレイは、当然ながら目立つ。

 その上、住人の中にはオーロラやヌーラを心配している者も多く、いつ戻ってくるのかと外と繋がっている場所を見ている者も多い。

 そんな中をデスサイズと黄昏の槍を持つレイがやって来るのだから、驚くなという方が無理だった。

 武器を……それも見るからに威圧感を与える武器を手にしているレイだけに、本来なら即座にレイを敵として認識してもおかしくはない。

 しかし、オーロラやヌーラ達がいる場所を通ってきたと思しき存在で、何よりも洞窟の中に住んでいることで、危機感の欠如も問題だった。

 穢れの関係者である以上、自分達が生きとし生ける者の敵だというのは理解しているのだろう。

 しかし、それでもこの洞窟の中で暮らしている限りはそこまで切羽詰まったことは今まで起きなかった。


(オーロラとかヌーラから聞いた話だと、この洞窟にいる連中……というか、穢れの関係者に所属している者達の多くは過去に何らかの理不尽な仕打ちを受けたって話だったけど。その割には俺を警戒する様子がないのはどういうことだ?)


 そんな疑問を抱くレイだったが、洞窟の住人達もレイが近付くにつれて怪しい存在だと気が付き始めたのだろう。

 危険を真っ先に察知したのだろう男が走るのを見たレイだったが、それを追うようなことはしない。

 今回必要なのは、洞窟の住人達の注意を自分に向けさせ、マリーナが自由に動けるようにすることだ。

 そういう意味では、レイの存在に洞窟の住人達が集まるのを防ぐ必要はない。

 寧ろそれはレイにとって望むところですらあった。

 そんな中、洞窟の住人のうちの数人が恐る恐るといった様子でレイに近付いてくる。

 一人で近付いてくるのではなく数人で近付いてくるのは、レイが敵であるかもしれないという思いがあるからだろう。

 レイにしてみれば、相手のそういう行動は寧ろ望むところだ。


「お前は……誰だ?」


 レイに近付いて来た男の一人が、恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。

 レイはそんな相手に対し、デスサイズの切っ先を向けて口を開く。


「危機感がないな。俺はお前達の敵だ。穢れの関係者を滅ぼす者。既にオーロラやその仲間は倒した。もうお前達に残っているのは、ここにいる奴だけだと思うぞ」

「な……に……?」


 レイに声を掛けてきた男が、信じられない、理解出来ないといった様子で言う。

 それはレイと話していた男だけではなく、一緒に来た他の男達も同様だ。


「分からないか? なら、もう一度繰り返す。俺はお前達の敵だ。それがどういう意味を持つか……分かっているな?」


 デスサイズと黄昏の槍を手に、レイはそう告げるのだった。

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