3288話

 見張りの部屋の前にヌーラを置いたレイは、早速部屋の中にいる者達……いや、正確にはその中の一人に視線を向ける。

 もっとも、レイに視線を向けられた一人はまだ気絶したままで目が覚めてないが。

 レイが入ってくる少しの間に調整したのか、先程レイが縛った時のように女……オーロラの胸がロープによって強調されている様子はない。


(これは逃げやすいようにしたのは何でかと不満を言えばいいのか? それとも、その辺を突っ込んだ場合は妙な被害に遭いそうなので、黙っていた方がいいのか)


 少しだけ迷ったレイだったが、そんなレイの迷いを見透かしたかのようにマリーナが視線を向けてきたので、沈黙は金と言わんばかりに黙り込む。

 そんなレイを見て満足したのか、それともまずは穢れの関係者についての情報を聞き出すのが先だと思ったのか、マリーナはレイから視線を逸らして口を開く。


「じゃあ、尋問を始めましょうか。ヴィヘラ、オーロラを起こしてくれる?」

「ええ。じゃあやるわよ? 言うまでもないけど、目覚めたらすぐにでも穢れを出してくると思うから、その対処は……レイがするってことでいいのよね?」

「そうなるな。縛られていることに戸惑ってる間に、人質について話すことが出来ればいいんだが。……最悪の場合は手足の一本は切断することになると思うけど、構わないよな?」


 レイの言葉に異論はないと頷くマリーナとヴィヘラ。

 これが、例えば何の罪もない相手を尋問するだけなら、さすがに可哀想だと思うだろう。

 だが、今回は違う。

 オーロラは明らかに穢れの関係者……それも組織の中でも上層部に位置するような幹部なのだ。

 そうである以上、自分の知らない情報を……ヌーラから聞き出せなかった情報も多く持ってるのは間違いないだろう。

 とはいえ、だからといってその言葉を素直に信じることが出来るかと言われれば、それはそれでまた怪しいが。


(もし俺がオーロラのような立場だったら、渋々情報を話すように思わせておいて、嘘の情報を口にしてもおかしくはない。何しろ俺達にはその情報が真実かどうか確認する方法がないし)


 嘘の情報どころか、それどころか何らかの手段を使って組織に情報を伝えるといった方法を使われてもおかしくはないのだ。

 レイにしてみれば、この状況で上手い具合に尋問出来るかどうかが微妙なところだ。


(人質がどれだけの効果を発揮するか、だな。オーロラが一瞬とはいえ隙を見せたのを思うと、この洞窟の住人に強い……かどうかは分からないが、相応の仲間意識を抱いてるのは間違いないし)


 オーロラを見ていたレイがそんな風に考えると、不意にマリーナが口を開く。


「さて、レイ。そろそろオーロラを起こそうと思うんだけど、それでいいかしら?」

「え? ああ、そうだな。起きた瞬間に抵抗を封じる必要があるから、注意する必要があるだろうけど」

「そうね。けど、これは必要よ。少しでも穢れの関係者にとっての情報を入手したいところだし」


 マリーナの言葉にレイは頷き、ヴィヘラに視線を向ける。

 ヴィヘラはレイの視線を受けると、気絶しているオーロラの背中に手を当て、軽く力を入れる。

 特に何か大袈裟な一撃を放った訳ではないのだが、それだけでも十分な一撃となったのだろう。


「ん……んん……」


 ゆっくりと、だが確実に目覚めるオーロラ。

 最初は自分が一体どのような状態なのかが分からず、戸惑った様子を見せたものの……次の瞬間、視線の先にレイが入るのを見て一瞬にして気絶する前のことを思い出したのか、口を開こうとする。


「おっと、そこまでだ。お前が迂闊な行動をしたら、この洞窟に住んでいる者達……特に最初はお前と一緒にやって来た中で生きている連中がどうなるか分からないぞ?」


 レイの口から出た言葉に、オーロラは動きを止める。

 よし、と。レイはオーロラの予想通りの反応に手を握った。

 オーロラが洞窟の住人達に親しみを抱いているだろうと、レイも予想していたのは間違いない。

 しかし、それはあくまでも予想だ。

 実際には違っている可能性も十分にあっただろう。

 だからこそ、レイとしては万が一を考えて何かあったらすぐに行動出来るようにしていたし、もし穢れが出たらヴィヘラによる浸魔掌で倒して貰うつもりだった。

 しかし、オーロラは上手い具合にレイの言葉で行動を止めた。


「人質を取るなんて、随分と卑怯な真似をするね」


 冷静沈着ながらも、その表情には微かな怒りの色がある。

 普段冷静なオーロラがこうして表情に出しているというだけで、オーロラが内心どれだけ怒り狂っているのかを示していた。


「そう言われてもな。俺は別に正義の味方とかそういうのじゃない、ただの冒険者だし」


 卑怯と言われたレイだったが、全く堪えた様子もない。

 そんなレイに対し、オーロラは苛立ちの視線を向ける。

 この状況でオーロラに出来ることは、それだけだった。

 穢れを使っても、とてもではないがこの状況を打破出来るとは思えない。

 先程の戦いの中で具体的に一体何があったのかは、分からなかった。

 だが、聞こえてきた絶望の悲鳴から、何があったのかを予想することは出来た。

 それはつまり、穢れ――オーロラの認識では御使い――を殺されてしまったのだろうと予想は出来たのだ。

 それはつまり、レイ達には御使いを殺す何らかの手段があるということになる。


「冒険者か。それが何故私達に攻撃してくる?」

「勿論、お前達が危険だからだ。穢れ……お前達が御使いと呼んでいる存在がどれだけ危険なのかは、お前達も分かっている筈だろう?」

「……御使いを穢れと言うの?」

「俺達にしてみれば、穢れでしかないからな。その穢れが最悪の結果、どうなるかはそっちでも分かってると思うが?」


 穢れが最悪の場合、この大陸を滅ぼす。

 レイはそれを知っているだけに、とてもではないが穢れを御使いなどと呼ぶことは出来ない。


(もしかしてオーロラはその辺については何もしらなかったりするのか? いや、けど……オーロラはヌーラよりも高位の存在だ。なら、穢れについて普通の者達が知らないようなことを知っていてもおかしくはないと思う)


 そうレイは思っていたし、それはレイだけではなくマリーナやヴィヘラも同様だった。

 オーロラはレイの言葉に納得出来ないのか、睨み付ける。

 その視線には強烈な憎悪すら宿っているように思えた。

 とはいえ、レイとしてはそんな相手の様子を気にするつもりはない。


「そうだな。なら穢れについての諸々を聞くよりも前に、最初に聞いておきたいこともある」

「……聞かれたからといって、私がそれに素直に答えるとでも?」


 絶対に自分は何も言わない。

 そう態度で表すオーロラに、レイは特に気にした様子もなく口を開く。


「お前達の組織名は何ていうんだ?」

「……は?」


 オーロラにとっても、レイの口から出た質問は予想外だったのか、冷静な表情が崩れて間の抜けた声が漏れ出た。

 態度が崩れたオーロラに、レイはこの機会を逃してなるものかと口を開く。


「お前達の組織名だ。今までは組織名が分からないから、勝手に穢れの関係者と呼んでいたが、正式な名称があるのなら、そんな風にいうのはちょっと不味いだろう?」


 これはレイにとっても結構真剣な言葉だった。

 今までは穢れの関係者と呼称していたものの、それが通じるのはあくまでもレイやその知り合い達だけでしかない。

 あるいはレイから話を聞いたダスカーが王都に報告をしているので、王都でも穢れの関係者という名称は通じるかもしれないが。

 しかし、実際に穢れの関係者達の組織名が違った場合、どうするのか。

 色々と混乱することになるのは間違いない。

 なら、今のうちに穢れの関係者達の正式な組織名を知っておけば、後々の面倒を避けられる。

 そう思っての質問。

 勿論実際にはそれだけではなく、答えやすいどうでもいい質問――組織名がどうでもいいとは思わないが、答えやすいという意味では間違っていない――に答えさせることで、レイの質問に答える抵抗感を多少なりとも軽減させるという役目がある。

 そういう考えで尋ねたのだが、オーロラはレイを怪しむように見ながら、レイから少し離れた場所にいるマリーナに視線を向ける。

 本来ならヴィヘラにも視線を向けたのだろうが、ヴィヘラはオーロラの後ろで穢れが出たらすぐ倒せるように準備をしているので、オーロラからは見えない。

 特に気配を消している訳ではないので、オーロラも自分の後ろに誰かがいるのは知っているだろうが。


「そう言えば、貴方はレイなのよね?」


 オーロラはレイの質問には答えず、逆にレイに向かってそう尋ねる。

 レイはそれに気が付いてなかったのか……と思い、すぐに納得する。

 基本的にレイ……深紅のレイと呼ばれている人物は、グリフォンのセトを従魔にしているだが、この洞窟の中にはいない。

 他にも大鎌のデスサイズを武器にしており、黄昏の槍との二槍流だった、マリーナとヴィヘラという極上の美女とパーティを組んでいたり、そのマリーナとヴィヘラがパーティドレスだったり、娼婦や踊り子が着るような薄衣だったり……といった風に特徴らしい特徴は多数ある。

 特に大鎌という非常に使いにくい武器を使うような者は多くない。

 だからこそ、レイは自分の正体について――本人は別に隠しているつもりはなかったが――あっさりと頷く。


「そうだ。俺がレイだ。それで? 俺は質問に答えたんだ。なら、お前も俺の質問に答えてもいいと思うが?」


 あっさりと頷いたレイに、オーロラは相変わらず憎しみの視線を向け……やがて組織名くらいなら問題はないと判断したのだろう。口を開く。


「組織名はないわ。それでも敢えて名前を言うとノーネーム」

「……は? それは本気で言ってるのか?」


 オーロラの口から出た組織名にレイはそう突っ込む。

 組織名のノーネームというのは、名前がないということを意味していた。

 組織名がないというオーロラの言葉だったが、レイとしてはその言葉を素直に信じていいものかどうか迷う。

 普通に考えて、組織名がないというのは有り得ない。

 自分を騙しているのかといった視線をオーロラに向けるレイ。

 だが、オーロラはそんなレイの視線を向けられても、特に気にした様子もなく口を開く。


「嘘だと思うのなら、そう思っておけばいいわ。けど、これが真実であるのは私が知っている。他の誰に聞いても、私の言葉を否定する人はいないでしょう」

「……それは……」


 自信満々で自分達に組織名はないというオーロラ。

 そんなオーロラの様子を見る限りでは、自分が嘘を言っていないと態度で示している。


(組織名がないというのは、有り得るのか? けどオーロラの様子を見ると、それこそ嘘を言ってるようには思えない。部屋の外にいるヌーラに聞いてみてもいいが……今この状況で部屋から出るのは不味いか)


 レイにしてみれば、オーロラがこの状況で嘘を言うとは思えない。

 思えないが、それでもやはり組織名がないと言われれば迂闊に信じられるものではなかった。


「レイ」


 マリーナの言葉に視線を向けると、マリーナは真剣な表情で頷く。

 マリーナもオーロラの言葉を全て真実であるとは思っていない。

 だが、組織名を誤魔化すことにどのような意味があるのか、レイには全く分からなかった。

 ともあれ、レイはマリーナのお陰で動揺を収めると口を開く。


「組織名がないのか。……何故そんなことになったんだ?」

「それを私に聞いても知らないわ。組織名というのは昔からあるものだもの」

「……なるほど」


 昔からあるということは、組織の歴史が相応に長いということを意味していた。

 とはいえ、組織に相応の歴史があるということは、ヌーラからの情報で知っていたが。

 そもそもの話、ヌーラが組織の中でも重要な血筋の者で、一種の特権階級だったのは間違いない。

 そうである以上、組織にはそれが必要となるだけの歴史の長さがあってもおかしくはないのだから。


(とはいえ、俺の血筋の認識とヌーラが言っていた血筋の意味が同じならの話だけど。……実は生贄にする為の血筋だから重要に育ててるとか、そういうことはないよな? ないか)


 自分の中の疑問を即座に否定するレイ。

 もし実際にヌーラが生贄といった意味での重要な血筋なら、人質になっているのをオーロラが見捨てる筈もない。

 つまり、生贄の血筋的な意味で貴重だというレイの予想は間違っている可能性が高かった。


「組織名については分かった。まだ完全に納得した訳じゃないが……そもそも、何だってそんなことになったんだ?」

「私に聞かれても分かる訳がないでしょう?」


 レイの問いに、オーロラはそう断言するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る