3289話
オーロラから聞いた、組織の名前は存在しないという言葉に驚くレイ達。
それでも一応名乗る場合はノーネームと名乗るということを聞くが、ノーネーム……それは名前がないということを意味していた。
それに思うところはあったものの、取りあえずある程度の質問に答えさせることによって、レイの質問に答えるという行為に幾らかの抵抗感はなくしたのだろうと判断しておく。
「組織の名前については分かった。名前がないというのは驚いたが、そういうものだと思えば納得するしかないのかもしれないな」
「納得して貰えたようで何よりね」
何よりと言うオーロラだったが、その表情にはレイが組織の名前を知ることが出来て喜んでいるようには思えない。
もっとも、オーロラは最初から冷静沈着な性格をしていただけに、感情はあまり表に出すようなことはないのだが。
それでもレイに向ける視線には憎悪に近い色がある。
とはいえ、レイも自分が穢れの関係者からどのように思われているのかは知っているので、組織の中で高い地位にいるオーロラからそのような視線を向けられても気にはしなかったが。
そもそも人質を取って尋問しているという時点で恨まれても当然なのだが。
「じゃあ、次の質問だ。お前達の本拠地はどこにある? ヌーラにも聞いたが、ヌーラは行ったことはあるが、目隠しとかをされて具体的にどの辺だったのかといったことは分からなかったらしい」
「それを私が答えるとでも?」
オーロラにしてみれば、組織の本拠地についての情報など簡単に話せる内容ではない。
だが……そんなオーロラの言葉に、レイは納得する。
「そうか。やっぱり本拠地の場所は知ってるのか」
ヌーラからの言葉で、オーロラが本拠地の場所について知ってるのは分かっていた。
だがそれでも、もしかしたら……という思いがあったのも事実。
そうなると不味いということで、今の質問をしたのだが……オーロラはそれに見事に引っ掛かった形となる。
レイの言葉にオーロラも自分が引っかけられたことを理解したのだろう。
一瞬だけ不満そうな様子を見せたものの、すぐにその表情は消える。
自分がミスをしたのは理解したものの、それに動揺して余計にミスを広げるようなことはしないようにと考えたのだろう。
レイはそんな相手の様子を見ながら、改めて口を開く。
「それで、本拠地の場所は教えてくれないのか?」
「……言うと思っているの?」
「そう簡単には言わないだろうな。けど、ここで言わないとお前にとって不利なことが起きるぞ。具体的には、人質になってる者達の命とか」
そんなレイの言葉に、オーロラは睨み付ける。
卑怯者、と言いたげに。
それでもそこまで大きな衝撃を受けていないのは、人質に関しては先程もう言われていたからだろう。
レイ達が人質をとっているのは分かっている以上、卑怯だと思いはしても、それを聞いて暴れるといったことはしなかった。
「卑怯だと言いたいのか? けど、お前達も情報を聞き出したいのなら、人質くらいはとるんじゃないか?」
それは何らかの証拠があって口にした訳ではなく、あくまでもレイの予想からの言葉だ。
とはいえ、何の証拠もなくそのようなことを口にした訳でもない。
レイが知ってる限り、穢れの関係者というのは自分の目的を果たす為なら何をやっても構わないと思っていた。
だからこそ、もしオーロラが自分と同じような立場であったら同じように人質を取るくらいのことはするだろうと予想出来る。
それどころか、人質にした証拠に指の一本や二本……もっと酷ければ、それこそ首を切断して見間違えようがない程にしてから、相手に情報を話させるといったようなことをしてもおかしくはなかった。
実際にオーロラがそこまで出来るかどうかは、レイにも分からなかったが。
冷静な性格をしている以上、それが冷酷な性格となってもおかしくはない。
しかし、レイの見たところオーロラは洞窟で一緒に住んでいる人々を見捨てたりは出来ないように思える。
(あるいは、子供の頃に住んでいた村が領主だったか? とにかく焼き払われたのがトラウマとか、そういう感じになってるのかもしれないな)
そんな風に思いつつ、レイは改めてオーロラに向かって言う。
「人質を見捨てるか、組織に忠誠を誓って最後まで何も言わないか。どちらかを選ぶのは、お前だ。それに対して俺がどうこう言ったりは出来ないが、その代わりお前が選んだ結果の責任を俺にどうこうしろと言われても困るぞ」
レイの言葉は、聞きようによってはオーロラが人質となっている者達ではなく組織に対する忠誠を選んだ場合、相応の対処をすると言ってるようなものだった。
それはオーロラにも分かっていたし、レイの口から改めて言われなくても予想は出来てしまう。
だが……それが分かったからといってオーロラに出来るのはレイを睨み付けるだけだ。
(これ、客観的に見た場合、俺が悪者だったりするんじゃないか?)
睨んでくるオーロラを見つつ、レイはふとそう思う。
オーロラの仲間を人質にして、返答次第では人質が死ぬかもしれないが、その責任は人質よりも組織の忠誠を選んだオーロラにある。
レイが言ってるのはそういうことなのだから、何も知らない者が見ていればレイを悪役と判断してもおかしくはない。
実際には、オーロラ達が穢れの関係者で、最悪の場合は大陸を滅ぼしかねない穢れを使っているという時点で明らかに悪役と呼ぶに相応しいのだが。
自分の言動を思い返しながら、チラリとレイの視線がマリーナに向けられる。
すると視線を受けたマリーナは、何故か満面の笑みを浮かべていた。
ヴィヘラはと視線を向けると、そこでも楽しそうな笑みを浮かべている。
これは一体どういう笑みなんだ?
そんな疑問を抱くレイだったが、取りあえずこの二人が問題ないと判断してるのなら、それはそれでいいのだろうと判断する。
これがオーロラではなく盗賊なら、レイも慣れた様子で尋問出来るのだが。
「それで、返事は?」
「……言えない」
レイの問い掛けに、オーロラは数秒の沈黙の後、押し殺すような声でそう言う。
へぇ、と。
レイはそんなオーロラの判断に驚きとも感心とも納得とも取れない声を上げる。
今までのやり取りから、オーロラがこの洞窟の住人に強い仲間意識を抱いてるのは分かっていた。
だからこそ洞窟の住人を人質にしていれば、迷いはするだろうが、最終的にはレイの要望に従うと思っていたのだ。
しかし、オーロラの選択は拒絶。
「その選択の意味を理解した上での返事……と思ってもいいんだな?」
オーロラを追い詰める為に尋ねるレイだったが、オーロラはそれを聞いてもレイを睨み付けるだけだ。
冷静さはどこにいったのかと、そう思いたくなるような強い視線。
「分からないな。穢れの関係者達……お前達が使っている穢れというのは、非常に危険な代物だ。それこそ最悪の場合はこの大陸が滅んでもおかしくはないくらいに。それを承知の上で、一体何をしたい?」
「それよ」
「……それ?」
「ええ。世界を滅ぼす。それが私達の目的」
予想外にあっさりと自分達の目的を口にするオーロラ。
とはいえ、レイも穢れの関係者の目的については予想出来ていたので、その件について驚くことはなかった。
そもそも穢れは悪い魔力で、妖精達も非常に危険視していた存在だ。
そんな物を使って一体何をするのか……少し考えれば、とてもではないが建設的なことでないのは間違いない。
あるいは世界を滅ぼすといった大それたことではなく、どこかの国や組織を滅ぼすといった内容でもレイは納得しただろう。
……寧ろ、世界を滅ぼすよりはそちらの方がまだ許容範囲内だったが。
「世界を滅ぼす、か。予想していた以上に大きな話になってきたな」
「穢れを使えば不可能じゃないと思うわよ? ……具体的に何をどうすればそういうことになるのかは分からないけど」
レイの呟きに、マリーナがそう返す。
マリーナにしてみれば、具体的にどこをどうすれば穢れで世界を滅ぼせるのかが分からなかったのだろう。
それはレイも同様だったが、同時に疑問に思っていることがある。
(今更だけど、妖精の長達が穢れについての伝承を守ってきたのに、なんでエルフ達は穢れについて何も知らなかったんだ?)
これが例えば、人や獣人なら基本的に寿命は決して長くないので伝承が途中で途切れることになってもおかしくはない。
ドワーフも寿命は長いが、それでもエルフ程ではないし、何より鍛冶や酒に関係することではないので、その辺についての伝承が残っていなくてもおかしくはない。
だが……エルフは寿命が長く、知識を重要視する種族だ。
それだけに、妖精達が持っている知識をエルフ達も持っていてもおかしくないのではないかと、そうレイは思う。
ましてや、今回の件に関係があるかどうかは分からないが、マリーナは世界樹の巫女という、ダークエルフの中でも特別な存在だ。
「なのに、何で穢れについての伝承とかが残ってないんだろうな」
「え? どうかした?」
思わずといった様子で呟くレイに、マリーナは不思議そうに尋ねる。
そんなマリーナに、レイは何でもないと首を横に振る。
エルフが何故穢れについて何も知らなかったのかは気になるところだが、オーロラのいる前でわざわざ聞くことでもないだろうと判断したのだ。
今ここでそんなことを聞いても、それは寧ろオーロラにとっての利益にしかならないという判断からの態度。
多分、何らかの理由があるだろうと思いつつ、レイの視線は改めてオーロラに向けられる。
「さて、世界の破滅が目的だというのは分かった。けど、何でそんなことをしようとする? オーロラの場合は村が貴族に焼かれたというから、その貴族に……もしくはその貴族の上司に、はたまたミレアーナ王国に対して恨みを抱くというのなら、俺も十分に納得出来るんだが。けど、何で世界を滅ぼそうとする?」
「貴方のような恵まれた人に言っても、理解は出来ないわよ」
「……恵まれてる、か。まぁ、そうだな。客観的に見て俺が恵まれているのは間違いない」
日本で死んだところでゼパイルに取引を持ちかけられ、それを受けてゼパイル一門の総力を結集して作られた身体を手に入れた。
魔獣術を引き継いだおかげで、セトやデスサイズという非常に強力なモンスターを仲間にし、マジックアイテムを入手した。
また、この世にはもう数個しか残っていないというアイテムボックスのミスティリングやドラゴンローブを始めとした幾つものマジックアイテムを入手した。
エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった歴史上稀に見る美人達と知り合った。
冒険者として活動した結果、異名持ちのランクA冒険者となった。
レイのこれまでの経歴を知っている者がいれば、その多くはレイが恵まれていないということは絶対にないと言えるだろう数々の事柄。
実際にレイも自分が恵まれているとは思っている。
だが……レイに自覚はないものの、日本で死んでこのエルジィンにやって来たということで、もう日本に戻れないのも事実。
そういう意味では、今のところもう二度と故郷に戻れないという意味で、その点だけはレイとオーロラは似た境遇と言ってもよかった。
もしオーロラがそれを知ったら、ふざけるなと叫んでもおかしくはなかったが。
「自分が恵まれていると分かっているのなら、私達の気持ちは分からないでしょう。自分達の居場所はどこにもなく、生きてるだけで他人から憎まれる毎日。人の悪い場所は数え切れない程に見てきたわ。それこそ、そんな世の中などなくなってしまえばいいと思えるくらいには!」
心の底から叫ぶオーロラの目には、強い憎悪の色がある。
洞窟の中に住んでいる者達を仲間と思っているのは事実だが、それでも破滅願望とでも呼ぶべきものを止めることは出来ないのだろう。
(とはいえ、分かってるのか? 穢れを使ってこの世界を崩壊させることに成功した場合、この洞窟の中にいる者達も当然それに巻き込まれるんだぞ?)
分かっていて今のように言ってるのか、それとも洞窟にいる者達だけは助かると思っているのか。
レイにはその辺は分からなかったが、それでもオーロラの様子を考えると何となく……本当に何となくだが、後者のような気がした。
「世界の破滅……もうこの世界に生きていたくないのなら、自分達だけで自殺でもしてくれないか? お前達の集団自殺に、俺達まで巻き込まれるのは堪ったものじゃないんだが」
その言葉を聞いたオーロラは、それこそ憎悪を込めた視線でレイを睨み付けるのだった。
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