3274話
御使いを穢れと口にしたレイに、捕らえられた男達は怒髪天を突くという表現が相応しい程に怒り狂った。
その時は失敗したかと思ったレイだったが、その後の話で何とか誤魔化すことに成功し、男達が呼んでいた御使いについて話を聞くことになる。
「それで、お前達が御使いと呼んでいる存在……そっちにとってはあまり面白くないが、御使いと呼ぶに相応しいと思えなければ、その間は穢れと呼ばせて貰うが、それがどういう存在なのかを教えてくれ」
レイが穢れと口にした瞬間、猿轡をしていない男も、している男も、双方共に殺気だった様子を見せる。
もし目隠しをしていなければ、恐らく殺意や憎悪の込められた視線すら向けていてもおかしくはない。
それでも先程のように騒いだりしないのは、レイが話を聞く様子を見せているからだろう。
自分達の説明次第では、レイにも御使いの素晴らしさを分かる筈だと、そのように思っての行動。
……実際には、レイは穢れを御使いなどと呼ぶつもりは一切ない。
少しでも穢れや穢れの関係者、そして穢れの関係者の拠点についての情報を入手しようという思いからの言葉だった。
捕虜の二人がそんなレイの様子に気が付いていないのは、レイの演技が上手い……という訳ではなく、男達にとって尊重すべき御使いを穢れと呼ばれた事に強い苛立ちを覚えていたからだろう。
また、人間の感覚の中でもっとも多くの情報を得ている視覚が目隠しで封じられているのも、この場合は影響していた。
「御使いは、神聖なる存在だ。俺達の上位の存在であると言ってもいい」
「神聖なる存在に上位の存在か」
その言葉だけを聞けば、やはり先程も思ったように聖光教を思い浮かべてしまう。
もしかしたら本当に聖光教がこの件に関わってるのではないかという疑念を抱く。
(というか、この二人……もしくは穢れの関係者の多くが、もしかしたら穢れが最悪この大陸を滅ぼすような存在だというのは知らなかったりするのか?)
最悪の場合はこの大陸を滅ぼす存在を、神聖なる存在であったり自分達よりも上位の存在であったりするなどとは、普通は思えない。
(だとすれば、穢れについての真実を知ってるのは、あくまでも上層部だけなのか? その可能性は十分にあるけど、正直なところどうなんだろうな。特に本能的な嫌悪感を抱かせる存在をどうすれば神聖なる存在とか上位存在とかに言い換えることが出来るんだ?)
そのことが分からなかったレイは、率直に尋ねる。
「お前達の言いたいことは分かった。だが、穢れを見ていると本能的な嫌悪感を抱く。それを考えれば、とてもではないが神聖なる存在や上位存在であるとは思えないんだが?」
「それこそが御使いが神聖なる存在である証だ。神聖なる存在であるが故に、見ている者の中に後ろ暗いところがある者は、御使いを見ると嫌な気分になる。罪の意識が御使いによって刺激されるのだ」
「それは、また……」
随分と無理矢理な理由付けだな。
そう思ったレイだったが、それを口に出すようなことはしない。
もしここで自分が口に出した場合、目の前の男達は間違いなく怒り狂うからだ。
だが、無理矢理な理由であると思うと同時に、上手い理由付けだとも思う。
誰であろうと、本当の意味で清廉潔白で何も後ろ暗いことのない者などいない。
どのように善良な人物であろうとも、この世に生を受けてから一度もやらかしていない者は誰もいないのだから。
あるいは自信満々にそのようなことを言い、自分は本当に何も後ろ暗いことはないと主張する者もいるかもしれないが、自信過剰な本人はともかく、傍から見ている者がそのように思うということはまずないだろう。
つまり、誰が穢れを見ても本能的な嫌悪感を抱くのは止められないが、その嫌悪感は己の中にある罪が刺激されていると、そのように認識をすり替えることによって穢れが神聖な存在であると思わせるのだ。
レイとしては、かなり無理がある話だと思う。
思うのだが、それでもこの世界であれば無理に自分の理屈を通すことも不可能ではないというのを、レイは知っている。
「なら、穢れが触れた場所を黒い塵として吸収するのは何でだ? 普通に考えれば、非常に危険な存在だろう?」
話題を次に移す。
もっとも、レイにとってはこっちの方がある意味で重要な話題だったが。
穢れを見て本能的な嫌悪感は抱くものの、言ってみればそれは嫌悪感だけだ。
気分的には悪いものの、それで実害を受ける訳ではない。
だが、触れた場所を黒い塵にして吸収するというのは、明確な被害となる。
いや、被害どころか触れた相手が人であれば、それは致命傷となってもおかしくない。
そんな行為を行う穢れを神聖な存在とはレイには到底思えない。
あるいは何かそれ以外の理由……それこそ、罪を刺激されて嫌悪感を抱くといったような、無理矢理な理由でも作ったのかと疑問に思う。
「それは御使いによる浄化だな」
「……浄化? 今、浄化と言ったか?」
「ああ、言った。御使い様が触れた存在に罪があった場合、その罪を御使いは浄化して下さる」
本気で言ってるのか?
そう突っ込みたくなったレイだったが、何とかそれを我慢する。
せっかく向こう側から色々と話してくれるようになっているのだから、ここで相手の機嫌を損ねるような真似は避けるべきだと判断したのだ。
「浄化か。……俺が知ってる限りだと、その浄化によって何人か死んでるんだが」
実際にはレイの知り合いで穢れによって死んだ者はいない。
そもそも、穢れの移動速度は非常に遅いのだ。
普通の人間であっても、走って逃げることは可能だった。
……もっとも、穢れは疲れたりしないので一度追われると誰か別の者が穢れに攻撃をして標的を変えるといったような真似をしないと逃げ切ることは難しいのだが。
しかし、それはあくまでもレイの知り合いの話だ。
レイがニールセンから聞いた話によると、ブレイズが森に来た理由となった穢れの関係者と騎士達の戦いにおいて死んだ者がいると聞いている。
「その者は、御使いの浄化に耐えられない程に抱えている罪が大きかったのだろう」
平然と告げてくる男の言葉に、レイは唖然とする。
本気で言ってるのか? と尋ねたくなったものの、男の声音を聞く限りではレイをからかったりしている様子はない。
つまりこの男は本気で言ってるのだ。
「なら、お前が穢れに触れたら黒い塵となって吸収されるようなことはないのか?」
「まさか。俺はまだ下っ端だからそこまでのことは出来ない。だが、上の方々の中には御使いに触れても問題ない方が何人もいるらしい」
「それは……凄いな」
感心した様子を見せつつも、恐らくその上層部の者というのは穢れに接触しても何の問題もないように何らかの手段を用意しているのだろうとは予想出来た。
とはいえ、それを実際にここで口にしても男達が信じるとは到底思えない。
それどころか、上層部をペテン師呼ばわりするのかと叫んでもおかしくはなかった。
レイにしてみれば、ペテン師呼ばわりをしてもおかしくないと思っているのだが。
「そうだろう。分かったのなら、穢れなどという不遜な呼び名ではなく、御使いと呼んで欲しい」
「その辺は後でしっかりと考えてから対応させて貰う。……それで、あの洞窟だが岩の幻影で隠しているということは、お前達にとって重要な場所なのか?」
「……何故そのようなことを聞く?」
今までは穢れについて話していたのに、急に話題が変わったからだろう。
捕虜のうち、自由に喋ることが出来る男が訝しげな様子で言う。
(ちょっと性急すぎたか? けど、ここであまり時間を使うわけにもいかないのは事実だしな)
捕虜の二人がいた拠点だが、何らかの手段で連絡を取り合っていてもおかしくはない。
もしくは連絡はしていなくても、単純に見張りの交代としてやって来る者がいてもおかしくはなかった。
だからこそ、出来るだけ早く目の前の二人から情報を聞き出し、あの穢れの関係者の拠点を調べるなり、制圧するなりする必要があった。
「何故と言われてもな。さっきも言ったように、俺達はお前達に攻撃されたんだ。そんな相手のことを調べるなという方が無理だろう?」
「それは……俺達に敵対するということか!?」
叫ぶ男にレイはどう答えるか少し考え、やがて口を開く。
「実際に敵対するかどうかは分からない。その辺はお前達次第だ。お前達が素直に降伏するなり、自首するなりして攻撃した件について釈明をするなり、謝罪をするなりすれば、温情もあるだろうが」
そう言った瞬間、男達は剣呑な雰囲気を出す。
「俺達に捕まれと?」
「あくまでも最悪の場合だけどな。実際にそうなるかどうかは分からない」
「ふざけるな! 俺達を何だと思っている!?」
捕まるのが我慢出来ないといった様子で叫ぶ男。
レイはそんな相手に対して、どう話すべきか迷う。
(というか、もうこの状況では情報を収集出来ないんじゃないか? 尋問方法を失敗したかもしれないな)
そう思うレイだったが、最初に洞窟の中について聞いても、相手が素直に話すとは思えない。
もしそのように聞いた時は先程までのように素直に喋るようなことはなかっただろう。
だとすれば、やはり自分の考え方そのものは間違っていなかったのだろうと考え、マリーナとヴィヘラに視線を向ける。
すると、二人揃って首を横に振った。
今の様子から、これ以上話を聞こうとしても事情を話すようなことはないと判断したのだろう。
(となると、もうこの二人に話を聞いても意味はないか。洞窟の中についての情報を入手出来なかったのは痛い。痛いが、この二人を見た感じでは罠の類がある可能性は低いか?)
それはあくまでもレイの希望的な予想ではある。
しかし、その予想が正しいのかどうかは、実際に試してみないと何とも言えない。
(何らかのアイテム……罠を発動しないようにしているマジックアイテムとか、そういうのがある可能性もあるのか? この二人を調べてみた方がいいかもしれないな。とはいえ、この二人を殺すか、捕虜のままにするか。どうするべきだろうな)
レイとしては、狂信者と呼ぶに相応しい言動の二人を生かしておいても意味はないと思う。
だが、ブレイズ達のように穢れの関係者を捕虜にしたいと思う者もいる筈だった。
……捕虜が欲しいという意味では、それこそダスカーも欲しているとは思うものの、まさかこの二人を連れてギルムに戻る訳にもいかない。
だとすれば、やはりこの男達を捕虜として引き渡すとなると、その対象としてはブレイズ達が相応しいだろう。
問題なのは、ギルム程ではないにしろ、ブレイズ達のいる場所までこの二人を連れていくのは非常に難しいことだ。
そもそもブレイズ達が森からいなくなった後でどこに向かったのかは、レイも知らなかった。
もしこの二人をブレイズに引き渡すのなら、ブレイズが具体的にどこにいるのかを調べるところから始める必要がある。
(殺すか)
最終的にレイが選んだのは、そのようなものだった。
ここで二人を生かしておいても、自分達にとって不利になるだけだろう。
そう判断して、レイは怒鳴り続けている男達を見ながら、ミスティリングの中からデスサイズを取り出す。
最後に確認の意味を込めてマリーナとヴィヘラを見るが、その二人も男達を殺すという行為に反対しているようには思えない。
ニールセンにいたっては、二人を苛立ちの表情で睨み付けていた。
(あ、しまったな。妖精の心臓を欲してる理由を聞くのを忘れた)
ニールセンが二人を睨んでいるのは、恐らくそれが理由なのだろうとは思うものの、今更穢れの関係者が妖精の心臓を欲している理由を聞いても、とてもではないが素直に答えるとは思わない。
それこそふざけるなと怒鳴られるようなことになるだろう。
(次に捕虜にしたらその辺を聞いてもいいのかもしれないな。今回は結局のところ穢れの関係者についての情報を優先して聞いてしまったし。とはいえ……次に聞く時なんてのがあればの話だが)
この二人を殺した後は、洞窟の中に突入する。
その時に捕虜にした相手がいても、目の前の二人のような狂信者だった場合、とてもではないが素直に尋問に答えるとは思えなかった。
であれば、妖精の心臓については諦めるしかない。
あるいは悪役によくあるように、嬉々として自分達が何を企んでいるのか話すのを期待するか。
もっとも、そのような行為は敵の親玉がするのであって、目の前にいる男達が何を企んでいるのかを知っている筈もなかったが。
「取りあえず……」
「ああっ!? 何……」
レイの言葉に何かを叫ぼうとした男だったが、次の瞬間にはデスサイズが振るわれ、二人揃って頭部を切断されるのだった。
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