3275話

 捕らえられた二人の見張りの首は、レイの振るったデスサイズによってあっさりと切断される。

 振るわれた一撃があまりに素早く、そして鋭かったからだろう。

 最初の数秒は首から頭部が落ちることはなく、それどころか一体自分が何をされたのか理解出来ないといったような不思議そうな表情すら浮かべていた。

 もっとも目隠しをされていたので、その表情をしっかりと確認出来たかどうかは微妙なところなのだが。

 だが……それでも首は確実に切断されている訳で、やがて身体を動かしたことでバランスが崩れたのか、それとも風でも吹いたのか、二つの頭部がどさりと地面に落ちる。

 同時に、切断された首から血の噴水が高く噴き上がる。

 レイは……そしてレイと同時にこの場にいたマリーナ、ヴィヘラ、ニールセンの三人は血飛沫がかからないように素早く離れる。

 セトは元々周囲に敵がいないかどうかを確認していて離れた場所にいたので、血飛沫の心配はない。


「正直なところ、まさかここまで狂信者じみてるとは思わなかったな」

「そうね。聖なる存在……客観的に見て、罪が刺激されたとしても穢れを見て本能的に抱く嫌悪感がそれで説明出来るとは思えないのだけど」


 レイの呟きにマリーナが同意するように言う。

 マリーナにしてみれば、とてもではないが穢れの関係者について理解出来なかったのだろう。

 長い時を生きているマリーナですら、そうなのだ。

 レイやヴィヘラも同様に穢れの関係者のことを全く理解出来ないと思ってもおかしくはなかった。


「そういうものって考えておけばいいんじゃない? 別に穢れの関係者の考えに同調する必要はないんだし」


 ニールセンの口から出たその言葉は、聞いているレイ達を驚かせるには十分だった。

 まさかニールセンからそのような言葉が出るとは、誰も思ってもいなかったのだ。


「そうね。取りあえず穢れの関係者がそういう風に歪んだ考えを持っていると思っておけばいいんじゃない? それより、いつまでもここにいるのはどうかと思うし、出来るだけ早く洞窟の中に入った方がいいと思うけど?」


 ヴィヘラがそのように言うのは、自分が早く戦いたいからというのもあるが、それだけではなく他にもこのままここにいるのは不味いという思いがあるのだろう。


「そうだな。いつまでもここにいれば穢れの関係者にいつ見つかるか分からない。とはいえ、死体をこのままにしておく訳にもいかないか」


 呟き、レイはデスサイズのスキル地形操作を使って死体のある場所を地下深くに持っていき、魔法を使って二つの死体を燃やす。

 最後にセトが後足で上から土を掛けて死体の処分を完了する。


「本来なら、ここまでしてやる必要はないんだけどな。ここで死体がアンデッドになっても、俺は別にそこまで困るようなことはないし」

「でも、この拠点は穢れの関係者にとって重要な場所なんでしょう? そうなると、ブレイズ達……の管轄かどうかは分からないけど、とにかくここを管轄にしている領主が調べるように命じてもおかしくないわよ? 穢れについての話を王都や派閥の上から聞いたらの話になるけど」

「その時にアンデッドがいると、責任問題になるか。そう考えるとこうしてきちんと死体は処理しておいた方がいいのは間違いないな。……それで洞窟についてだが、地面は綺麗に舗装されていて、明かりのマジックアイテムが等間隔に設置されているから、隠れるような場所は上くらいしかない」


 レイが洞窟の中のことを思い出しながら説明をする。

 隠れる場所が上という言葉に不思議そうな表情を浮かべるマリーナとヴィヘラだったが、普通に飛べるニールセンは特に驚いた様子はない。


「上ってどういうこと?」

「下は歩きやすいようになってるが、上は特に何もされていない。鍾乳石に近い感じで氷柱のような岩がある。俺が見張りをやりすごした時は、その鍾乳石に掴まってやりすごして、後ろから攻撃した」

「なるほど、その方法なら何とかなりそうだけど……私達はともかく、セトは難しいんじゃない?」

「グルゥ?」


 ヴィヘラの言葉に、周囲の様子を警戒していたセトが喉を鳴らす。

 自分は一緒に行けないの? そう言いたげな様子のセトだったが、レイはそんなセトに申し訳なさを覚えつつ、頷く。


「洞窟そのものがそこまで広くないから。セトの大きさだとちょっと難しい。歩くことは出来るだろうけど、先に進んで狭くなると進めなくなるかもしれないし、敵が攻撃してきた時に回避するのも難しいと思う」


 一応セトのスキルにはサイズ変更というスキルがあるが、まだレベルが二で能力もそこまで高くはないし、ずっと小さいままでいられる訳でもない。

 そうなると、セトと一緒に洞窟の中に入る訳にはいかなかった。


「悪いな、セト。セトは外で待機して貰う」

「グルルルゥ……」


 レイの言葉に、残念そうに喉を鳴らすセト。

 とはいえ、セトがその身体の大きさからレイと一緒に行動出来なくなるというのは、珍しい話ではない。

 残念ではあったが、セトもそんなレイの言葉を素直に受け入れる。


「悪いな、セト。この件が終わったらどこかで一緒にゆっくりしよう。……冬だから、ゆっくり出来る場所は限られてるけど」

「普通に考えれば、私の家が一番ゆっくり出来るでしょうね」


 レイの呟きを聞いたマリーナがそう言う。

 実際、マリーナの言葉は正しい。

 マリーナの家は精霊魔法によって快適に生活出来るようになっているのだから。

 例え、外で雪が降ってもその雪がマリーナの家の敷地内に入ってくることはないし、吹雪が起きてもマリーナの家の敷地内では平穏だ。

 そういう意味では、マリーナの家のように快適な場所というのはそう多くないだろう。


「そうだな。マリーナの家でゆっくりとするのもいいかもな。外には出られないけど」

「この件が終わったら、そうしましょう。……さて、じゃあヴィヘラやニールセンも随分と待ちくたびれているようだし、そろそろ行きましょうか」


 マリーナの言葉に頷いたレイは、握っていたデスサイズをミスティリングに収納して立ち上がる。


「分かった。じゃあ、行くとしよう。セトは洞窟の近くにいてくれ。もし俺達が洞窟に入った後で出てくる奴がいたら、出来れば殺さないで気絶させておいて欲しい」

「グルルゥ!」


 任せて! と喉を鳴らすセト。

 レイに頼まれたことが、それだけ嬉しかったのだろう。

 実際にレイもセトに任せておけば安心出来るので、そんなセトの様子を見ても特に何かを言うようなことはなかったが。


「さて、じゃあ話も決まったしそろそろ行くか」


 レイの言葉に、全員で洞窟のある場所に戻る。

 尋問をして死体を埋めた場所から、洞窟はそこまで離れている訳ではない。

 嗅覚の鋭い者なら、血の臭いを嗅ぎとってもおかしくはなかった。

 首から噴き上がった血は結構な量となるのだから。

 もっともこれからレイ達が洞窟の中に侵入するので、そこら中から血の臭いが漂ってくる可能性もあった。


「改めて見ると、本物の岩にしか見えないわね」

「ヴィヘラの言いたいことは理解出来るが、何らかの罠の類がないのは助かる。もっとも、誰かが入ってきたのは分かるらしいが」


 洞窟の中に入ってからそう時間が経たないうちに、見張りの二人がやって来たことを、レイは覚えていた。

 ただし、ギャンガと……恐らくは昨夜レイ達が倒した穢れの関係者の名前を口にしていたことから、誰が洞窟の中に入ってきたのかまでは分からないのだろう。

 侵入するレイにしてみれば、それは幸運だった。

 そして見張りの二人も既にいない以上、洞窟の中に入ってもレイ達の存在に気が付かれないという可能性もあるのだ。

 なら、交代の要員がこない今のうちに出来るだけ洞窟の中を進んだ方がいいのは間違いなかった。

 だからといって、そこで色々と無理をするつもりもレイにはないのだが。


「行くぞ」


 短く言い、レイは洞窟の中に入る。

 そんなレイに続くように、マリーナ、ヴィヘラ、ニールセンも洞窟の中に入る。

 一度入ったレイとは違い、他の三人はこれが初めてだ。

 レイが中に入ったのを見ており、岩は幻影であるというのは分かっていたのだが、それでも非常に精密な為に、慎重に中に入っていく。

 それぞれが慎重に洞窟の中に入り……そのことに驚く。

 出来るとは分かっていた。分かっていたが、それでもまさか本当にこのように自然と中に入れるとは……と。


「ほら、いつまでも驚いてないで行くぞ。ちなみに誰か……穢れの関係者と遭遇したら、基本的に殺す。尋問をしても先程の二人の件を考えると素直に喋るとは思わなかったし、捕虜として生かしても後で面倒なことになる可能性が高い」


 レイの言葉に、マリーナとヴィヘラはそれぞれ頷く。

 二人とも冒険者として相応の経験をしてきている以上、人を殺すということも必要なら躊躇はしない。

 忌避感がない訳ではないが、それでも敵は敵として素直に認識出来るし、そのような相手を殺したことでショックを受けたりはしない。

 ニールセンは妖精だからか、レイの言葉に首を傾げていたが。

 ともあれ一行は洞窟の中を進む。

 いつ穢れの関係者が……もしくは穢れが出て来てもおかしくはない以上、油断は出来ない。


(あの見張り達が現れたタイミングを考えると、洞窟の中でもそんなに離れていない場所に見張り用の部屋がある筈だけど。実は転移して見張りが様子を見に来たとか、そういうのは考えたくない)


 相手が転移を使って移動しているのは考えたくなかったレイだったが、穢れをトレントの森に転移で送り込んでいることを考えれば、その可能性は完全に否定出来るものではない。

 もっとも転移をそう簡単に使いこなせるかとなると、それは難しいだろうとレイは思う。

 とはいえ、それはあくまでもレイの予想であって、絶対にそうだとは思えないのだが。


「あった」


 洞窟の中を進んでいたレイは、不意にそう呟く。

 視線の先……洞窟の壁に扉があったのだ。

 洞窟の中を削って扉を設置出来るようにするだけで、結構な労力が必要となるだろう。

 それをこうして行っている辺り、穢れの関係者は予想以上の規模かもしれないと思った。


(いやまぁ、穢れが触れればその部分は黒い塵となって吸収されるんだから、やろうと思えば出来る……か? いや、けどあの見張り二人の言葉を信じると穢れを御使いと呼んでいた。そして聖なる存在だとも。そんな聖なる存在を工事に使ったりとかするか?)


 そんな疑問を抱く。

 同時にそれだけではなく、昨夜のギャンガや、ニールセン達が見た穢れの関係者のように、穢れを自由に使いこなしている者もいる。

 ニールセンが見た方はともかく、ギャンガは穢れを完全に自分の駒として、もしくは道具として使っていた。

 そのような者達と見張りの二人では、明らかに穢れに対する態度が違った。

 この違いはどこからやってくるのか、レイには全く分からない。

 分からないが、それでも敵であるということだけは理解していた。


「レイ、どうするの?」


 扉を見ながら尋ねるマリーナに、レイはあっさりと口を開く。


「中を調べる。中には何か……それこそ穢れの関係者に関係する何かや、この洞窟に関係する資料とか、そういうのもあるかもしれないし」

「そうね。出来れば何か手掛かりがあって欲しいとは思うけど……どうかしら。見張りの場所である以上、そういう詳しい何かがあるとは思えないけど」


 あまり期待出来ないというマリーナの言葉に、レイもそれなりに納得はする。

 普通に考えて、見張りの待機部屋に重要な情報が置かれているとは思えない。

 それでもレイにしてみれば、もしかしたらという思いがある。

 また、穢れの関係者にとっては重要ではない情報であっても、レイにとっては未知の情報という可能性もある。

 そもそも、レイ達は穢れの関係者について知ってることはそう多くはない。

 先程の二人の見張りを尋問したことで、穢れの関係者が穢れを御使いと呼んでいるというのを知った

 同時に、穢れの関係者が狂信者的な一面もあるのを理解してしまったのだが。


「よし、開けるぞ」

「早く、早く」


 何故か嬉しそうな様子のニールセン。

 ニールセンにしてみれば、扉の中は興味津々なのだろう。

 ニールセンにとって穢れというのは決して許容出来る存在ではない筈なのだが。

 それでもこのようなことをするのは、洞窟の中に強い興味を持っていたからだろう。

 以前、この洞窟を見つけた時に幻影に罠が仕掛けられてるかもしれないと思いつつ撤退したのが、この場合は影響してるのかもしれない。

 そんな風に思いつつ、レイは扉に手を伸ばすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る