3267話

「ぐ……が……」


 ヴィヘラの一撃によって気絶していた男は、レイの手によって意識が戻る。

 気絶している状況から意識を戻すには、レイが無理矢理行うといったような真似ではなく、マリーナの精霊魔法によって穏便に行うといった手段もあったのだが、レイとしては穢れの関係者を相手にそこまでしてやるようなつもりにはならなかった。

 ちなみにニールセンは少し離れた場所の木の枝……目が覚めた男からは見えない場所に座っている。

 ニールセンにしてみれば、今回の件は自分が見つけてきた一件だけに、どうなるか見たいのだろう。

 ただし、穢れの関係者にとって妖精は心臓を欲するという意味で血眼になって探している存在だ。

 それだけに、穢れの関係者の前にニールセンが姿を現すといったようなことは避けるべきだった。

 レイに言われなくても、ニールセンが実際に穢れの関係者に心臓を狙われたことがあるので、男から見えない場所に座っていた。


「げ……が……ごほっ……」


 レイの一撃で意識が戻った男だったが、まるで溺れたかのように咳をする。

 そうして落ち着いたところで、男はようやく周囲の状況を確認出来る余裕が出来たのだが……


「迂闊な真似はするなよ?」

「っ!?」


 レイの言葉と同時に、首筋にヒヤリとした感触がある。

 それが具体的に何かは分からない男だったが、もしそれをデスサイズの刃であると知ればどうなっていただろう。

 あるいはデスサイズということで、自分の前にいるのがレイであると気が付いたかもしれない。

 セトを見た時点でレイのことについて気が付いていた可能性は十分にあったが。


「お前が穢れの関係者だというのは知っている。これから幾つか質問をするが、それに素直に答えるのなら問題はない。答えないなら、こっちも相応の態度を取る。理解したか? ちなみに穢れを呼び出そうしたら、その時点で……」

「ぎゃあっ!」


 レイが言葉の途中でデスサイズを持っていない方の手でネブラの瞳で生み出した鏃を男の身体に投擲し、悲鳴を上げさせる。

 今、男は間違いなく何かをしようとしたのを察知しての行動だった。


「分かっただろう? 言っておくが今回は手加減をしている。もし本気で俺が鏃を投げていたら、それこそお前の手は使い物にならなくなっていたぞ」


 レイの言葉は真実だった。

 鏃は男の手を貫通してるものの、それだけだ。

 もしレイが本気で鏃を投擲していた場合、手の甲を貫かれるといった程度ではなく、貫かれた場所を中心にして皮は破け、肉は弾け、骨は砕かれと、とてもではないが手は使い物にならなくなっていただろう。


「お前がどういう方法で穢れを操っているのかは分からないが、お前が何かをするよりも俺の方が間違いなく早い」


 レイの言葉に、男は悔しげに……いや、憎悪と呼ぶのが相応しい視線を向ける。


「誰だ、お前は……何故穢れについて知っている。俺達のことは誰も知らない筈だ」

「そうだな。お前の言葉は正しい。実際、こっちも普通の手段だと穢れの件は分からなかっただろうし」


 レイの言葉に、男の視線は更に強くなる。

 それでもレイはそんな相手の様子を気にした様子もなく、改めて口を開く。


「それでお前に聞きたいのは幾つかあるが……まず最初にこれを聞いておくべきだろうな。お前達穢れの関係者の拠点はどこにある?」

「……言うと思うか?」


 レイにとっては一番重要な質問。

 明日行く場所は穢れの関係者の拠点の中でも重要な場所の一つだというのは分かっているが、それでも本拠地かどうかというのは分からない。

 なら、それを知ってる者にまず聞けばいいだろうというのがレイの判断だった。

 それを素直に言うかどうかは、また別の話なのだが。


「言って貰わないと、こっちも相応に無茶をすることになるんだけどな。……こういう風に」


 そっと……本当に僅かにレイは手にしていたデスサイズに力を入れる。

 するとその刃は男の首の皮一枚を斬り裂き、一筋の血が首を流れた。

 男も首を血が流れる感触で自分が一体何をされたのか理解したのだろう。

 黙り込み……それでも視線からは力が衰える様子もなく、レイを睨み付ける。


(この様子だと、こっちの尋問に答えるようなことはないな。もっと時間があれば話は別なんだろうけど)


 レイはデスサイズの柄を握っていた力を抜くと、そう考える。

 問題なのは、レイが考えたように尋問出来る時間が短いこと。

 これが例えば数日、十日、数十日……といったように十分すぎる程の時間があれば、尋問の手法もこうして力で無理矢理聞くのではなく、もっと他の手段を採ることも出来る。

 だが、明日にはレイ達は穢れの関係者の拠点に行く予定だし、何よりこの男はブレイズ達に引き渡す必要がある。

 尋問に使える時間は、そう多くはない。

 だからこそ、無理矢理力で喋らせるといった方法しかなかった。


(手足の一本……いや、指の一本、耳の一つを切断するとかするか? そうすれば痛みは勿論のこと、ショックを受けるだろうし)


 痛みそのものよりも、自分の身体の一部が永遠に消失してしまうというのは強いショックを受ける。

 そのショックに乗じて情報を聞き出す……レイが思いつく中ではこれが最善だったが、ブレイズに引き渡すのに四肢欠損……そこまでいかずとも、指や耳や眼球、鼻といった部位がなくなってしまえば、面倒なことになりそうな気がした。


「マリーナ、ヴィヘラ、何かないか?」


 尋ねるレイの言葉に、男は反射的にそちらを見ようとするものの、未だにデスサイズの刃が男の首に突きつけられたままだ。

 もしここで男が顔を動かせば、また首の皮が……場合によっては首そのものが切断されてしまうかもしれない。

 男もそれが分かっているので、レイが話し掛けた相手が気になりはしても、その相手を見ることが出来ないのだろう。


(ペインバーストを使うか? あれなら痛みは倍増するけど、実際の損傷そのものは普段通りだし)


 デスサイズの持つスキル、ペインバースト。

 それは、相手に実際以上の痛みを感じさせることが出来るという、尋問には非常に向いているスキルだ。

 現時点において、ペインバーストのレベルは四で、その痛覚の倍率は最大十六倍。

 ちょっと殴っただけでも、その痛みによって男が悲鳴を上げてもおかしくはないだけの倍率だ。


(これでレベル四なんだから、レベル五になったらどうなるんだろうな)


 デスサイズやセトの持つスキルというのは、レベル五になった時点で一気に強力になる。

 今でさえ十六倍という極めて強力……いや、凶悪な威力を持つスキルだというのに。


(まぁ、考えない方がいいか。実際にスキルを習得したら、その時に分かるだろうし)


 そう思いつつ、レイは改めてマリーナとヴィヘラに視線を向ける。

 レイの視線を受けて、最初に口を開いたのはヴィヘラ。


「悪いけど、私は尋問に向いてないわ。しかも短時間の尋問でしょう? 私が出来るのは精々痛めつけるくらいだけど、こうして見た感じでは間違いなく私が痛めつけても口を割るようには思えないもの」


 ヴィヘラの言葉にレイもそうだろうなと納得する。

 純粋な戦闘であれば、ヴィヘラは非常に頼りになる相手だ。

 しかし、それが尋問……いや、戦い以外のこととなると頼りにはならなくなってしまう。

 レイがやったように痛めつけて尋問をするのが効果的な相手……それこそその辺のチンピラとかなら、ヴィヘラの尋問方法は有効だろう。

 しかしそれが無理である以上、ヴィヘラがこの男に対しての尋問で有効な手段はない。

 そんなヴィヘラから視線を逸らし、マリーナに向ける。

 マリーナなら、ヴィヘラとは違って精霊魔法という手段がある。

 応用力という意味では、レイ達の中で恐らく最も優れているマリーナ。

 そのようなマリーナに視線を向けるも、こちらもあまりいい顔をしていない。


「精霊魔法を使うのは難しいわね。知っての通り、穢れは精霊魔法にとって天敵に近い存在だし。レイには以前……」

「レイだと!?」


 ざくり、と。

 マリーナがレイという名前を口にした瞬間、男は手でデスサイズの刃をどかしながら、無理矢理レイに視線を向ける。

 その瞬間、男の手はデスサイズの刃によって半ば切断されるような状態になった。

 だが、男は自分の手がそのような状態になっても気にした様子はない。

 とにかくレイの顔を見ないといけないと、その為であれば自分が怪我をしても構わないといった様子を見せた男。

 もしレイが咄嗟にデスサイズの刃を男からはなしていなければ、男の手は間違いなく切断されていただろう。


「お前が……お前がレイ……深紅のレイか!?」

「そうだ。どうやら俺のことを知ってるみたいだな」


 手は痛くないのか?

 そう思ったレイだったが、男はレイの存在に非常に興奮しており、掌の痛みなど全く感じた様子もなくレイを睨み付け……次の瞬間、男が何かをしようとしているのを見たレイは、先程と同じくネブラの瞳で生み出した鏃を投擲する。


「この程度でぇっ!」


 先程は掌を鏃が貫通したことによる痛みで悲鳴を上げた男だったが、足を鏃が貫いても、痛みを無視するかのようにレイに向かって跳びかかろうとし……


「寝てなさい」


 男の異変に気が付いて素早く近寄ったヴィヘラが後頭部に向けて一撃を放つ。

 男にとって幸運だったのは、その一撃が浸魔掌ではなかったことか。

 ……もっとも、浸魔掌を使われれば頭部が破裂したり、そこまでいかなくても脳が深刻な損傷を負ったりして、死んでいた可能性が高い。

 ヴィヘラにしてみれば、男を殺す訳にはいかないのだから普通の打撃で意識を奪うしかなかったのだろう。

 くるり、と男が白目を剥き、その場に崩れ落ちる。


「……一応聞くけど、死んでないよな?」

「ええ、気絶させただけよ。殺すのは不味いでしょう?」


 だから手加減したの。

 そう言うヴィヘラに、レイは感謝の言葉を告げる。


「この男はブレイズに引き渡す約束をしてるしな。……このままだと血を流しすぎて死ぬか。ブレイズ達に早く引き渡した方がいいな。とてもじゃないが情報を聞き出せる様子ではないし」


 レイはミスティリングに結構な数のポーションを有している。

 だが、穢れの関係者に……それも自分に協力的ならまだしも、明らかに敵対する相手に使ってやりたいとは思わない。

 あるいはブレイズ達がおらず、ここにレイ達だけしかいないのなら、もう少し情報を聞き出そうとして、それまで死なないように最悪血止めくらいはするかもしれない。

 だがブレイズがいる以上、そちらに任せてしまった方が気楽なのは間違いなかった。


「結局情報は聞き出せなかったわね。私がレイの名前を呼ばなければ、もう少しどうにかなったかもしれないけど。ごめんなさい」

「マリーナがそこまで気にするようなことじゃない。この男は俺がレイだと分からなかったみたいだが、セトの姿を見ているんだ。そうすれば最初は分からなくても、すぐに俺をレイだと気が付いたと思う」


 グリフォンを従魔にしているのは、知られている限りではレイだけだ。

 もしかしたら、まだ知られてはいないがグリフォンを従魔にしている者もいるかもしれないが、それでもやはりグリフォンを従魔にしている中で最も有名なのはレイなのだ。

 戦いが始まった時はあっさりとヴィヘラによって気絶させられ、目が覚めてまだ頭が完全に働いていない中でレイ達の尋問を受けたので、レイをレイだとは認識出来なかったのだろうが、それは最初のうちだけで、それなりに時間が経過すればきちんとレイをレイだと認識出来た筈だ。

 そういう意味で、男がレイのことに気が付いたのは特に問題はないとレイは考えていた。

 そんなレイの様子に、マリーナは笑みを浮かべる。


「ありがとう、そう言ってくれると私も嬉しいわ。……それにしても、ヴィヘラが穢れを倒す手段を手に入れたのなら、私も早くどうにかしないといけないわね」

「あら、そう簡単に出来ることじゃないわよ? もっとも、私とマリーナだと戦闘方法も全く違うから、マリーナらしい方法で何とか出来るかもしれないけど」


 ヴィヘラの言葉に、マリーナは真剣な表情で頷く。

 やるべきことは分かっている。後はそのやるべきことをどうやってやるのか。

 そう考えるマリーナに、レイは声を掛ける。


「それよりそろそろ行くぞ。早くこの男を引き渡さないと、血の流しすぎで死んでしまう」


 レイは気絶した男の片足を引きずりながら、ブレイズたちが待っている方に向かう。

 掌を半ば切断された男を受け取ったブレイズがどのような反応をするのか……それを少し気にしつつ、そうなっても自分のやるべことは変わらないと半ば開き直るのだった。

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