3266話
ブレイズ達に教えられる限りの事情を説明したところで、次の話に移る。
「それでレイ殿がここに来た理由は穢れに関係していると思っていいのでしょうか?」
「そうなるな。詳細な理由については話すことは出来ないが、依頼があってここに来ているのは事実だ」
レイは若干言葉を濁したものの、その依頼というのはこれまでの話の流れから考えて穢れに関係するものなのは明らかだった。
ブレイズもそれについては理解していたものの、ブレイズは具体的にどのような依頼でここにいるのかといったことは聞かない。
もしここで聞いても、レイの様子から何も言わないというのは明らかだったからだ。
であれば、ここで無理に話を聞くような真似をすればレイとの関係が悪くなるだけになってしまう。
そうである以上、ここで無理にレイをに聞くような真似をしようとは思わなかった。
「そうですか。冒険者である以上は依頼を受けて行動するのはおかしな話ではないのかもしれませんね。……それで、これからレイ殿はどうするのでしょう?」
「まず、あの男から色々と聞き出すつもりだ」
そう言い、レイが視線を向けたのは少し離れた場所で倒れている穢れの関係者。
その側にはセトがいて、もし気が付いたら即座にレイに知らせ、場合によっては動けなくするように押さえつけるように準備を行っていた。
「あの男から、ですか。……レイ殿、その後はどうするのですか?」
「は? その後?」
ブレイズが何を言ってるのか分からず、レイは不思議に思う。
普通に考えれば妖精郷に戻って寝るというくらいだろうが、まさか妖精郷について話す訳にもいかない。
場合によっては、この森の中で野営をする必要があるかもしれないと考えていた。
「野営をするか、もしくはもう少し別の場所に行ってどうにかするか。その辺は分からないけど、もしかして俺達に護衛をして欲しいとでも?」
穢れの関係者の襲撃を受けたのだ。
そうである以上、穢れを倒せる人物がいれば安心して眠ることも出来るだろう。
そういう意味ではブレイズ達がこれからどうするのかというのをレイに聞いてもおかしくはなかった。
しかし、ブレイズはレイの言葉を聞いて慌てて首を横に振る。
「いえいえ、そういうことを言ってる訳ではありません。勿論、レイ殿のように腕の立つ冒険者に護衛をして貰えば助かりますが……私が言いたいのは、その、あの穢れの関係者という男についてです」
「穢れの関係者について?」
「はい。情報を聞き出すと言ってましたが、情報を聞き出した後はどうするのかと」
「……ああ、なるほど。そうよね。ブレイズとしてはその辺を気にしてもおかしくはないわ」
レイとブレイズの会話を聞いていたマリーナは、二人の会話が噛み合っていないのに気が付く。
ギルドマスターとしての経験からか。
あるいはヴィヘラもしっかりと話を聞いていればその辺について気が付いたかもしれないが、ヴィヘラはようやく穢れを自分で倒せるようになったことを嬉しく思い、浸魔掌についての感触を思い返していたので、話を聞き流しており、気が付くようなことはなかった。
「レイ、ブレイズが聞きたいのは、穢れの関係者から情報を聞き出した後でその身柄をどうするかよ。私達は情報を聞き出せさえすればいいけど、ブレイズ達にとっては自分達を襲ってきた相手よ? その身柄は確保して、上に知らせたいと思うのは当然でしょう?」
「ああ、なるほど。そういうことか。それなら構わないぞ。その男の身柄はそっちに譲る」
「……いいのですか?」
あまりにあっさりとレイが承諾したことに驚いたのか、ブレイズは驚いた様子で尋ねる。
ブレイズにしてみれば、穢れの関係者というのは非常に重要な手掛かりだ。
そのような相手を、こうもあっさりと自分達に譲るとは思いもしなかったのだろう。
ブレイズだけではなく、副官もまたレイの言葉を聞いて驚いていた。
そんなブレイズ達に対し、レイは特に気にしていないように頷く。
「ああ。こいつを俺が貰っても、あまり役に立たないしな。ここがギルムのすぐ側なら、ギルムの警備兵に引き渡すといったことも出来るんだろうけど、そんな真似も出来ないし」
その説明はブレイズにも納得出来た。
もしここからギルムまで向かうとすれば、それこそ何十日も掛かるだろう。
いつ雪が降ってもおかしくない季節で、そのような真似をするのは自殺行為だ。
セトが飛ぶのならもっと早いのだろうが、それでも捕虜を連れていくのは大変そうだろうと予想も出来る。
「なるほど。そういうことであれば、ありがたく受け取りましょう。ありがとうございます」
ブレイズとしては、この状況で穢れの関係者はどうしても確保する必要があった。
今回の一件だけではなく、前回の一件もあるのだから。
そのような相手である以上、それこそレイから買い取るという形で話が纏まれば幸いと思っていた。
最悪の場合、戦いになるという可能性すら考えていたのだ。
だが実際には、特にそのようなことをせずともあっさりとレイは引き渡しに同意した。
レイにしてみれば、明日には穢れの関係者の拠点に攻め込むのだ。
もし捕虜を欲するのなら、その時に幾らでも手に入れることが出来る。
それこそ今回遭遇した相手……雑魚とは言わないまでも、穢れの関係者という点では決して上位に位置するのではない相手ではなく、それこそもっと詳しい事情を知っているような者を捕らえることも出来るだろう。
つまりレイにとって、地面に倒れている男は情報さえ聞き出せばそれ以降はどうなっても問題はない。ないのだが……
「そっちに渡すのはいいけど、穢れの対策はどうするつもりだ? 今は気絶しているから穢れを出すような真似は出来ないけど、目が覚めればどうなるかは分からないぞ?」
「それは……」
レイの言葉に、ブレイズは迷う。
もしまた穢れを使われた場合、それに対処出来るとは到底思えなかったのだ。
今回はレイがいたからどうにかなったものの、その方法……レイが口にしたように莫大な魔力を使った魔法で穢れを倒すといったような真似は到底出来ない。
そうである以上、もし男を引き受けても自分達の手に負えないのは間違いないだろう。
「出来ればレイ殿に一緒に来て欲しいのですが……」
「無理だな」
ブレイズの提案をあっさりと断るレイ。
レイにしてみれば、ブレイズの提案に同意した場合、気絶している男を引き渡すだけではなく、その後も延々と付き合わなければならなくなると理解していたのだ。
ブレイズ達に穢れの対処が出来ない以上、そうなるのは仕方のないことだろう。
「どうしても駄目なら……そうだな、奴隷の首輪でも使ったらどうだ? あれを使えば、この男が何か妙なことをしそうになったら、即座に制圧することも出来るだろうし」
奴隷の首輪と聞いてブレイズが眉を顰める。
それはブレイズが奴隷という存在を好ましく思っていないことの証だった。
とはいえ、だからといってすぐ他に何らかの手段を思いつくかと言われれば、それは否だ。
「分かりました。ではすぐにでも奴隷の首輪を持ってこさせましょう。この場に奴隷の首輪はありませんので」
ここに来たのは、あくまでも以前の一件を調べる為。
もしかしたら今回のように穢れの関係者と遭遇出来るかもしれないとは思っていたが、ブレイズ達は穢れについて何も知らない。
まさかいつでも好きなように穢れを呼び出せるかもしれないとは思っていなかったし、何より穢れには物理攻撃も魔法も普通の手段では通じないとは思っていなかった。
そんな訳で奴隷の首輪がここにはない以上、出来るだけ早く持ち帰る必要がある。
気絶した男を連れて行くと、いつ目が覚めるか分からない。
馬で運ぶにしても、揺れればそれだけ外部からの刺激となって早めに目が覚める可能性が高かった。
だからこそ、馬に乗って出来る限り早く奴隷の首輪を持ってくる必要がある。
「そっちで対処出来るのならいいけど……その奴隷の首輪が届く前にこいつが目を覚ましたらどうする?」
「仕方がないので、目が覚めた瞬間にまた気絶させます」
「……そうか」
思ったよりも乱暴な手段に少しだけ驚くレイ。
ただし、今のブレイズ達の状況を思えば、そのような手段しかないのは間違いない、
そのような方法を使わないのなら、それこそこの場で殺すといった方法しかなくなる。
レイが一緒に行動すればその心配はないのだが、生憎とレイにそのつもりはない。
だからこそ、レイはブレイズの口にした内容に特に反対したりすることはなかった。
レイから見ても穢れの関係者は敵である以上、その敵が酷い目に遭うのは特に問題はなかったが。
「それで、あの……レイ殿が情報を聞き出す以上、起こさなければならない訳で……」
「分かった。情報を聞き出したらまた気絶させる」
そう簡単に気絶させるような真似をすれば、当然だが気絶している男の身体に良い影響は与えない。
だが、レイはそんな相手の様子を全く気にせず、ブレイズにそう返す。
「ありがとうございます。それと……その、情報についてはこちらも教えて貰えるのでしょうか?」
「あー……そうだな」
少し迷いながら、レイはマリーナに視線を向ける。
レイ達が聞きたいのは、穢れの関係者の拠点……それもニールセンが見つけた場所についての情報だ。
もしその情報をブレイズ達に話した場合、間違いなく面倒なことになるのは予想出来た。
それこそ場合によっては、ブレイズ達も穢れの関係者の拠点に一緒に来ると言いかねない。
勿論、レイ達が向かおうとしている場所について話さなければそれでいいのだが、それでもあるというのを知っただけで動かなければならないという状況になってもおかしくはない。
「聞かない方がいいと思うわよ? もしここで話を聞けば、もっと危険な場所に入り込むことになるもの。そうなったら、私達も必ずしも守れるとは限らないし」
マリーナの言葉に副官が不満そうな様子を見せる。
副官にしてみれば、自分達が守られるべき存在だと断言されたのが不満だったのだろう。
ブレイズはそんなマリーナの言葉に反論出来ず、黙っていたが。
実際、穢れと戦った時に対処する方法というのは限られており、それは自分達に出来ないことなのだから、マリーナの言葉に反論したくても受け入れるしかない。
「分かりました」
「ブレイズ様!?」
ブレイズの言葉に不満そうな様子で叫ぶ副官だったが、ブレイズはそれに対して首を横に振るだけだ。
これで問題はないだろうと、レイとマリーナはヴィヘラに近付く。
「ほら、ヴィヘラ。いつまでもそうしてないで。そろそろ行くわよ。この男から情報を聞き出さないと、明日の仕事で余計な手間が必要になるかもしれないし」
「え? ああ、ごめんなさい。そうね。いつまでもこうしてる訳にはいかないわね。……じゃあ、取りあえずここから離れましょうか」
拳を握ったり開いたりとしていたヴィヘラはマリーナの言葉に我に返るとそう言う。
そうしてレイ達は気絶した男を引きずって、ブレイズ達から離れるのだった。
「よし、この辺でいいだろ。……って、まだ気絶してるのか。図太いな」
レイは引きずってきた男が未だに気絶したままで目覚めないのを見て、呆れたように言う。
ここは森の中である以上、街道のように平らな場所ではない。
木の根が地面にあったり、結構な大きさの石が普通に転がっていたりする。
そのような状況で足を掴んで引きずられたにも関わらず、穢れの関係者の男は未だに気絶したままだった。
「ヴィヘラの一撃がそれだけ強力だったからじゃないの?」
「それは、褒められてると思ってもいいのかしら? 何だか褒められるというよりも、微妙に責められているような気がするんだけど」
ヴィヘラが不満そうな様子で言うが、そう言われた本人は特に気にした様子はない。
「その辺にしておけ。とにかく明日の為にも出来るだけ早く用事は終わらせたいんだ」
元々、そろそろ寝るかと思っている頃にニールセンから今回の件について聞いたのだ。
そうである以上、こうしている今の時点でそれなりに睡眠時間が削られている。
もっとも、レイ達は別に既定の時間に行動しなければならない訳ではない。
冒険者というのは、ある意味自由に動けるのだ。
そうなると、遅く寝た分、遅く起きるといった真似も出来る。
遅く起きると、ギルドにある依頼の中でも報酬が高いといった好条件のものは奪われてしまうのだが。
ただし、今回の場合は特にそこまで急ぐようなことはない。
依頼を受ける訳ではなく、穢れの関係者の拠点に行くのだから。
場合によっては、それなりに遅い方が穢れの関係者の拠点にいる者達が油断するという可能性もある。
そんな風に思いつつ、レイは気絶していた男に活を入れて気絶から覚ますのだった。
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