3263話
宴が終わり、夕方になった頃……
「妖精郷の外に出る? そんな真似をすれば森の中にいる連中に見つかって面倒な事になるんじゃないか?」
ニールセンの言葉に、レイはそう返す。
夕方になった今はもう、それぞれが好き勝手に動き回っていた。
レイ達にとって幸いだったのは、最初こそこの妖精郷の妖精達はレイ達に興味津々だったのだが、それも宴の中で大分落ち着いたということだろう。
勿論、妖精達が完全にレイ達から興味をなくしたという訳ではないのだが、最初にこの妖精郷に入ってきた時のように多くの妖精に群がられるといったようなことは既になかった。
何人かの妖精は、それなりにレイ達と話をしたそうにしていたが。
「ちょっと様子を見てきておきたいのよ。明日出発する時に、何か便利になるかもしれないでしょう?」
それは単純にお前が妖精郷の外に出てみたいだけでは?
そう言いたかったレイだったが、そう言えば言ったで何となくニールセンは開き直りそうな気がしたので、口には出さない。
また、ニールセンの能力ならそう簡単に見つかるようなこともないだろうという思いもレイにはあった。
それでも万が一を考えると、出来れば妖精郷から外に出ない方がいいだろうというのがレイの思いだった。
「普段ならそれでもいいかもしれないけど、森の中にいる連中は穢れの関係者に関する何らかの情報を探してるんだろ? いつもなら見つからないかもしれないが、今は危ないと思うんだが」
「そうかもしれないけど、小屋のあった場所を見ておきたいのよ」
「小屋?」
何故ここで小屋という言葉が出て来るのか戸惑ったレイだったが、すぐに以前聞いた話を思い出す。
「それは、元々ニールセンがこの妖精郷に来る理由になった、穢れの関係者の拠点と思しき場所のことか? けど、その小屋は穢れの関係者によって消滅させられたんじゃなかったのか?」
「そうよ。でも、もしかしたら何か手掛かりが残ってるかもしれないでしょう? 以前は見つけられなかったけど、時間が経った今だからこそ見つけることが出来るかもしれないし」
「もし手掛かりの類があっても、それこそ現在森の中にいる連中が先に見つけて確保してると思うんだが」
穢れの関係者が拠点の一つとして使っていた場所だ。
その小屋の存在を知っている者がいれば、あからさまに怪しいと判断出来るだろう。
だからこそ穢れの関係者について調べている者達にしてみれば、その小屋のあった場所はしっかりと調べる必要があるのは間違いなかった。
「それでも、見ておきたいのよ。お願い」
「……分かった」
何故ここまでニールセンが小屋の様子を確認しに行きたいのか、レイには分からない。
分からないが、それでもこうして必死になって言っている以上は何か理由があるのは間違いないだろう。
「けど、絶対に見つかったりするなよ。もしこの状況でニールセンが……というか妖精が見つかったりしたら、穢れの関係者と妖精に何か繋がりがあると判断されてもおかしくはないんだから」
「分かったわ。その辺には注意するから安心してちょうだい。……妖精の長達に穢れの伝承が伝わっていたんだから、何の関係もない訳じゃないんでしょうけど」
そう言いつつ、レイから許可を貰ったニールセンは近くで待っていた他の妖精達に近付くと、嬉しそうな笑い声を上げつつ飛び去っていく。
(あれ、もしかして手掛かり云々というのは建前で、実は単純に妖精郷の外に遊びに行きたかっただけなんじゃないか?)
嬉しそうなニールセンの様子を思い出すと、レイはそんな風に想像してしまう。
「レイ、ニールセン達はどうしたの?」
ニールセンを見送っていたレイに、不意にそう声が掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにはヴィヘラの姿があった。
何故か複数の妖精を髪からぶら下げたりしているが。
「ちょっと妖精郷の外に出て来るらしい。……で、ヴィヘラは一体何だってそんな状況なんだ?」
レイにしてみれば、ニールセンよりもヴィヘラの現状の方が疑問だった。
ニールセンの方は、何か問題があったら長が……降り注ぐ春風ではなく、数多の見えない腕の方がお仕置きをするだろうと判断を丸投げした形だ。
「何でと言われても……本当に何でかしらね? この子達に聞いてみたら?」
「何となくー」
「そうそう、何となくだよー」
ヴィヘラの言葉を聞いた妖精達は、そんな風に言う。
嫌々やってるのではなく、寧ろ喜んでやっているのはこうして見れば明らかだ。
だが、ヴィヘラの髪にぶら下がるのがそんなに面白いのか? とレイは疑問に思う。
(面白いからやってるんだろうけど)
基本的に妖精は、面白いことを好む。
つまり、何の意味もなくこのような真似をしたりはしない。
髪にぶら下がることの一体何がそんなに面白いのか、レイには分からなかったが。
「で、ヴィヘラは痛くないのか? 普通に見れば痛そうに見えるけど」
妖精一人の重量はそこまでない。
だがそれでも、髪の毛にぶら下がるといった真似をしていれば、当然ながらその重量は相当なものとなる。
一人ならまだしも、数人の妖精がぶら下がっている状態では相応の重量となってもおかしくはないのだが……
「平気なのよ。これも妖精だからかしらね?」
妖精魔法でも使ってるのかしらと言うヴィヘラに、レイはそういうものかと納得する。
それが事実かどうかは、レイにも分からなかったが。
あるいは妖精魔法以外の何らかの手段でそのようにしている可能性も十分にある。
「それで話を戻すけど、本当にニールセンを外に向かわせてもよかったの?」
妖精を髪からぶら下げたまま、本人は全く気にした様子もなくレイに尋ねる。
実際に痛みを感じていないのだろうと思えるようなその様子に疑問を抱きつつも、ヴィヘラが問題ないのならそれで構わないかと判断し、頷く。
「ニールセンにしてみれば、自分達が中途半端にしか調べられなかった場所だけに、改めて調べてきたいという思いもあるんだろう。それ以外にも単純に妖精郷の外で遊んできたいという思いもあるのかもしれないが」
「だからこそ、大丈夫なのかと聞きたいのだけれど。ニールセン達が森の中にいる人達に見つかったら危ないんじゃない?」
「ニールセンもその辺については承知の上での行動だろうから、気にする必要はないと思う。実際にこの状況でニールセンを見つけられるかとなると難しいだろうし」
「ふーん。レイが問題ないと判断したのなら、私もそれで構わないけど。……あ、そうだ。マリーナを知らない? いつの間にか見えなくなってるのよ」
そう言われたレイは周囲を確認する。
とはいえ、妖精郷の中は結構な広さがあるので、レイのいる場所から周囲を見回しても、それで全てを理解出来る訳ではないのだが。
それでも見回した範囲にマリーナの姿がないのは事実だった。
「マリーナはいないな。降り注ぐ春風もいないし、二人で話をしてるとか、そういうことだったりしないか?」
見た限り、降り注ぐ春風の姿もない。
何となく似ている二人である以上、一緒にいなくなるというのはその二人が一緒にいるような気がレイにはした。
具体的にどこが似てるのかと言われると言葉に詰まるのだが。
無理矢理似ているところを言葉にするのなら、雰囲気といったところか。
「ふーん。精霊魔法でこの子達と遊んで貰おうと思ったんだけど、それはちょっと難しいみたいね」
「それが狙いだったのか」
「ええ。この子達も私の髪の毛にぶら下がっているより、精霊魔法で遊んで貰った方がいいでしょう?」
そういう理由でマリーナを捜していたのかと、納得するレイ。
「そう言えばセトはどうしたんだ? ヴィヘラと一緒に妖精と遊んでいたと思うけど」
「セトなら……ほら、向こうの方で妖精達を背中に乗せて走ってるわよ」
ヴィヘラの視線を追うと、かなり離れた場所でセトが地上を走っていた。
ヴィヘラが言うように、その背に……いや、背どころか頭の上にすら妖精を乗せて走っている。
「なんというか、妖精の山盛りだな」
「そうね。妖精の飛ぶ速度はそれなりに速いのに、ああやってセトに乗って走るのもそれなりに面白かったりするのかしら?」
「セトの走る速度は妖精以上だし、そういう意味では妖精達にとっても面白いのかもしれないな」
そんな風にレイとヴィヘラは妖精郷の中で遊ぶセトを眺める。
こんな風にゆっくりとしていてもいいのか?
少しだけそう思ったレイだったが、明日には穢れの関係者の拠点……岩の幻影のある場所に行き、その中に入る必要がある。
そうなれば、間違いなく大きな騒動となる。
穢れの関係者が具体的にどのくらいの人数いるのか分からないし、穢れがどれくらい出てくるのかも分からない。
レイ達はそんな中で暴れ回ることになるのだから、今は明日の英気を養う為にもゆっくりとした時間を楽しむのは悪くない話だった。
「セト、面白そうね。貴方達はセトの場所に行かなくてもいいの?」
「行くー!」
ヴィヘラの髪にぶら下がっていた妖精の一人がそう言って髪から手を離して飛ぶと、他の妖精達もそれに続く。
気が付けば、ヴィヘラの髪にぶら下がっていた妖精達は全員がセトのいる方に向かって飛んでいった。
「マリーナがいなくてもどうにかなったな」
「そうね。……でもセトに押し付けた格好になるけど、大丈夫?」
「セトの様子を見る限りだと、嫌がってはいないように思えるな。寧ろ楽しそうに見える。だから、セトについてはそこまで心配する必要はないと思うぞ」
「そう? だったらいいんだけど。……それにしても、この妖精郷は気分がいいわね」
「気分がいい? そうだな。こうして見ている限りでだと、外とは違って随分とゆっくり出来てる気がする」
「でしょう? 明日から忙しくなるんだから、今日くらいはこうしてゆっくりとしておきたいわね。レイもそう思わない?」
「そうだな。こうしてゆっくりとしていると……正直なところ、明日にはそこまで忙しくなるとは思えないくらいだ」
そんな風に会話をしている二人のいる場所に、先程セトに向かっていったのとは別の妖精が数人やってくる。
「ねえ、ねえ。レイとヴィヘラはニールセンと一緒にやって来たのよね? 辺境ってどんな場所? この森とは違うの? この妖精郷はもう何十年もここにあるから、辺境とかそういう場所に行ったことはないのよ」
「そうそう、前にニールセンが来た時に言ってたけど、辺境って随分と違うんでしょう?」
妖精達の様子から、辺境について少しでも知りたいと思っての行動なのだろうとレイは理解する。
視線をヴィヘラに向けると、ヴィヘラも少し困った様子を見せていた。
ヴィヘラも辺境で暮らし始めてそれなりに時間が経つ。
だが同時に、具体的にどういうことを話せばいいのか分からない。
どのような話題だと妖精が喜ぶのか、分からないのが大きな理由だろう。
「そうね。辺境だけに高ランクモンスターはそれなりにいるわよ。そういうモンスターはこの辺の森では出ないんでしょう?」
「うーん……あ、でも前にニールセンが来た時、巨大な鳥のモンスターが出たらしいわ。長が言うには、高ランクモンスターだって」
「そう。出来れば戦ってみたかったけど……」
そう言い残念そうな様子を見せるヴィヘラ。
ヴィヘラの性格を考えれば、そのように思うのはそうおかしな話ではない。
レイはそんなヴィヘラを見ていたが、妖精達が自分に視線を向けているのに気が付き、慌てて口を開く。
「ヴィヘラの意見に追加するようだけど、辺境はモンスターとかが多いから、その肉とかはかなり安く売られてるぞ。……そう言えば、昼食の料理は美味かったな。トレントの森の妖精郷だと、料理とかは殆どなかったけど」
今更ながらに、レイはそんな疑問を抱く。
トレントの森の妖精郷では、それこそレイが持ってきた串焼きを始めとした料理に多くの妖精達が群がってきた。
それと比べると、この妖精郷では普通に料理が……それも美味い料理を食べ慣れたレイも普通に美味いと思えるような料理が作られていたのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
……その辺に気が付くのが遅すぎるのかもしれなかったが。
「料理は長が教えてくれたの。長は料理が好きだから」
そう言う妖精に、なら長……数多の見えない腕は料理を教えなかったのか? とレイは疑問に思う。
疑問に思うものの、人には……そして妖精にも得意不得意があるのは仕方がないだろうと判断し、それ以上その辺について考えるのは止めることにする。
何か自分は思いもつかない理由があるのだろうと、そんな風に思いながら。
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