3262話
「さぁ、今日はこの妖精郷でゆっくりとしていってね」
妖精郷に到着してから数時間……妖精達の用意した料理を前にしたレイ達に向かい、降り注ぐ春風はそう言う。
時間的にはまだ昼すぎといったところなので、本来ならレイとしては今日のうちに穢れの関係者の拠点……特にニールセンが見つけたという、岩の幻影がある場所に向かいたいと思っていた。
しかし、そんな中でもこうして降り注ぐ春風が料理を用意してくれたのだから、それを無視するという訳にもいかなかった。
単純に、昼食がまだだったので腹が減っていたというのもあるが。
「美味いな、これ。……ただ焼いただけの肉かと思ったんだけど、香草とかで不思議な風味がついている」
「ふふん、どう? 美味しいでしょう。この料理は私が得意な料理なのよ!」
レイの呟きが聞こえたのだろう。
この妖精郷の妖精が、そう言ってレイに向かい自慢げに言う。
胸を張っているその様子は、愛らしいという表現が相応しい。
もっともレイにしてみれば、トレントの森の妖精郷で妖精については十分に理解しているので、このような妖精の様子を見ても特に興奮するようなことはなかったが。
「この肉はモンスターの肉か?」
「ううん、この森だとモンスターとかはあまり出ないから。鳥の肉よ。鳥ならこの季節でも結構いるし」
「鳥? よく獲れたな。いや、妖精魔法とかを使えばどうにかなるのか?」
「ううん、罠よ」
「……それは、また……」
てっきりニールセンが使うような妖精魔法で鳥を捕まえたのかと思っていたレイだったが、妖精の口から出て来たのはまさかの罠。
妖精の大きさは掌程だが、そんな妖精がどうやって鳥を捕まえる罠を作ったのか、少し気になったレイだったが、レイがそれを聞くよりも前に降り注ぐ春風がレイの側に近付いてくる。
「楽しんで貰えてる?」
「ああ、美味い料理を食べさせて貰ってるよ」
そう言うレイの言葉は、決してお世辞ではない。
料理そのものはそこまで手が込んでいる訳ではないが、それでもその辺の下手な店で食べる料理よりも美味いのは明らかだ。
そんなレイの気持ちが伝わったのだろう。降り注ぐ春風は嬉しそうな笑みを浮かべる。
降り注ぐ春風にしてみれば、妖精郷で出された料理をこうして喜んでくれるというのは、非常に嬉しいことだった。
「そう言って貰えると、私達もこうして準備をした甲斐があるわね。……それにしても、レイは数多の見えない腕とはあまり相性が良くなさそうに見えるけど、大丈夫? 数多の見えない腕はかなり生真面目な性格をしてるから」
「まぁ、そうだな。生真面目な性格をしているからこそ、ニールセンとかはお仕置きをされたりするんだろうし」
レイの視線が向けられたのは、前回この妖精郷に来た時に知り合った妖精達と遊んでいるニールセンの姿だ。
そのニールセンが今まで何度となく数多の見えない腕によるお仕置きをされてきたというのを、レイは知っている。
「生真面目な性格だからこそ、今回の件で助かってるのも事実なんだけどな」
「そうなの? 私の知ってる数多の見えない腕だと、人間と積極的に協力するとは思えないんだけど。……レイが人間と呼んでもいいのかどうかは分からないけど」
そう言い、数秒前の優しげな笑みとは全く違う真剣な表情でレイを見る。
そんな降り注ぐ春風の視線に動揺するレイだったが、それを表情に出すような真似はしない。
マリーナがダークエルフであるのはともかく、世界樹の巫女であると見抜き、ヴィヘラがモンスターを吸収したというのを見抜いているのだ。
そんな降り注ぐ春風にしてみれば、レイを見て普通の人間ではないと判断してもおかしくはない。
事実、レイの身体は日本にいた時の身体とは違い、ゼパイル一門が作った身体にレイの魂を定着させたといった形だ。
そのような身体だけに、レイを見て普通の人間ではないと見抜いた降り注ぐ春風の考えそのものは決して間違っている訳ではない。
レイにしてみれば、まさか自分の身体の秘密を見抜かれるのは完全に予想外だったが。
(いや、この様子を見る限りだと、まだ完全に見抜いた訳ではなく、疑問に思っているといったところか? そうなると、後は上手い具合に誤魔化せばどうにかなるかもしれないけど……どうだろうな)
レイもゼパイル一門の技術力については十分に理解している。
そのゼパイル一門によって作られた、それも適当に作った訳ではなくゼパイル一門の技術を結集して作り出された自分の身体を見て、すぐにそれを見抜かれるとは思っていない。
「さて、何のことだろうな? 俺が色々と普通じゃないことは自分でも分かってるけど、俺は小さい頃から魔法使い……いや、自分を魔術師と呼んでいた師匠に育てられてきた。そういう意味では普通じゃないんだろうな」
現在この世界において、魔術師という言葉はほぼ使われていない。
魔法使いの方が一般的で、そういう意味では自分を魔術師と名乗っているという時点で明らかに変わり者と認識される。
そんな人物に育てられた以上、自分は普通と違っていてもおかしくはない。
そう言い張るレイ。
今まで何度も使ってきたカバーストーリーなのだが、今までと違って降り注ぐ春風はどのような手段を使ってか、レイをただの人間ではないと見抜いている節がある。
自分のカバーストーリーが効果を発揮しているのかどうか、生憎とレイには分からなかったが……それでも今の自分の状況で出来るのは、この程度だけだった。
「ふーん。……まぁ、数多の見えない腕が問題ないと判断してるのなら、私が何かを言ったりする必要はないんでしょうけどね」
そう言いつつも、降り注ぐ春風は完全にレイを信じた訳ではない。
本人も口にしているように、数多の見えない腕が信じた相手だということで、本当の意味で危険があるとは思えなかった。
しかし、それでもレイを見た時から完全に信じるのは危険ではないか? と、そんな風に思っていたのだ。
具体的に何が理由でそのように思ったのかは、降り注ぐ春風本人にも分からなかったが。
そんな降り注ぐ春風の様子を見ていたレイは、このままだと話の流れが不味くなると判断し、口を開く。
「それにしても、まさか森にあれだけの者達がいるとは思わなかったな。ニールセンから聞いた、巨大な鳥のモンスターの一件……いや、穢れの関係者と騎士達が戦った一件か?」
「後者でしょうね。モンスターが来るのはそれなりに珍しいけど、だからといって空を飛ぶモンスターならそういうこともあるし、実際今までにも何度かあったわ。ニールセン達が見たような、巨大な鳥のモンスターというのは珍しいけど」
「出来ればそっちであって欲しかったんだけどな。……穢れの関係者の拠点に向かう時、余計な騒動が起きないといいんだが」
森の中にいる者達……兵士や冒険者、あるいは騎士もいるかもしれないとレイは予想しているが、そのような者達と遭遇すると、言い訳が面倒だ。
レイがニールセンから聞いた話が事実であれば、穢れの関係者との戦いで騎士達には死人も出ている。
そうなると面子の問題もあり、それを行った者を捕らえるなり、殺すなりしたいところだろう。
あるいは犯人の所属している組織をどうにかするのか。
その辺りについてはレイも具体的にどうするのかは分からなかったが、それでも関わると面倒なことになるということだけは理解出来た。
「大丈夫でしょう? レイ達がこれから行くのは、この森じゃなくてもっと離れた場所なんだし。この森に幾ら人がいても、レイ達がどうにかなるとは思えないわ」
「なら、妖精郷を出発する時はさっきみたいに森にいる者達に気が付かれないようにしてくれるのか?」
「ええ、そのくらいなら問題ないわ。……ただし、あくまでも妖精郷を出る時だけよ? 例えば、ニールセンが見つけたという岩の幻影がある場所の付近にまで人が入ってきていたら、残念だけど私には何も出来ないわ。効果時間がそんなに長い訳じゃないし」
降り注ぐ春風のその言葉には、レイも納得するしかない。
実際に岩の幻影のある場所まで行ってみないと、具体的にどのようになっているのか分からないのだから。
ただ、レイがニールセンから聞いた話によると、途中の川で一休みするくらいには離れている場所らしいので、恐らく大丈夫だとは思っているのだが。
「わかった、それで頼む。……ちなみに、この妖精郷からは誰か妖精を連れていったりとか、そういうことはしなくてもいいのか?」
「うーん、出来れば連れて行って欲しいとは思うけど、危険さを考えるとちょっとね。ニールセンから聞いていた穢れだけなら問題はないと思うのだけど」
降り注ぐ春風にしてみれば、自分の仲間を危険な目に遭わせたくはない。
だからこそ、万が一のことを考えるとこの妖精郷から誰か妖精を同行させるというのは気が進まなかった。
……それだけ、穢れを自由に扱っていた男が危険だと思っているのだろう。
とはいえ、穢れの件については降り注ぐ春風にとっても放っておける問題ではない。
穢れについての言い伝えは妖精の間にもほぼ残っていないものの、それでも危険な存在だというのは理解している。
それを思えば、本来なら穢れの関係者がいると思しき場所には誰か妖精を派遣した方がいいのは間違いないのだが。
「そうか。派遣しないならそれでもいい。妖精の目線という意味では、ニールセンがいるし。何か分からないことがあったら、ニールセンから聞いて貰えばいいだろうし」
「そうね。悪いけどそうさせて貰うわ。その代わり、この妖精郷をレイ達の拠点に使ってもいいわ。具体的にどのくらいの日数が必要になるのか、分からないでしょう?」
「それはありがたいな」
降り注ぐ春風からの提案は、レイにとっても悪い話ではない。
まだ実際に穢れの関係者の拠点がどこにあるのかは分かってないが、ニールセンから聞いた話によるとそれなりに距離はあるが、それでもセトならそこまで時間は掛からない筈だ。
であれば、その周辺を探索しながら実際に拠点の中に乗り込むといった真似をするにしても、ある程度の時間が必要になるかもしれない。
これが普通なら、マジックテントを使った野営をしたりも出来る。
しかし、敵の拠点の側でまさか野営をしたりする訳にもいかない。
セトに見張りをして貰っていても、いつ穢れに襲撃されるのか分からない。
レイがいれば魔法で穢れを倒すことは出来るものの、だからといって寝ている時にいきなり穢れに襲撃されるような真似をされれば、咄嗟に対処出来るかどうかは微妙なところだ。
それと比べると、この妖精郷の中で寝泊まりしていれば、穢れに襲撃を受けるといった心配はあまり必要ない。
絶対にその心配がない訳ではないのは、この妖精郷のある場所がなんだかんだと穢れの関係者の拠点からそこまで離れていないというのが大きい。
また、穢れの関係者にしてみれば、レイは絶対に倒すべき敵だ。
もしレイがこの妖精郷にいると知れば、すぐにでも攻撃を仕掛けてもおかしくはない。
もっとも、それはあくまでも最悪の可能性であり、普通に考えればここで攻撃をされるといったような心配は基本的にしなくてもいいのだが。
「喜んで貰えたようで何よりね。穢れの関係者の拠点の探索には直接的な協力は出来ないと思うけど、それ以外なら何かあったら出来る限り協力するから、そのつもりでいてちょうだい」
それは降り注ぐ春風にしてみれば精一杯の譲歩。
レイもそれは分かったので、その言葉に素直に頷く。
「分かった。何かあったらよろしく頼む。もっとも、そう簡単にどうこうなったりはしないと思うけどな」
レイの言葉に降り注ぐ春風は笑みを浮かべると、そのままレイの前から飛び去っていった。
「随分と楽しそうに話していたわね」
降り注ぐ春風がいなくなったと思うと、マリーナがレイの隣にやってきてそう言う。
とはいえ、言葉程に不満を持っている訳ではないのは、マリーナが面白そうな笑みを浮かべているのを見ればレイにも明らかだったが。
「楽しそうだったか? 寧ろ仕事関係の話をしていたって感じだったんだけどな」
「そう? 私から見たら楽しそうに見えたわよ?」
「マリーナがそう見えても、実際に話していた俺にしてみれば違うんだよ」
そう言うレイだったが、マリーナの表情は変わらない。
そんなマリーナに、これ以上何を言っても意味はないと判断したのだろう。
レイは話題を変える。
「それで、穢れの関係者の拠点の件だが、どう思う?」
「どう思うって、何が?」
「どういう敵が待ち伏せているのかって事だな」
「うーん……幻影で隠している以上、それなりの数はいる重要な場所だと思うけど」
そんな風に会話を続けるのだった。
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