3254話
セトの存在の影響で、村に入らず村の外で野営をする……という話に決まりかけたところで、村からやって来た男の一人が口を開く。
「ちょっと待ってくれ。幾らなんでも、村までやって来た人達を村の外で寝泊まりさせるってのは、村の評判にも関わる。そっちのグリフォンだったか? そいつだけが村に入らなければ問題はないんだぞ?」
「その気持ちは嬉しいが、このグリフォン……セトは、俺のテイムモンスター、相棒だ。そんなセトだけを村の外に出しておいて、俺だけゆっくりするなんてことは、とてもじゃないが出来ない」
そう言うレイに、村人は困った様子を見せる。
(お? これは……)
村人が本気で困っているのを見たレイは、若干警戒を下げる。
どうしても自分達の村に引き込んで、何か良からぬことを考えている……そう思っていたのだが、村人の様子にはそういう悪意のようなものを感じない。
真剣にレイ達を心配しているというのが、十分に理解出来たのだ。
(とはいえ、この男がそうだったからといって、他の村人や肝心の村長も同じタイプだとは限らないけどな)
自分でも疑い深くなっているとは思うレイだったが、今までの経験からすると簡単に相手の言い分を完全に信じるという訳にはいかない。
「あんたの気持ちは嬉しい。けど、セトが村の中に入るのは駄目なんだろう?」
「……少し待っていてくれ。それだけが問題なら、村長に聞いてくる。村長が問題ないと言えば、そのグリフォンが村の中に入ってもいいから」
結局村人が最初に折れて、レイにそう提案する。
村というのは閉鎖的な場所が多い。
それは間違いなく、この村もまたその例に漏れない村だったが、だからといって村にやって来た相手を……それもレイとセトはともかく、飛びきりの美人二人を村の外で野営させるようなことをするのは、気が進まない。
閉鎖的ではあっても、相手を思いやる心を持っている……そんな人物が、レイと話していた男だった。
「おい、テオ。本気か? グリフォンなんかを入れたら、一体どうなるか……分かってるだろ?」
レイと話していた男は優しい性格をしていたが、それが他の者達も同じかと言えば、否だ。
中にはセトを村の中に入れるのは絶対に反対だという者もおり、レイと話していた男……テオと呼ばれた男に不満そうに叫ぶ。
レイにしてみれば、そんな相手の言葉にも納得出来るところがあるのは事実だ。
寧ろ、テオのように人の良い者ばかりでは、何らかの問題が起きた時に対処出来なくなってもおかしくはないのだから。
「分かってる。けど、この人達を村の外で野営させる訳にはいかないだろ。それに……見てみろよ、あのグリフォンは俺達がいても特に襲ってきたりする様子はない」
「それは……」
テオの言葉に、話していた男がセトに視線を向ける。
既に日は完全に暮れてしまっているが、村の者達が持ってきた松明でその姿を確認することは出来る。
松明の明かりの中、テオの言葉通りセトは特に攻撃したり唸ったりする様子もなく、ただ黙っている。
それどころか、松明の明かりに照らされたセトは円らな瞳でどうしたの? と見返していた。
不満を抱いていた男だったが、そんなセトの円らな瞳を見ると、何も言えなくなる。
愛らしい、とそう思ってしまったのだ。
「分かったよ。好きにしろ。ただし、村長が駄目って言ったら駄目だからな」
結局そうなるのだった。
「じゃあ、取りあえず村の側まで来てくれ。俺は村長に話をしてくるから。……それでその、あれはどうするんだ?」
テオの視線が向けられたのは、少し離れた場所にあるセト籠。
どこからこのような巨大な物を持ってきたのか、テオには分からなかった。
ただ、グリフォンという高ランクモンスターを連れているレイ達である以上、自分の知らない何かがあってもおかしくはなかった。
そんな予想を裏付けるように、レイはセト籠に近付くとミスティリングに収納する。
「……え?」
巨大なセト籠が、一瞬にして消えた。
その光景にテオは勿論、他の者達も驚きの声を上げる。
一体何がどうなって今のようなことになったのか、全く理解出来なかったのだろう。
レイにしてみればミスティリングは使い慣れているものの、それを知らない者達にしてみれば一体何が起きたのか理解出来ない。
ミスティリング……アイテムボックスはこの世に数個しか現存していない。
一応量産型、もしくは劣化版もあるのだが、それもそれなりに高価で、この村にいる者達がそう簡単に見ることが出来るような代物ではない。
だからこそ、レイのミスティリングを見た者達は驚くことしか出来なかった。
そんなテオ達に、レイは特に気にした様子もなく声を掛ける。
「こっちの準備はもう終わったから、村まで案内してくれるか? ……まぁ、見えてるんだから、別に案内をする必要はないと思うけど、俺達だけで行ったら攻撃されるかもしれないし」
「え? あ、ああ。分かった。すぐに案内するよ。だけどその……今のは一体何だったんだ?」
「今の? ああ、ミスティリングか。いわゆるアイテムボックスだよ」
「アイテムボックス?」
このような小さな村だからか、アイテムボックスと言われてもピンとこないらしいテオ。
そんなテオを見て、レイは少し考えてから口を開く。
「ようは、マジックアイテムだと思って貰えばそれでいい。マジックアイテムだけに、ああいう巨大な物を収納出来たりする訳だ」
「……なるほど」
なるほどと口にしたテオだったが、実際にはそれはレイの言葉を理解したのではなく、取りあえず納得したように見せておけばそれでいいだろうと、そのように思っての行動だった。
テオの様子から、レイもそれは何となく理解出来た。
理解は出来たものの、別にここで改めて詳細を説明はしなくてもいいだろうと判断し、テオに声を掛ける。
「そんな訳で、いつまでもここにいる訳にもいかないし、案内を頼む」
「分かった」
レイの言葉に、テオは大人しくレイ達を村まで案内する。
村まではそんなに離れていないので、それこそ十分程度で到着したのだが、村の門の前には何人もの村人が集まっていた。
先程のセト籠を地面に降ろした時の音から、何があったのか気になって多くの者が村の前まで集まってきていたのだろう。
「テオ、そっちの人は……?」
「あ、母ちゃん。さっきの音の主だよ。村に泊まっていきたいって話だったから、ちょっと村長に話してくる。……そこのグリフォンは大人しいから、気にする必要はないと思う」
「え?」
グリフォンと言われて驚く女。
だが、テオはそんな様子は気にせずに村の中に入っていく。
そこに残されたレイ達は、テオが戻って来るまで待つことになる。
そんな中、少し離れた場所にいたセトがレイのいる方に近付いて来て、それによってテオと話していた女も、それ以外の者達もグリフォンと言っていたテオの言葉の意味を理解した。
「ひぃっ!」
集まっていた者達の何人かが、悲鳴を上げる。
突然セトが出て来たのだから、驚くなという方が無理だろう。
「安心してくれ、このグリフォンは襲ってきたりしない。……だよな?」
驚くことに、悲鳴を上げた者達にそう言ったのは先程テオに不満を口にした男だ。
セトの円らな瞳を見たことで、自分達に敵対しないと考えたのだろう。
実際、セトは危害を加えられない限り、攻撃的になったりはしない。
「ああ。ただし、セトが大人しくしてるのは危害を加えられないからだ。可愛がるのはいいけど、危害を加えようとした場合はどうなっても責任は持てないぞ」
セトの……グリフォンの体毛は、錬金術師にしてみれば非常に貴重な素材だ。
上手く売ることが出来れば、体毛の数本であっても数ヶ月は働かなくてもいいような金額になるくらいには。
勿論、このような小さな村の住人がその辺りの事情を知ってるとは限らない。
だが、それでも万が一を考えると、警告しておいた方がいいとレイは思ったのだ。もっとも……
「そんなこと、する訳がないだろ。グリフォンだぞ? そんな相手に危害を加えるとか、自殺行為でしかない」
男が慌てたようにそう言い、その話を聞いていた者達も同意するように頷く。
するとまるでそのタイミングに合わせたかのように、テオが戻ってくる。
(随分と早いな?)
テオの姿を見てそんな風に思うレイだったが、そんなレイに向かってテオは笑みを浮かべて口を開く。
「村長から許可を貰ってきた。グリフォンも村の中に入れてもいいってよ。ただ、絶対に問題を起こさないことが条件だけど」
「分かった。ただ、さっきのこっちの会話を聞いていたかどうかは分からないが、セトは危害を加えられればそれに反撃する。それを問題と思うなら、やっぱり俺達を村の中に入れない方がいい」
「いやいや、それくらいなら問題ないって。普通に考えて、危害を加えられても反撃するなとか、そんな風には言えないんだから」
予想外に受け入れるその言葉に、レイは驚く。
驚くが、テオが村長を説得してそこまでの条件を引き出してくれた以上、レイも断る訳にはいかない。
どうする?
そう思いながら、レイはマリーナとヴィヘラに視線を向け……同時に、ドラゴンローブの中でニールセンが自分は村の中に入りたいとレイの身体を叩いて主張する。
「いいんじゃない? ここまでされたんだし」
「私も賛成よ」
マリーナとヴィヘラの二人がレイに向かってそう言う。
こうしてレイ達は村の中に入ることが許されたものの、それはあくまでもレイ達の方で話が決まったこと、村の入り口付近に集まっていた村人達にしてみれば、本当にレイを入れてもいいのか? といったように疑問を抱く。
「ちょっと、テオ。本当に村長がいいって言ったのかい?」
「ああ、言ってたよ。おばちゃんが何を心配してるのかは分かるけど、この人達の様子を見る限り、盗賊とかそういう連中じゃないと思うから、心配しなくてもいいと思う」
「それは……まぁ、ああいう人達で盗賊とは思えないかもしれないけど……」
テオと話していた女が視線を向けたのは、マリーナとヴィヘラの二人だ。
一人は胸元と背中が大きく開いたパーティドレスを着ており、もう一人は娼婦や踊り子が着るような薄衣を身に纏っている。
このような村では一生に一度見ることが出来るかどうか……いや、まず見ることが出来ないだろうそんな服装に身を包んでいる二人が、盗賊だとは到底思えない。
……実際にはレイの着ているドラゴンローブも非常に高価なマジックアイテムなのだが、その効果の一つにそのように相手に気が付かせないというものがあり、この村にいるような者達ではそれを見抜くことは到底出来なかった。
「だろう? なら、折角村にやって来た人達をそのままにしておくことは出来ないだろ」
テオの言葉に、村人達も何も言えなくなる。
あるいはこれが、春や夏であれば外で野営をさせてもいいと言ったかもしれないが、今はもう冬だ。
気温もかなり低く、この辺りでもまだ雪は降っていないが、いつ降ってきてもおかしくはない、そんな寒さだ。
そのような中で怪しいからといってレイ達に村の外で野営をしろとは言えない。
それこそ、場合によっては明日の朝には凍死している可能性も否定出来ないのだから。
「分かったよ。けど、何かあったら……その時はしっかり対応するようにね」
「任せてくれって」
レイ達の存在に不安を抱いていた者も、結局はテオにそう言う。
もっとも、テオはあっさりと任せてくれと言ってるものの、もし実際にそのようなことになった場合、テオにはどうしようもないだけの実力差があるのだが。
とはいえ、レイがその件について突っ込むようなことはない。
基本的に自分がこの村で何かをするつもりはないのだから。
あくまでも自分からは何もしないというだけで、もし村の中で何か危害を加えられようとした場合は、相応の対処をするつもりなのだが。
もっとも、こうしてテオを含めた村人達と話して見たところ、特に何かを企んでいる様子はなかったが。
レイだけなら、人を見る目の問題で相手の企みを見逃すという可能性もあったが、ここにいるのはレイだけではない。
元ギルドマスターとして多くの冒険者達を見てきたマリーナに、元皇女として多くの者と会ったことのあるヴィヘラ、そしてグリフォン特有の鋭い感覚を持つセト。
そんな二人と一匹も、特に問題はないという様子だったので、レイが安心するのは当然だろう。
「さて、じゃあ入ってくれ。早速村長の家に行くから。まずは何をするにも、村長に知らせる必要があるんだよ」
そう言うテオに、レイ達も特に異論はなく村の中に入るのだった。
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