3243話
レジェンド1の3001話以降を削除しました。
これからもレジェンドをよろしくお願いします。
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声の聞こえた方に進むレイとセト、ニールセンだったが、やがて自分達の方に走ってくる研究者の姿を見つける。
「研究者?」
普段であれば、こういう時に穢れを引き連れてくるのは冒険者の仕事だ。
だというのに、何故このような状況に?
一瞬そう疑問に思ったレイだったが、取りあえず心配はなさそうなので安心する。
三匹の穢れは、サイコロが二匹、円球が一匹。
だが、双方共に移動速度はそこまで速くはないので、研究者が走っていれば追いつかれるといった心配はない。
「こっちだ、こっちに走ってこい!」
フラットから受け取った、新しいミスリルの釘を手にレイが叫ぶのだが……
「おい?」
何故か研究者は、こっちに来いと叫ぶレイのいない方に向かって走り出す。
「おい、こっちだ! 聞こえてるんだろう! こっちに来い!」
改めて叫ぶレイだったが、やはり研究者はレイのいない方に走る。
最初は穢れに追われているということで自分の声が聞こえてないのか? とも思ったレイだったが、一度ならともかく何度も呼び掛けているのにそれに気が付かない筈はない。
「ちょっと、レイ。どうするのよ?」
緊急事態ということで、今までいたセトの身体の上からレイの頭の隣にやってきたニールセンが、そう尋ねる。
研究者がレイのいない方に向かっているということは、この穢れをレイに倒されたくない、もしくは炎獄やミスリルの結界に捕獲されたくないということを意味していた。
一体何故研究者がそんな風に思ったのかは分からないが、この状況でどうするべきなのかはレイも迷い……近くに一人の冒険者がいて、一体研究者はなにをやってるんだ? といった様子で眺めているのに気が付く。
「おい、あの三匹の穢れに攻撃して、こっちに連れて来てくれ」
「分かった」
「悪いな」
突然のレイの頼みに、嫌な表情を浮かべるようなこともなく引き受けてくれた冒険者にレイはそう言う。
その冒険者は、地面に落ちている小石を拾いながら気にするなと返す。
「穢れに自由に移動されると、こっちも困るからな。あいつが何を考えてああいう真似をしてるのかは分からないが、それでこっちが被害を受けるのはごめんだ」
研究者の考えはともかく、この野営地で生活してる冒険者にとっては迂闊に穢れによって壊されたくないという思いがある。
一応テントの予備があるとはいえ、その数も限られているのだ。
穢れによってテントが黒い塵となって吸収されるようなことにでもなったら、最悪テントが足りなくなるかもしれないのだ。
冬が近いこの時期に、テントがない状態で寝るというのは自殺行為に等しい。
それ以外にも、食料が置かれているテントの中に穢れが入るといったようなことになれば、それこそ洒落にならない。
だからこそ、野営地の中にいる穢れは早いところどうにかする必要があった。
……これが、もし野営地の外であれば、冒険者ももう少し様子を見ていたかもしれないが。
冒険者は小石を手に穢れを追う。
そうして十分に近付いたところで、小石を投擲した。
その小石は真っ直ぐに穢れの一匹に向かい……黒いサイコロに触れた瞬間、黒い塵となって吸収される。
そして自分が攻撃されたと判断した黒いサイコロは、狙いを研究者から小石を投げてきた男に変えた。
続いて他の二匹も同様に小石によって冒険者の男に狙いを変えたのだが……
「って、おい!」
自分が引き付けていた穢れが、新たな相手に向かっているのに気が付いた研究者が地面に転がっている小石を拾ったのを見たレイが叫ぶ。
研究者が何をしようとしてるのか、それを見れば明らかだったからだ。
「ちぃっ!」
仕方がないので、研究者を止める為に動き出すレイ。
しかし、研究者は既に小石を振りかぶっており……
「よし!」
投擲した小石が穢れに命中することなく、あらぬ方向に飛んでいったのを見たレイは、笑みを浮かべて研究者との距離を詰める。
冒険者と違い、研究者というのはあまり運動する機会がない。
野営地に泊まり込んでいる研究者であればフィールドワークをしたりといった経験もあるのだろうが、それでも小石の投擲技術という点では未熟だったらしい。
「この馬鹿が!」
その叫びと共に、レイは研究者を殴る。
助走の乗った一撃……ただし、レイの身体能力を考えると本気で殴った場合、戦闘経験がある訳でもない研究者では間違いなく死ぬだろう。
レイもそれは分かっているので、それなりに手加減をしての一撃だった。
それでも研究者にとっては十分な一撃だったようで、レイの一撃に耐えるようなことも出来ず、吹き飛ばされる。
(やってしまったか?)
研究者を殴り飛ばした後で、改めてそんな風に思うレイ。
殴り飛ばしてから気が付いた……というか思い出したのだが、ここにいる研究者というのは相応の後ろ盾を持つ者が大半だったと。
つまり、研究者に害を与えるということは後ろ盾となっている相手とも敵対するということを意味してる。
普通であれば、その後ろ盾を確認したりもせず殴るといった真似はまず出来ない。
……あくまでも普通であれば、だが。
レイの存在が普通ということはまず有り得ない。
そんな訳で、レイは吹き飛ばされて気絶した研究者を一瞥すると、改めてミスリルの釘を握り締める。
これからが本番だといったように。
「こっちに連れて来てくれ!」
穢れを引き付けている男にレイが叫ぶ。
するとその声が聞こえたのだろう。男はレイのいる方に向かって走り出す。
同時に、オイゲンを始めとした研究者達も姿を現したものの、今はそちらを気にするようなことはない。
(この件が終わったら文句を言われるかもな。面倒だけど、この件は有耶無耶に出来ないし)
穢れの危険性を考えれば、その穢れを使って何かをしようとした研究者の存在を見逃す訳にはいかない。
移動速度が遅かったり、簡単に狙う相手を変えられたり、何より炎獄やミスリルの結界があるので、穢れに対処出来るようになってるのは間違いない。
間違いないが、それでも穢れが非常に危険性の高い存在であるのは間違いないのだ。
だからこそ、今回の件で何か面倒なことになっても、レイは仕方がないという思いがあった。
「レイ、いいか!?」
叫ぶ男に手を振って問題ないと示すと、レイは男の方に向かって……正確には男を追っている穢れに向かって走り出す。
見る間に縮まる距離。
レイは男と一瞬視線を交わし、そのまま姿勢を低くしてミスリルの釘を地面に突き刺し、魔力を流す。
次の瞬間、ミスリルの釘から生み出されたミスリルの結界は、男を追っていた三匹の穢れを見事に捕獲することに成功した。
(どうやら、ミスリルの結界は無事に発動したみたいだな)
量産されたミスリルの釘だったので、もしかしたら上手く発動しないのではないかという不安もあったのだが、どうやら問題はなかったらしい。
そのことに安堵しながら、レイはオイゲン達に視線を向けるが……
「ん?」
レイの視線の先で行われていた光景は、かなり予想外のものだった。
何しろ、先程レイが殴った研究者が、オイゲン達に押さえつけられているのだから。
てっきり、レイが研究者を殴ったことによって抗議でもしてくるのではないかと思っていた。
しかし、今この状況を見るとレイにはそのような真似をしようとしてるようには思えない。
「レイ、どうする?」
穢れを引き付けていた男がレイに向かってそう聞いてくる。
男も穢れの件で研究者が何か妙なことを考えていたのは間違いない。
それを行った者をどうするのかと、そう聞いているのだろう。
……男の目に少しだけ不安な色があるのは、もしかしたらレイが研究者を殺したり、そこまでいかなくても痛めつけるかもしれないと思ったからだろう。
野営地にいる冒険者だけに、研究者達の後ろ盾についても十分に理解している。
だからこそ、レイがそれを無視して何らかの行動を起こすのではないかと、そのように思っているのだろう。
「安心しろ。別に危害を加えようとは思っていないから」
「……そうか?」
レイの言葉を完全に信用出来なかったのは、レイが研究者を殴り飛ばした光景を見ていたからだろう。
逃げながらも、周囲の様子を確認するだけの余裕はあったのだろう。
「そうだよ。それに、幸い野営地にダスカー様がいる。なら、あの研究者をどうするのかはダスカー様に任せればいい。ダスカー様なら、あの研究者を放っておくといったような真似はしないだろうし」
ダスカーも研究者には後ろ盾がいるというのは知っている。
しかし、知っているからといって、今のこの状況で研究者のように穢れに……穢れの関係者に利益を与えるような行動をするのを認めるとはレイには思えなかった。
もしそのような真似をしたら、それこそトレントの森にとって……そしてギルムにとっても、悪い影響を与える。
「そうか。……まぁ、あの研究者は捕らえられているし、今はそこまで心配をする必要はないか」
「何を考えてあんな真似をしたのかは分からないが、こっちにとっては面倒な真似をしてくれた。出来れば、どうにかして欲しいと思うけど」
「その辺はダスカー様の考え次第だろう? レイの気持ちも分かるけど。……お、ほら、来たぞ」
その言葉に男の視線を追ったレイだったが、その言葉通り来たのはダスカー……ではなく、オイゲン。
そのオイゲンは少し困った、そして戸惑った様子を見せ、レイに向かって声を掛けてくる。
「レイ、迷惑を掛けたようだね」
「ああ、これ以上ない程に迷惑を掛けられたよ。その理由は、俺が何かを言うまでもなく、明らかだろう?」
「……すまない」
「何故あんな真似をした? いや、それをオイゲンに聞いても分からないとは思うけど」
「理由については想像出来る。……穢れの研究が進んでいないのが原因だ」
「それは……」
申し訳なさそうな表情のオイゲン。
オイゲン達が穢れの研究を始めてから、それなりに時間が経っている。
だが、それでも穢れの研究で何らかの進展があった訳ではない。
その件で研究者達が気にしているのは、レイも知っている。
だからといってあのような真似をされても困るというのが正直なところだ。
レイがオイゲンに何かを言おうとしたところで、再びオイゲンが口を開く。
「レイの言いたいことは分かっている。そんなことで、自分達に迷惑を掛けて欲しくないと、そう言うんだろう? 私もそれは分かるし、同じ気持ちだ。しかし、研究者の中にはそれでも何とかして研究結果を出したいと思う者がいるというのも、理解してくれ」
「……それで納得しろと?」
「別に納得しろとまでは言わない。だが、そういう者もいるというのだけは覚えておいて欲しいんだ」
そう言うオイゲンの言葉に、どこまで納得すればいいのかレイは迷う。
ここで自分が何かを言ったところで、それは決して意味があるとは思えなかったのだ。
「話は分かった。結局のところ、俺達に害はなかったんだから俺からはこれ以上何も言わない。ダスカー様の判断に従う」
「すまない」
そう言い、頭を下げるオイゲン。
オイゲンにとっても、今回の一件は完全に予想外だったのだろう。
まだ早朝……という程に早くはないが、それでもまだ午前中でギルムで寝泊まりをしているゴーシュ達は来ていない。
つまり、今回の一件でやらかした研究者はオイゲンが纏めていた者となる。
だからこそ、オイゲンにとっては色々と思うところがあったのだろう。
「大変だな」
気にするなという意味も込めてそう告げるレイだったが、オイゲンはそんなレイの言葉に少し困った表情を浮かべ……そして穢れを引き付けた冒険者の男にも頭を下げる。
「君にもすまなかったな。穢れを引き付けるのを邪魔してしまったようで」
「いえ、気にしないで下さい。無事に穢れを捕獲出来たようで何よりです」
俺に対する言葉遣いと違いすぎないか?
レイはそう男に突っ込みたくなったものの、それも仕方がないかと判断する。
男にとって、レイは自分よりも格上の存在だが、それでも同業者だ。
あるいは初めてレイに会ったころなら、もう少し丁寧な態度だったかもしれないが、レイが野営地に来るようになってそれなりに時間が経つ。
だからこそ、レイとの間には……表現は悪いものの、馴れ合いのようなものが出来ている。
だが、オイゲンは違う。
野営地で寝泊まりするようになってそれなりに時間が経つものの、基本的にオイゲンは研究者達と纏まって行動しているのだ。
それだけに、同じ野営地で寝泊まりしていてもあまり接する機会がない。
ましてやオイゲン達の研究者の後ろ盾には貴族達がいるとなれば、冒険者としては好んで接しようとは思わない。
貴族とお近づきになりたいと思うような者であれば話は別だったが。
幸か不幸か、男はそういうタイプではなかったのだ。
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