3237話

 グリムアースからの依頼……いや、頼みを引き受けたレイは、早速行動に移す。

 テントから出ると、セトを連れて生誕の塔に向かおうとしたのだが……


「何故、私が一緒に行ってはいけない? 指輪を見つけたら、それが本物かどうかをしっかりと確認する必要がある。それにまだ夜である以上は、探す人数は多ければ多い程いいと思うが」

「グリムアース様のお気持ちは分かりますが、奥方様達もまだ目を覚ましてません。もしグリムアース様がいない時に奥方様達が目を覚ましたら、不安になるかと」

「それは……」


 フラットの言葉に、グリムアースは妻に、そして護衛と御者に視線を向ける。

 フラットが使っているテントなので、普通のテントよりも多少は広い。

 それでも四人が寝るとかなり狭く感じるのは事実だ。

 ……ましてや、現在はそのテントの中にレイとフラットもいるので余計に狭く感じてもおかしくはない。

 だからこそ、グリムアースは妻達の様子をしっかりと見ることが出来た。

 そして一分近く沈黙した後で、グリムアースが口を開く。


「分かった、そちらの指示に従おう。確かに、妻達をこのままここに置いておくのは問題だろうからな」

「ありがとうございます。では、すぐに調べてきますので。……レイ」


 フラットに促されたレイは、テントの外に出る。


「いいのか?」


 短く尋ねるレイだったが、フラットはその言葉の意味を十分に理解しており、頷く。


「護衛という意味なら、この野営地の中だから安全だ。もっとも穢れが出ると問題だが、その辺は出ないように祈るしかない」


 穢れが出ると、派手な戦いとなる。

 何しろレイしか倒すことが出来ないのだから。

 そうなると、グリムアースも一体外で何が起きたのかを気にしてテントから出るくらいのことはするだろう。

 そうなると、穢れの姿をしっかりと見られることになってしまう。

 レイとしては、出来ればそういう真似はしたくないというのが正直なところだ。

 覚悟はあると言ってるものの、それでも出来るならその辺の事情は知らないままの方がいいのは間違いないのだから。

 なお、レイとフラットは当然ながら小声で……テントの中にいるグリムアースには聞こえないような声で話している。


「セト、ちょっと一緒に来てくれ」

「グルゥ? グルルゥ」

「ちょっと、セトだけ? 私は?」


 レイの言葉にセトは当然のように頷くが、そんなセトの体毛に隠れていたニールセンは、自分の名前が呼ばれなかったのを不満そうな様子で口を挟んでくる。


「ニールセンにも来て欲しいな。何しろこんな夜の中で指輪を探す必要があるし」


 そうレイが言うと、一瞬前まで不満そうだったニールセンの表情は笑みに変わる。


「ふふん、やっぱりレイは私がいないと駄目ね。けど、指輪? 何でこんな真夜中に指輪を探すの?」

「今日、赤ん坊がいただろう?」


 そう言い、レイは赤ん坊とグリムアースの関係を話し、赤ん坊がグリムアースの家に代々伝わる指輪を持っていたが、赤ん坊が戻ってきた時はその指輪を持っていなかったと説明する。


「指輪、ね。……レイがそういう指輪に興味を示すのは珍しいと思うけど、何か特別な指輪なの?」

「もしかしたらマジックアイテムの可能性がある。……持ち主がいる以上、その指輪が本当にマジックアイテムでも、俺がそれを貰えるといったことはないと思う。けど、貴族に代々伝わるマジックアイテムというのが本当だったら、是非見てみたいと思わないか?」


 レイの言葉には、多少の興奮がある。

 マジックアイテムを集める趣味を持つレイとしては、そのような未知のマジックアイテムがあるのなら、是非とも見てみたい。

 そう思ったのだが……


「ふーん、そういうものなの? 私にはちょっと分からないけど」


 ニールセンの口から出たのは、あまり興味がないといったような言葉だった。

 ニールセンはレイとは違い、マジックアイテムにそこまで興味がないのだろう。

 そんなニールセンの様子に若干不満そうな様子を見せたレイだったが、だからといってニールセンがマジックアイテムに興味がないというのに口に出す訳にもいかない。

 趣味は人それぞれだというのは、レイも十分理解しているのだから。

 そもそも、このエルジィンにおいてマジックアイテムを集める趣味を持つ者というのはそれなりに多いが、基本的には裕福な者が大半で、残りは冒険者となる。

 そのような限られた趣味を妖精のニールセンに理解しろというのが無理なのだろう。


(けど、ニールセンはいずれ長の後を継いで妖精郷を治める立場になる。そうなるとマジックアイテムを作ったりする必要も出てくると思うんだけど……大丈夫なのか?)


 ふとそのような疑問を抱くレイだったが、その辺は長に任せて自分は気にする必要がないだろうと思い直す。

 長が頑張れば、その辺もどうにかなるだろうと思いながら。

 実際、ニールセンは長を恐れていると同時に尊敬もしている。

 そんな長が本気でニールセンの教育をした場合、ニールセンはそれから逃げることはまず不可能だろう。


「じゃあ、とにかく行こうか。まずは生誕の塔だけど、どうせだから途中でミスリルの結界の様子を見ていかないか? 何か進展があったかもしれないし」

「そうだな。異論はない。このままミスリルの結界の方は、上手い具合に進んでくれるといいんだが」


 レイが穢れの関係者の拠点……しかもかなり重要な拠点、場合によっては本拠地かもしれない場所に行くのは、あくまでもレイがトレントの森を離れても問題がなかったらだ。

 具体的には、ミスリルの結界がきちんと効果を発揮し、それなりに量産が出来るようになってからとなる。

 だからこそ、今回のような実験は重要だった。


「そうね。ミスリルの結界がどうなってるのかは、私も興味あるわ」


 指輪の件とは違い、こちらには興味津々といった様子のニールセン。

 同じマジックアイテムなんだがと思うレイだったが、マジックアイテムとしては同じであっても、ミスリルの結界についてはニールセンの行動にも関わってくる以上、どうしても気になるのだろう。

 そうしてレイ達が歩いていると、野営地から出て少しして明かりが見えてくる。

 その明かりのある場所に行くと、そこではミスリルの結界の周囲に幾つかの焚き火が用意されており、研究者や助手、護衛といった者達が集まっていた。

 ただし、そこにいる研究者はオイゲンやその仲間で、ゴーシュのようにギルムで寝泊まりをしている研究者達の姿はない。


(ミスリルの結界は、ゴーシュ達にとっても重要なんだから、野営地に残るくらいはしてもいいと思うんだけどな)


 このような状況であっても、野営地で寝泊まりをしたくないというゴーシュに呆れるレイ。

 もっともゴーシュがそれを知ったら、マジックテントで快適な生活をしているレイにそのようなことを言われたくはないと、そんな風に考えてもおかしくはないだろうが。

 ゴーシュにしてみれば、レイの持つマジックテントは是非とも欲しいと思えるマジックアイテムなのは間違いないだろう。

 もっとも、マジックアイテムは金があれば購入出来るといった物ではない。

 そういう意味では、ゴーシュが欲しがったからといってすぐに入手出来る訳ではないのだが。


「ん? ああ、レイ。こんな真夜中にどうしたんだ?」


 レイ達の存在に気が付いた護衛の一人がそう尋ねる。

 やって来たのがレイを含めて見覚えのある者達だからだろう。強い警戒心といったものはそこにはない。


「生誕の塔に行くついでにちょっとな。……で、どうだ?」

「見ての通りだよ。もっとも、詳しい事情については俺に聞くよりも本職に聞いた方がいいと思うけど。……にしても、生誕の塔? 何だってこんな時間に」

「色々とあるんだよ」


 そう言葉を返しながら、レイはミスリルの結界の側にいる研究者達に声を掛ける。


「ちょっといいか? ミスリルの結界はどんな具合だ?」

「衰弱してるのは間違いないな。この様子だと、明日には消滅してるだろう」

「やっぱりそうなるか。俺にとっては悪くない話だな。ミスリルの結界が破壊されるとか、そういう感じになったりはしてないか?」

「問題はないと思う。……もっとも、あくまでも私の目で見た限りは、だが。もしかしたら私が知らない何かが進展している可能性も否定は出来ない」

「出来ればそういうのはなければいいんだけどな」

「そうなる。こちらとしても、レイがいなくても穢れを捕らえることが出来るというのは悪い話ではないし」

「ん? そうなのか? 何人かの研究者は、ミスリルの結界は捕らえた穢れが死ぬのが早くなるから、出来ればミスリルの結界は好ましくないとか、そんな風に言う奴もいたと思うけど」


 レイの言葉に、話していた研究者は首を横に振る。


「私はそう思わない。もっとも、その辺は人それぞれだから私の意見は絶対だ……などということは言えないが」

「人それぞれってのは、俺も賛成だな。俺はミスリルの結界よりもレイの炎獄の方が安全に見てられるし」


 そう口を挟んできたのは、レイと話していた研究者の側にいた、別の研究者。

 その目には何故自分がミスリルの結界の見張りをしないといけないんだといったような不満の色がある。

 炎獄の方が穢れの研究には向いていると思っている研究者にしてみれば、自分がここでミスリルの結界を見張ったり、何かおかしなところがないのかをチェックするのは、不満があるのだろう。


「お前の気持ちも分かるけど、オイゲンさんに言われて納得しただろ? なら、もう少しは頑張ってもいいんじゃないか?」

「……分かってるよ」


 不承不承といった様子で頷く男。

 オイゲンに頼まれた以上は仕方がないという思いはあるのだろう。

 だが、それでも不満に思うところはどうしてもあるといったところか。


「取りあえず、ミスリルの結界に何もないならいい。生誕の塔に行く途中でちょっと様子を見に来ただけだ。……それにしても、こうしてずっと穢れを見ていてもよく平気だな」


 穢れというのは、見ている者に本能的な嫌悪感を抱かせる。

 姿形はそこまで特殊なものではないのだが。

 そんな穢れをずっと……それこそ一日中見ているというのは、レイにはとてもではないが耐えられるとは思えなかった。

 研究者達はそのような状況であっても、こうして穢れを見続けることが出来るのだから、素直に凄いと思う。


「その辺は慣れだろうな」

「慣れって……慣れるものなのか?」


 レイが穢れを見て覚えるのは、本能的な嫌悪感だ。

 そのような本能的な嫌悪感ですら、慣れれば問題なくなるのか。

 そんな疑問を抱いてしまう。


「そう簡単にって訳じゃないが、それなりにやろうと思えば何とかなるな。レイも試してみるか?」

「いや、止めておく。もし本能的にどうにか出来るのなら、それこそ俺は今までたくさんの穢れを見てきてるんだから、そっちで慣れてもいい筈だ。それでも慣れないのなら、俺には無理だということなんだろ。……それに、今は他にやることがあるから、あまり余裕はないんだよ」


 先程からフラットが自分に視線を向けているのに気が付いてたレイは、そう告げる。

 フラットにしてみれば、ミスリルの結界が問題ないのはもう確認出来たのだから、いつまでもここで時間を無駄に使う必要はないと、そう言いたいのだろう。

 レイにもその気持ちは十分に理解出来るので、この辺で会話を切り上げようとする。


「じゃあ、俺達はこの辺で失礼する。ミスリルの結界の件は特に心配する必要もないみたいだし」

「そうか? 分かった。レイに言うことじゃないと思うけど、気を付けろよ」


 研究者の方も、特にレイと話しておきたいことはなかったのだろう。

 すぐにそう言い、またミスリルの結界に視線を向ける。


「じゃあ、行くか」

「グルゥ」


 レイの言葉に答えたのは、何故かフラットではなくセト。

 もっとも、それで特にどうこうといったようなことはないので、フラットも不満を口にしたりといった真似はしないが。

 レイ達はミスリルの結界を離れて、生誕の塔に向かう。

 夜……いや、真夜中ということもあってか、周囲はかなり静かだった。

 これが今のような季節ではなく、春から秋の間であれば虫や動物、鳥、モンスターといった者達がうるさいのかもしれないが。


「そろそろ雪が降ってきてもいいんだけどな」

「ん? ああ、そうだな。いつもならもうとっくに降っている筈だ。しかし、今年は遅い。……まぁ、自然のことなんだから、そういうこともあるだろう。それにレイはまだ降らないでいて欲しいんじゃないか?」

「そうだな。ニールセンと一緒に穢れの関係者の拠点に向かうまでは、出来るなら降らないで欲しい」

「移動中に雪が降ってきたら大変よね。……レイが一緒にいれば、私はドラゴンローブの中に入れるけど」


 そんな風に会話を交わしつつ、レイ達は生誕の塔に向かうのだった。

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