3238話

 生誕の塔に近付くと、やがて明かりが見えてくる。

 その明かりが何なのか、レイは知っていた。

 ……リザードマン達に頼まれて生み出した暖房用の炎なのだから、レイがその明かりの正体に気が付かない筈がない。


「っと。見張りは厳重だな」


 生誕の塔に近付いたところで、数人のリザードマンが姿を現す。

 手には長剣や槍といった武器を持っている。


「見張り、ご苦労さん」


 そうレイが言うと、リザードマン達は武器を下ろす。

 異世界からやって来たリザードマンと、そのリザードマンの住んでいた場所にあった生誕の塔。

 今は湖や穢れの、もしくは妖精の件で研究者達もそちらに夢中になっているが、本来なら異世界からやってきたリザードマンやその建物に興味を持ってもおかしくはない。

 研究者達だけなら意思疎通が出来るから問題はないが、中にはモンスターが襲撃してくるといった可能性も十分にあった。

 だからこそ、リザードマン達は襲撃があってもすぐ対処出来るように、こうして見張りをしていたのだろう。


「どうしました、レイ」


 丁寧な言葉遣いのリザードマンに、レイは驚くと同時に納得する。

 近付いて来た相手に喧嘩腰の口調で声を掛ければ、本来なら敵対する相手ではないのに敵対するといったことになってもおかしくはない。

 だが、今のように丁寧な言葉遣いの相手なら、近付いて来た相手が敵ではない場合、余計な騒動になったりはしないだろう。

 ……もっとも、この世界の一般常識ではリザードマンは言葉を喋ることが出来ないというのがある。

 いや、正確にはリザードマン同士での意思疎通は行われているので、言葉という概念がない訳ではないのだろう。

 しかし、それはあくまでもリザードマン同士の言葉であって、人、エルフ、ドワーフ、獣人といった者達が使っている言葉ではない。

 そういう意味では、やはりこうしてリザードマンが直接言葉を話せるというのは、この一件に関わっていない者にしてみれば驚きでしかないだろう。


「ちょっと用事があってな。今日、空から落ちてきた赤ん坊を受け止めたリザードマンがいただろう? そいつにちょっと聞きたいことがある」

「分かりました。すぐに呼んで来るので、お待ち下さい」


 何故呼んでいるのか、その理由を聞くようなこともせず、リザードマンは生誕の塔に入っていく。

 他の見張り達も、やって来たのがレイだというのが解ると再び仕事をするべく自分の持ち場に戻っていく。


「レイが呼んでるっていうだけで、用件も何も聞かないで呼びに行ったわよ?」


 ニールセンが若干の呆れと共に言う。

 ニールセンにしてみれば、せめて用件くらいは聞いていったらいいのにと、そのように思えたのだろう。


「リザードマンの性格を考えると、仕方がないと思うけどな」


 レイは少し困った様子を見せつつも、そう告げる。

 強者を尊ぶといった特性を持つリザードマン達だけに、自分達の英雄のガガを倒したレイは、尊敬すべき相手なのだろう。

 普通なら、ガガを倒したということで不満を抱くような者もいるのかもしれないが、リザードマン達の場合は違う。

 純粋に強者を尊ぶので、レイに敵対的な相手はいない。

 ……もっとも、現在領主の館に捕らえられているゾゾの兄のように、リザードマンの中にも愚者はいる。

 全員が全員本当にレイに対して尊敬をしてるのかというと、絶対にそうだとはレイも確信を持てなかったのだが。

 それでもレイを相手に敵対心を露骨にするといったような真似はせず、色々と思うところがあってもそれを表に出すような真似はしないだろうが。


「レイ、リザードマンと俺達は、上手くやっていけると思うか?」


 レイとニールセンの会話を聞いていたフラットが、不意にそう尋ねる。

 今更か?

 そのように思ったレイだったが、フラットの真剣な表情を見て、言おうとした言葉を飲み込む。


「何で急に? 今まで、野営地の連中は上手くやってきただろう? なら、別にそこまで気にする必要はないと思うが」

「今までリザードマン達が接したのは、野営地にいる俺達を始めとして、少数だ。そして今のところ、力はあるが性格は下種といったような奴はいない」

「ああ、なるほど」


 その言葉はレイを納得させるには十分な説得力を持っている。

 現在野営地にいるのは、基本的にギルドに優良と認められた冒険者達だ。

 その優良というのは、当然だが性格についての評価も入っている。

 だからこそ、リザードマンと接するのはそのような者達だけで、リザードマンに相応の強者と認識されても横暴に振る舞うような者はいない。

 ……学者達の中にはそのような性格の者もいたりするが、学者はそもそも強者であるという前提がないので、リザードマン達にしてみれば敬う相手ではない。

 研究者の護衛の中には、相応の強さを持っているが性格的に問題のある者もいるが、幸いにして今のところそのような者達が特に問題を起こしているといったことはなかった。

 だが……それは、あくまでもリザードマン達が限られた相手としか会っていないからというのが大きい。

 この先、リザードマン達の存在が公にされて、強者だが下種な性格をしている者が現れた場合、色々と面倒なことになってもおかしくはなかった。


「その辺はどうしようもないだろうな。……リザードマン達も、いつまでもこのままって訳にはいかないだろうし。いずれある程度は自由に行動させる必要が出てくると思う」

「そういう時は、出来れば来て欲しくないんだが」

「フラットがどう考えようと、結局のところはそういう風に行動しないとならないんだ。俺達が出来るとなると……そうだな、例えば強者の中にも性格に問題がある奴がいるとか、そういう風に説明するのはどうだ? それで完全に納得するかと言われればちょっと難しいけど」

「本能的なものだしな。俺達がどうこう言ったところで、それを素直に聞くとは思えない。……なら、いっそ、レイこそが強者ということでリザードマンの頂点に立つというのはどうだ?」

「そうなると、ゾゾが増えそうだな。……けど、ゾゾの場合は俺に忠誠心を抱いているものの、他のリザードマンは強者に対する好意は抱いていても、ゾゾのように忠誠心とまではいかないと思うぞ」


 もしリザードマン全てがゾゾのようになったらと思うと、レイとしてはあまり好ましくない。

 そんな風に会話をしていると、先程のリザードマンともう一人、レイにも赤ん坊の件で見覚えのあるリザードマンが姿を現す。


「お、来たみたいだな。後は、指輪がすぐに見つかればいいんだが。……難しいと思うか?」


 尋ねるレイにフラットは無言で頷く。

 フラットが見ても、このトレントの森で一つの指輪を見つけるのがどれだけ難しいのかというのは明らかだ。

 唯一の手掛かりは、セト。

 正確にはセトの嗅覚となる。

 それで見つけられなければ、もうトレントの森にはないと思ってもいいかもしれない。

 一体どのような存在が赤ん坊を連れ去るといった真似をしたのか分からないが、その何者かが指輪を持っていったと考えてもおかしくはなかった。


「敵を倒すとか、そういうのなら簡単なんだけどな」

「レイならそういう風に思えてもおかしくはない。もっとも、実際にそういうことになったら、それはそれで面倒なことになると思うけどな」

「レイ殿、フラット殿、私に用事だと聞いたが。一体どのようなことだろう? あの赤ん坊の件で何か分かったのか?」


 リザードマンにしてみれば、レイとフラットが自分に用があるのは赤ん坊の件くらいしか心当たりがなかったのだろう。

 実際、その件で話を聞きに来たのだから、リザードマンのその判断は決して間違ってはいなかった。


「ああ、赤ん坊の両親は見つかった」

「そうか。それは何よりだ」


 そう言うリザードマンの表情は、少し嬉しそうに思える。

 だが、すぐに不思議そうな様子で口を開く。


「それで、赤ん坊が見つかったのは分かったが、何故このような時間に? その件を知らせるのなら、明日でもよかったと思うのだが」

「悪いな、寝てたのを起こしてしまったか?」

「気にしないで欲しい。赤ん坊の件を聞けたのは嬉しいと思う。それで?」


 用件を聞いてくるリザードマンに、レイではなくフラットが口を開く。


「実はあの赤ん坊が指輪を持っていたらしい。その指輪は赤ん坊の家に伝わる物で、非常に大事な物らしい。赤ん坊を助けた時、指輪が一緒に落ちてこなかったか?」

「指輪? ……いや、特に何かあったようなことはないと思う」

「地面に落ちるといったことはなかったか? もしくは、木の枝に引っ掛かったりとか」

「そう言われても……私はそこまで感覚が鋭い訳ではない。もしそのようなことがあっても、指輪を見つけることが出来るかどうかは難しい」

「やっぱりか。……そうなるとセトの助けが必要になるな。悪いが、赤ん坊を助けた場所まで案内して貰えないか?」

「いいだろう」


 リザードマンは夜中に起こされ、赤ん坊を助けた場所まで連れていけと言われたにも関わらず、不機嫌そうな様子を見せず、即座に承諾する。

 強者に対する尊敬というのもあるが、恐らくは元々このリザードマンの性格が温厚なのだろうとレイには思えた。


「じゃあ、頼む」

「うむ。こちらだ。……ただ、レイもいたのだから、私をわざわざ呼ばなくてもいいと思うが」

「お前が赤ん坊を受け止めて、それですぐに俺を呼んだのならそうかもしれないな。ただ、俺を呼ぶリザードマンを探してからとなると、その時に多少なりとも移動したりしたんじゃないか?」


 そうレイが言うと、リザードマンは納得した様子を見せる。

 レイの言葉を本当に完全に納得したのか、それとも納得はしていないものの、取りあえずそういう風にしておけばいいと思ったのか。

 その辺は生憎とレイにも分からなかったが、何となく……本当に何となくだが、前者であるように思える。


「それよりも、寒くないか? 何なら魔法で暖房用の炎を作るけど」

「いや、気にしないでいい。寝起きのせいか、あまりそういう感じはしない」

「……それはそれで不味いような気もするが」


 実際、寝ている時に暖かくして寝ていた場合、起きても少しの間はそんなに寒さを感じない。

 急激に寒い場所……それこそ気温がマイナスで吹雪いているといったような場合は別だが、今はまだそこまで寒くはないし雪も降っていないので、案内するリザードマンも平気なのだろう。

 とはいえ、今は問題がなくてもレイが言ってるようにこのままでは不味いのは間違いない。

 一応リザードマンもレイ達に呼ばれた……つまり生誕の塔から外に出るのは予想していた為か、鎧の類は着ているものの、言ってみればそれだけだ。

 一応ということで、レイはミスティリングの中から適当な布を取り出す。

 きちんとしたローブの類があればよかったのだが、レイのドラゴンローブがある以上、何かあった時の為に……といったようなことは考える必要はない。

 もっともこういう時のことを考えると、幾つか予備のローブは購入しておいた方がいいのかもしれないなと、そんな風に思う。


「これを着てくれ。多少は寒さはマシになる筈だ」


 レイが差し出した布を身体に巻き、頭を下げるリザードマン。

 そうしてレイ達はリザードマンに案内されて移動する。

 そこまで遠い訳ではなかったので、その場所……リザードマンが赤ん坊を受け止めた場所には、すぐに到着した。


「ここか。……特にこれといって特徴のある場所じゃないな」


 周囲の様子を見ながら、フラットがそう呟く。

 レイもまたフラットと同じように周囲の様子を確認するが、実際にそこには特に特徴らしい特徴もない。

 敢えて特徴を上げるとすれば、鳥のモンスターか何かが赤ん坊を落としたのをリザードマンが無事に受け止めたように、周囲に木々はあまり生えていない場所というくらいだろう。


「ここから指輪を見つけるのか。……というか、あるのかどうかも分からないな。ましてや夜だし」

「俺達が探す為に来た訳じゃないだろ? あくまでも俺達が来たのは、セトの付き添いだ。……もしセトがいなければ、とてもじゃないが俺もここで指輪を探すといった真似はしたくないし」

「……もしやるとすれば、暇な冒険者を集めて人海戦術だろうな。あまり気は進まないが」


 だろうな、と。レイはフラットの言葉にしみじみと同意する。

 あると分かっているのならまだしも、あるかどうか分からない指輪を探して、この辺りを全員で探すというのは、間違いなく面倒だ。

 レイとしては、とてもではないが自分でやりたいとは思わない。

 もしやるのなら、自分以外の者達でやってくれと、しみじみと思うのだった。

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