3229話
野営地の真ん中にある、暖房用の炎。
その周辺にリザードマンや冒険者、研究者の護衛達が集まっているのを見たレイだったが、その中に赤いスライムがいることに気が付き、同時に他の者達がその赤いスライムの存在に気が付いていないことに疑問を抱く。
「なぁ、ちょっといいか?」
「ん? どうした、レイ。この炎の件か? 暖かくてかなり助かってるけど」
寒い中で炎で暖まっていた冒険者の男は、レイに声を掛けられたことで我に返り、そう話す。
それがお世辞でも何でもないというのは、男の様子から明らかだった。
そんな様子にレイは嬉しく思いつつも、自分が話し掛けた理由は違うと判断して口を開く。
「あそこに赤いスライムがいるけど、気が付いていて放って置いてるのか?」
「何? 赤いスライム? それって湖の主の子供か?」
レイの言葉に驚く様子を見せる男。
その様子からすると、赤いスライムの件については全く気が付いていなかったらしい。
だが……それだけなら、炎で暖まっていたので周囲の警戒が疎かになっていただけなのだが、レイの示す方を見て、眉を顰める。
「おい、俺をからかってるのか?」
不機嫌そうな様子でレイに向かってそう言う。
だが、レイにしてみれば一体何故男が不機嫌になってるのかが分からない。
「一体何の話だ?」
「赤いスライム、どこにもいねえじゃねえか」
男はレイに、向かってきっぱりとそう告げる。
レイにしてみれば、それこそ一体何を言ってるのかと理解に苦しむ。
だが、レイの前にいる男にふざけた様子はどこにもなく、本気でレイにからかわれたと思っている。
レイにもそれが分かるだけに、一体何がどうなって今のような状況になっているのか、全く分からなかった。
(俺には赤いスライムがしっかりと見える。けど、こいつには見えない。……というか、こいつ以外にも他に見えていない奴はかなり多い。だとすれば、これは一体何がどうなってこんな状況になってるんだ?)
レイは男がふざけている様子はなく、真剣な表情を浮かべているのを確認し、改めて尋ねる。
「本当に見えてないのか?」
「ああ? だから……ちょっと待て」
しつこく繰り返すレイに、男は不満そうな様子で何かを言い返そうしたものの、レイにからかうような様子がなく、真面目な表情でそのように言ってるのを理解したのだろう。
戸惑った様子でレイを見て、レイが示した方向……レイの言葉が正しいのなら赤いスライムがいる方向を見るが、やはりそこには何も存在しない。
少なくても、男には何かいる、もしくは何かあるようには見えなかった。
だが、レイの様子を見ると真剣な表情なのは事実。
まさかそこまで手の込んだことをして、自分を騙すとは思えない。つまり……
「そこに赤いスライムがいるのか?」
恐る恐るといった様子で尋ねる男に、レイは素直に頷く。
「ああ。俺の目にはしっかりと赤いスライムが見える」
「……俺には全然見えないんだが?」
「らしいな。だから何でそんな状況になっているのか分からず、困惑している」
そう言うレイの様子を見て、これは真実だと理解したのだろう。
男は真剣な表情で赤いスライムがいるという方を見る。
「一体どういうことだと思う?」
「俺だけに見えるとなると……すぐに考えられるのは、赤いスライムが何らかのスキルを使って自分の姿を見えなくしてるけど、それが俺には効いてないってことだな」
「何でレイだけ?」
「すぐに思いつくのは、魔力量とかか」
レイが持つ莫大な魔力が、赤いスライムの使っている何らかの隠蔽系のスキルの効果を消している。
自分の持つ魔力量が馬鹿げているのを知ってるからこそ、真っ先にレイが思いついたのはそのような内容だった。
「そういうものなのか?」
尋ねる男は魔法の素質は全くない戦士なので、レイの言葉がどこまで真実なのか分からない。
……もっとも、レイの持つ魔力は莫大だが、現在は新月の指輪というマジックアイテムでそれを他人に感知出来ないようにしている。
もし男が何らかの手段で魔力を感知出来たとしても、レイが本来持つ魔力を知ることは出来なかっただろうが。
「あくまでも可能性だ。そして可能性だけなら他にも色々と思いつく。例えば俺が持ってるマジックアイテムが何らかの効果を発揮してるとか。その場合、一番怪しいのはローブだろうな」
ドラゴンローブは、その名の通りドラゴンの素材……それもエンシェントドラゴンとまではいかないが、かなりランクの高いドラゴンの素材を使って作られたマジックアイテムだ。
それだけに、装備者にとって不利なスキルの効果を無効化するような能力があってもおかしくはない。
他にもミスリルの腕輪にそのような効果があるかもしれないし、スレイプニルの靴やネブラの瞳といった、レイが普段から身に付けているマジックアイテムにそのような効果があってもおかしくはない。
もしくはマジックアイテムではなく、ゼパイル一門によって作られたレイの身体にそのような機能があってもおかしくはないし、もしくは単純に相性という可能性も否定は出来なかった。
(考えれば考える程に俺に赤いスライムのスキルが通用しない可能性が増えていくな。いや、それは俺にとって悪い話じゃないんだけど)
レイにとって、自分にとって不利益なスキルが効果を発揮しないというのは、寧ろメリットでしかないだろう。
もっとも、その理由がはっきりとしない限り、頼りにするには不安なのだが。
「レイの様子を見る限り本当なのは間違いないんだろうけど……それが本当かどうか、確認出来る手段はあるか?」
「そうだな、なら俺の示す方向に進んで、みてくれ。そして地面に赤いスライムがいると思って手を伸ばして欲しい。……さすがに触れないってことはないと思うし」
「……分かった。それでいい。指示をしてくれ」
男の言葉に頷き、レイは進む方向を口に出す。
どことなくスイカ割りを思い出したレイだったが、やってる方はスイカを割る為の木の棒を持っている訳でもなく、目隠しをしている訳でもないので微妙な気分だったが。
また、レイの言葉と男の様子に、暖房用の炎で暖まっていた者の何人かが気になったのか、レイの方を見てくる。
レイが指示する方向に男が進んでいるのを見れば、一体何をしてるのかというのは何となく分かってもおかしくはない。
ただし、何を考えてそのような真似をしてるのかは分からなかったが。
「前、前、前……そこで一歩左。あ、いや。それだとちょっと行きすぎだ。少し戻って……そうだ。そこでゆっくりと半歩進んで……そう、そこで地面に手を伸ばしてみてくれ」
レイの指示に従って男が地面に手を伸ばすが、そんな男の姿に気が付いたのか、赤いスライムは横に少し移動する。
「あ、移動した。右に一歩……いや、半歩。そのくらい移動してくれ」
「スキルを使ったまま移動も出来るのか。いや、そうでもないと気が付かないのはおかしいか」
呟きながら男が移動し、再度地面に手を伸ばし……
「お」
ふにゃり、という感触が指先に伝わり、男は驚きの声を発する。
赤いスライムがそこにいると仮定し、ゆっくりと持ち上げ……
「見えた」
男の手に持ち上げられた瞬間、赤いスライムはその姿を現した。
ざわり、と。
一体男が何をやっているのかと興味本位で見ていた者達がざわめく。
当然だろう。何もないと思った場所に、突然赤いスライムが姿を現したのだから。
その様子を見れば、一体レイと男が何をしていたのかを理解するのは難しい話ではなかった。
「ちょ……おいれ、レイ。あれって一体何が? 何がどうなって赤いスライムが現れたんだ?」
研究者の護衛の一人が、焦ったようにレイに尋ねる。
そんな相手に、レイはあっさりと口を開く。
「お前も気が付いてなかったのか。どうやらいつの間にか湖からここまで移動してきたみたいでな。暖房用の炎に当たっていたんだよ。どうやら周囲に気が付かないようになるスキルか何かを使っていたみたいだけど、俺には効果がなかったんだよ」
「それは……危険じゃないか?」
研究者の護衛にしてみれば、自分が護衛をしている研究者に危険があるのかもしれないと、不安に思ってしまう。
「そうか? 赤いスライムはこっちに友好的な存在だろう? なら、そこまで問題はないと思うが」
「今は友好的かもしれないけど、いつまでもそうなるかどうかは分からないだろう? 相手はモンスターなんだ。そのモンスターが姿を確認出来ないのは厄介だぞ」
レイにしてみれば、赤いスライムがこちらに牙を剥くとは思っていない。
だが、研究者の護衛にしてみれば、赤いスライムがいつか攻撃をするかもしれないと思ってしまう。
その辺りは、お互いの立場としての違いだろう。
「言っておくが、危険かもしれない、攻撃するかもしれないから倒すという考えは俺にはないぞ」
「……もしそれで誰かが被害を受けたら、どうするんだ?」
「それを俺がどうこうする必要があるとは思えないな」
もしレイに向かって攻撃をしてくるのなら、その時はレイも何らかの対処をするだろう。
だが、それはあくまでもレイに攻撃をしてきた場合だ。
友好的な存在が何かをするかもしれないから、レイが責任を持って殺せ。
そのように言われて、レイがそれに素直に従う筈もない。
「……なら、レイじゃなくて俺達が自分でやるのならいいのか?」
レイに頼れない以上は自分達でやるしかない。
そんな思いで告げてくる相手に、レイは頷く。
「個人的には止めておいた方がいいと思うけど、俺が止めることじゃないな。もっとも、あの赤いスライムは湖の主の子供と思しき存在だ。それだけに湖の中で大きな力を持っている可能性がある、もしお前が赤いスライムを殺して、その結果現在湖にいる水狼を始めとした友好的なモンスターがこっちと敵対するようなことがあったら、お前が責任を持つことになるけどな」
「それは……」
レイの言葉に、男は反論出来ない。
もしそのようなことになった時、野営地にいる冒険者やリザードマン、場合によっては研究者達からも憎まれることになりかねないのだ。
「今のところ特に何らかのデメリットがある訳でもないし、様子見をしてもいいんじゃないか?」
「けど……俺達に赤いスライムが見えないとなると、何かをされてもそれが赤いスライムの仕業だと分からないということになる。それは問題だと思わないか?」
「見えないからこそ気になるってのは分かるが、俺が見た感じではそういうのはあまり気にしなくてもよさそうだけどな」
「それは見えるレイだからこその意見だと思うぞ」
赤いスライムをきちんと見ることが出来ているレイだけに、赤いスライムが何かをしようとしても理解出来る。
だからこそ、レイにしてみれば赤いスライムはそこまで気にするようなことはない。
そう告げる男の言葉に、レイも迂闊に反論は出来ない。
何しろ実際にレイは見ることが出来ているのだから。
そんな状況でレイが何を言っても、そこに説得力がある筈もなかった。
「とはいえ、赤いスライムに危害を加えるのは不味いというのは、お前も理解出来ているんだろう? なら、今は少しずつでも今の状況に慣れていくしかないと思う」
「それは……まぁ……」
男もレイの言葉に不承不承ではあるが、納得した様子を見せる。
「なら、そうだな。実際に何か問題が起こったら相談してくれ。……もっとも、その問題が赤いスライムが関係してるのかどうか、はっきりしないと対処するのは難しいと思うけど」
「赤いスライムがその気になれば、こっちにはその姿を見られないんだ。そんな状況で実は赤いスライムが理由でそんな風に思ったとか、そう判断するのは難しいと思うんだが?」
「それに関しては、結局のところそっちでやって貰うしかない。まさか俺がずっと赤いスライムと一緒にいる訳にもいかないだろう?」
レイとしては、それならそれで悪くないという思いもある。
赤いスライムは自分に懐いているし、テイムモンスターとして扱おうと思えば受け入れて貰えるという確信があったのが大きい。
もっとも、そのような確信があっても実際にそのような真似をするのは難しいと思っていたが。
赤いスライムが普通の……この世界のモンスターであれば、レイも本格的に考えただろう。
だが、赤いスライムは異世界から転移してきた湖に棲息するモンスター……つまり、魔石を持たないモンスターとなる。
そんなモンスターを従魔にするのは色々と不味いだろう。
そもそも赤いスライムはこうして炎で暖まっているものの、その性質がこの世界のスライムと同じとも限らない。
「問題がなければ、赤いスライムをテイムして従魔にしてもいいんだけどな」
少しだけ残念そうにレイは呟くのだった。
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